11.1 人脈は関わる人間によって増えていくらしい

 アスファルトを擦る音が鳴り駐車場へ一台のバスが停まる。プシュと気の抜けた炭酸水のような音と同時にバスからはぞろぞろと子供達が降りてきた。


 最後に担任と思われる女性が1人降り、俺達の元へ駆け寄って来た。


「ありがとうございます。本日はよろしくお願いします。良くない行動していたら叱ってあげて下さい。具体的なお話は……」


 目深に帽子を被り日焼け対策を万全に済ませたその人は高校生を相手にしているとは思えない程の低姿勢で挨拶をする。


「はい。聞いているので問題無いです。よろしくお願いします」


「はい、すみませんがよろしくお願いします。はい!皆さんも挨拶しますよ」


「「よろしくお願いします!」」


 指示が出ると、既に整列を完了していた男女10名ほどの纏まりが纏まりのないまばらな声を発した。


「それでは私は失礼します」


 ぺこぺこと頭を下げられ反射的に俺と神谷もぺこぺことしていた。


 バスが去ったのを見送ったところで子供達へと視線を移す。5人2列で並んでいるところから班の括りか何かなのだろう。


 取り敢えず予定では自己紹介か……。


「えっと……ボランティアで来ました。柳橋克実です。何かあれば気軽に声掛けてください」


「神谷綾芽です。今日はよろしくお願いします」


「「よろしくお願いします!」」


 暗めの挨拶に元気のある声で返される。これが若さという力か……。俺もまだ16だけど。


 軽い挨拶が済んだところで俺達は工場へと入る。


 入り口で既に待ってくれていた優しげな中年男がにこやかに対応し、陰キャの俺も平静を保ったまま話を進められた。


 挨拶、日程の確認などを済ませれば俺と神谷は小学生の後ろへと周る。あとはここの職員に任せておけば良いらしい。案外楽だった。



***



 社会科見学は明らかに小学生向けじゃない説明を聞きながら淡々と進んでいた。ゆっくり進む子ども達の後頭部を追いながら俺と神谷も見学をする。


 中盤辺りへ差し掛かった時何かに気がついた神谷が俺の袖を引っ張った。


「ねぇ、前の子運動会の時にヤナギと走ってた子だよ」


「ん?ああ……」


 至極当然のことながら「仕事」として捉えていた為、子供の顔なんか欠片も気にしていなかったが言われてみれば確かにそうだ。クソ生意気そうな子の顔つきは一度見たら忘れはしない。


