11.3 人脈は関わる人間によって増えていくらしく
少し気まずい。しかし意気揚々と歩く2人を前にそんな言葉は意味を成さない。
「結構空いてるね!」
「そうだな。18時過ぎたくらいからは仕事終わりのサラリーマンが来るから混み始めるけど」
今は18時前。帰宅部の学生が来る時間でも無いし大抵の部活はまだ活動中だ。ちょうど人が捌ける時間帯だったようだ。
「おぉー」
笠原は胸元でパチパチと手を叩いている。その横に立つ神谷も同じように驚いた表情を見せた。
「なに」
「プロっぽい!」
「何のだよ」
「ヤナギがバイトしてたの本当だったんだ……」
「は?んな事わざわざ嘘つく訳ないだろ。てかうそだと思ってたのかよ」
最低限築かれていると思っていた信頼関係も俺が思う程のレベルにすら達して居なかったらしい。
まぁそんな事は良いとして、流石に入り口前でじろじろ中を覗き続けるのも店員からすれば気の良いものではない。俺達は店内へ入った。
いらっしゃいませ!と聞き覚えのある男の声。俺がバイトしてた頃から居た俺の二つ上の人だ。優しげであったが2人きりの時間に会話が続かずいつしか話さなくなった人の1人。ちなみに殆どの人がこれに当てはまる。
そして彼に続くように奥から台車を押したスキンヘッドの中年男性が歩いてきた。
「いらっしゃ……あれ?柳橋くんか?」
「お、お久しぶりです……」
「珍しいね。1人?」
「いえ……あれ……?」
すぐ近くにいたはずの2人が居ない。軽く近辺へ視線を配るが目に付くところには居なかった。が、
「ねぇ綾!これ美味しそうじゃない?」
「ほんとだ、あ、こっちのも……」
目で見えずとも店内にいる事は分かった。声のする方向からスイーツコーナーだろう。たかだかコンビニでここまで騒げる奴もそう居ないよな。
「えぇ!?あの子達!?どーゆー関係」
「まぁ同じ部活の……」
「へぇー……あの柳橋くんが……」
「それで?またバイトの申し込みにでも来てくれたの?」
「え……?」
店長は頭をぽりぽりと掻きながら苦笑いを浮かべた。
「知っての通り人手不足だからね。指導しなくて良い人がまた働いてくれると助かるんだけど」
「え、あ……良いんですか?」
まさか俺から言い出す前に話を出されるとは……。最初は乗り気じゃ無かったが笠原達に着いてきて正解だったかもしれない。
「そりゃあこっちは大歓迎だよ。今日だって穴埋めで僕は夜までだからね」
「あ、お疲れ様です……。じゃあよろしくお願いします。後日書類持ってきます」
「うん。待ってるよ。正直な事を言うとあの2人に入ってもらった方がお客さん増えそうなんだけどね」
「そんなこと言わないでくださいよ。まぁそれは否定できませんが」
店長はハハハと上機嫌に笑う。すると、棚の影から2人の女子生徒が現れた。
「よかったね!バイト先決まって!」
「ああ……」
既に何か購入したらしく笠原の手には小さめのレジ袋が膨らんでいた。
店長も仕事へ戻っていったので俺達も店を出ようと自動ドアへ踏み込んだ時、俺の右側を1人の女性が通り過ぎた。
「おはようございます!」
フワッと甘いフルーツのような香りと共に長い黒髪を靡かせる。背は笠原より少し低いくらいか。
挨拶からしてここのバイトだろう。だが以前働いていた時に居た記憶はない。なのに何故か見覚えのあるような……。
「柳橋くん……?知り合い?」
「あ、いや……」
無意識に立ち止まった足を再度動かしこちらへ振り返る2人との距離を少し縮めた。
全く、半端に優れた記憶力のせいでどうでも良い人まで覚えてたりするのもあまり良いものでもない。
どこかで見た顔だと思ったらバイトをしてた時の常連客だったなんて事もよくある。
すっきりとしないまま2人の元へ追いついた俺へ神谷は小首を傾げた。
「さっきの人おはようございますって……朝と夜間違えたのかな」
「んな訳ねぇだろ。あの人は多分ここのバイト。俺が辞めた後に入ったんだと思う」
「ねぇ、ヤナギもなんか食べる?」
「俺の話聞いてた?」
「聞いてなかった」
「あそ……」
当然だろとでも言うような顔で真っ直ぐな眼差しを向ける神谷に返す言葉は無かった。
後ろでは笠原がレジ袋の口を開けて俺に見せるようにしていたので、俺はいくつかのスイーツの中からエクレアみたいな物を貰った。
美味しかった。
***
「お兄またバイトすんの?同じコンビニで?」
「ああ、店長も良いって言ってくれたし。新しいこと覚えなくて済むし」
俺は紅茶の入ったコップを片手にテーブルに置かれていた豆の入った煎餅に手を伸ばす。だが、手が届く直前のところで目の前にいた鈴にさっと横取りされた。
「あそこさ、鈴の友達もいるんだよねぇ……」
鈴はさらっとそう言う。まぁ俺からしたら「で、それがどうした?」と言う話なんだが。
俺は以前伸ばしたままの手の先でまだ皿に残っている煎餅を指差す。
「煎餅」
「はい」
鈴はだるそうに皿をツンと弾いた。
「まだ始めたばっかりだから。一緒になったら助けてあげてね」
「仕事の範疇でだけな。あとそいつの態度次第」
いけ好かん奴なら例え妹の友達だろうと甘くはしない。寧ろ面倒な仕事をすべて押し付けてやる。
良くない想像に口元が緩むと鈴は呆れたようにため息を溢した。
「そう言ってもお兄はどうせ助けると思うよ。
何だこいつ……もう良いや。
部屋を出ようと立ち上がった時、鈴がピッとテレビをつけた。
「何お前。まだここでテレビなんか見んの?もう12時なるけど」
「だって12時からのこの番組に"さゆりん"が出るんだもん」
「へぇそう」
だから誰なんだよ、その人気の無いゆるキャラみたいな名前の奴は。何で知ってるだろうとでも言うように何の説明もなくこの名前を出すんだ?
鈴はお前も見ろと言うように画面の右上を指差す。
深夜のバラエティ番組の雛壇の角に映る華奢な女性が例の"さゆりん"らしい。
扉へと進めていた足を止め、方向を逸らしゆっくりとテレビ画面へ近付いた。
「ほら、その子が鈴の友達。それと……」
は?ちょい待てよ……!?
「おい、俺この人にめっちゃ似てる人今日コンビニで見たんだけど」
「だからぁ!その子が私の友達で今あのコンビニでアルバイトをしてる“さゆりん”なの!」
さゆりん……いや全く知らんけど。へぇ……これは驚いた。
得意げな笑みを見せる鈴に向き直り尋ねる。
「お前……芸能人と友達だったのか……」
って事は俺は芸能人の友達の兄……別になんもねぇか。まぁにしてもすごい繋がりだ。つい数時間前にすれ違った人が今画面の中にいるなんて。
「さゆりんは芸能人じゃ無いよ。読モだよ」
「ドクモ……毒藻……?なにそれ?凄え危なそうな海藻だな」
鈴は腕を組んだまま今日一深く溜息をついた。
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