「確か名前は……佐野航大」


 何故こんなどうでもいいガキの名前は覚えてしまうのか。自分でも謎だ。


「今呼んだ?」


 ギロと鋭い目を向ける佐野。こいつの方は既に気づいていたようだった。


「久しぶりだな。母ちゃんと仲良くしてるか?」


「うるせぇよ!かんけーないだろ!」


「そりゃそうだ」


 だがこいつを見るとどうしてもあの母親の顔が頭にチラつく。

 佐野は前へ向き直り再び説明を聞き始めた。


「あの子、お母さんと何かあったの?」


「まぁ……俺も詳しいことは良くわかんねぇ」


 すれ違いみたいなもんだろう。あの時は確か……佐野の姿が孤立前の俺と重なって見えたからなんか言ったんだっけな。しくじった先輩としての助言を。


 どちらかと言うと母親へ向けてだった気がするが。



 抑揚のない見学会も一連の流れを終え、質疑応答へと移った。だが、当然誰も発言するものはおらず代わりとして神谷と俺が一つずつ質問をして全プログラムが終了した。


 挨拶を経て後はバスを待つのみ。


 思いの外早く終わった為予定の時刻まで軽く30分はある。


 各々がベンチや階段へ腰をかけて談笑する中、俺と神谷も同じようにして待っていた。


「ねぇ見てこれ!希美達こんなの食べてるよ…….」


「うわ、やっぱそっちは当たりだったか……」


「私も食べたかったなー」


 神谷のスマホの中には笠原と思われるインスタアカウントにカラフルな果物を盛り込んだ小さなパフェのようなものが2つ、2人の影と共に写っている。


 中澤にとってはかなり大満足な時間だったであろう事が伺える。


「お前も上げれば?電子機器とのツーショット」


「誰が見たいのそんなの」


 物凄い真顔で拒否された。なんか俺に冷たすぎねぇか?もう慣れてきたけど。


「ヤナギ!」

「ん?」


 パシャ、と音がしたと思ったらいつのまにか構えられていたカメラに俺と神谷の顔が綺麗に映り込んでいた。


「お前は許可も取らずに……」


「私インスタとかにはあげないから……体育祭の時も撮り忘れてたんだし良いでしょ?」


「まぁ良いけど……」


 こんな白壁の工場を背に撮った写真なんて要らないだろと思ったがやけに乗り気な神谷にそんな事を言う気にはなれなかった。


 神谷と共に階段の端っこで短く息を吐き出し気を休めていると3人程の女子グループがこちらへ駆け寄ってきた。


「ちょっとこっち来て下さい!」


 何かあったのだろうか。明るい表情とクスクスと笑ういかにも女子小学生らしい雰囲気からハプニングでは無さそうだ。


 多少面倒ではあるが最初の挨拶で「気軽に声掛けて」みたいな事言ってしまった手前動かざるを得ない。


 重い腰を持ち上げ立ち上がる。


「どうかしましたか」


「いや、違くて……」


 あれ?反応がおかしい。今明らかに来てくれって言ったよな?


 顔を見合わせ微妙な顔をしながら小女達は隣へササッと移動する。……あ、なるほど。


「神谷さん!あっちでお話ししたいです!」


「え、うん……いいよ……」


 立ち上がる神谷の手を引き集団の方へと進んで行く小女達。悪く思ったのか神谷はちらちらとこちらを振り返っている。


 面倒ではあったし呼ばれない方が楽ではあるんだけどさ……何かね……。


 俺は再度階段へ腰を下ろした。


「ドンマイ」


「お前か……」


 変声期中の不安定な声が左側から聞こえ、声の方を向くと佐野航大が少し間を空けた隣座っていた。


「お前はむこう行かなくて良いのか?」


「いーよ、めんどくせぇ」


 中々の尖り具合。この時期の俺の心の中の棘を曝け出した感じだ。


「さっき言わなかったんだけど……運動会の時俺の母ちゃんになんか言った?」


「何も言ってねぇけど。何で?」


 息をするように嘘を吐いた俺に佐野はどこか小っ恥ずかしそうに目を逸らして話し出す。


「いやぁ……気のせいかもだけどあのくらいの時から母ちゃんが俺にめっちゃ口うるさくなったって言うか……今まで聞かれたこともなかった学校の事とか聞いてくるようになったから」


「へぇ……そう……」


 人の家の事なんかどうでもいいが……まぁ悪い傾向ではないようで良かった。だが、


「で?お前は何でこんな大人しくなってんだ?」


 運動会の時は集団の中心にいた男がこの短期間のうちにここまで立ち位置が変わるのはおかしい。見学中も途中からではあるが観察していたら明らかにグループから外れた場所に1人でいた。


「あいつらがガキすぎるから一緒にいるのやめた」


「そう……ま、友人は居て損する事はねぇから少しは持っとけよ」


 深く関わる気はない。そもそも俺にそこまで関係を更生できる力は無い。家族という一つの味方が確立したところでそれは単なる逃げ道に過ぎない。

 

「どうせお前だって学校では1人だろ」


「何で分かんだよ」


「なんとなく」


 ボッチ歴が長いと自然とそんなオーラでも付いて来んのかな。こんなガキにまで見破られるとは……。


「じゃあ俺が楽しそうに見えるか?」


「あの人とかといる時はね。楽しそうっていうか……つまらなくは無さそう」


 佐野は小学生の集団に群がられる神谷をスッと指差して言った。


 神谷といる時はそう見えている……。まぁ確かにつまらないと感じはしないけれど……。


  

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