10.9 ボッチも時にはボッチじゃ無くなる
目の前の2人は口をぽかんと開けたまま固まっている。まぁそりゃあそうだわな。俺は軽く咳払いをして再びペンを握り直した。
「凄い読み……そんな意味があったんだ……」
「そうなのかな……?だとしたら子供向けにしては難しすぎない?」
鵜呑みにする笠原と苦笑いで聞き流す中澤。まぁどっちだろうがあまり気にはしない。俺は特に何も言わず再度紙面に向き直った。
その後もボソボソと横で話す声は聞こえたがしばらくして2人とも勉強へ戻った。
***
試験も終えひと時の安らぎを得た放課後。部室は穏やかでは無かった。
「もぉ……あんなに勉強したのに!毎日図書室行ってたのに!」
笠原はどうやら悲惨だったようだ。とは言え中の下ってところだろう。中澤は多分順位も一桁だし神谷も真ん中ちょい上くらいだろう。俺は安定の11位。言い方ではあるが声を大にして自慢できるほどでは無い。
「カチカチ山じゃあなんの対策にもならねぇわな」
「今回は難しかったみたいだし仕方ないんじゃ無い?」
中澤のフォローを聞き神谷も頷きながら「次頑張れ」と棒読みのエールを送った。
「そうだよね!これで全て決まった訳じゃ無いし!」
騒がしい奴……。何食ったらこんなポジティブになれんだよ。
「そんな事よりそろそろあれだろ?社会科見学の手伝いの話……」
「そうだった!勉強に集中しすぎて完全に忘れてた!」
お前が言うな。恥を知れ。
てっきり今日はその話が目的で集まったものとばかり思っていたんだが……。
「これだよね!昨日先生から貰ったの忘れてた」
笠原はクリップ止めにされた書類を広げて見せた。一通り目を通すとどうやら俺達は2人ずつで2箇所に別れるらしい。1つは果樹園もう一つはよく分からない工場。いくつか行き先のある中からこの2種を手伝いが必要な場として提示して来たのはメンバーを見てのことだろう。
「二手に別れるって事みたいなんだけど……どう別れる?行きたい場所とか……」
笠原が俺達3人へ問う。まあ場所で選ぶなら全員果樹園だろうな。挟められていたパンフレットにも果物の試食とか書いてあるし。それに比べて工場の方は電子機器の部品という馴染みの薄い物だ。
「お前どっちが良いとかあんの?」
「私は……」
隣に居た神谷に聞くと少し悩んだ末に口を開く。
「工場の方かな。今ハマってるアニメがこーゆー工場が舞台で……」
一瞬意外に思ったが理由を聞いて納得。神谷がこう動いてくれるのなら話は早い。
「なるほど。じゃあ俺も工場にするわ」
「あ、そうなんだぁ……」
あれ?なんだこの微妙な反応……。案外工場って人気なのか?
「え?お前も工場行きたかったの?」
「う、ううん!じゃあ私と優也くんは果樹園の方だね!」
「そうだな。パンフレット見た感じも楽しそうだ」
ふっ、「俺ってなんで良い奴なんだ」と、つくづく思う次第だ。中澤には是非感謝してもらいたいね。
行き先が確定したところで、笠原は一応田辺先生へ報告すると言い部室を去った。
「なんか気使って貰ってるみたいでごめん」
タイミングを見計らったように中澤が言う。俺の思惑にも気付いていたらしい。
「別に。俺としてはその微妙な空気出され続ける方が鬱陶しいんだよ。さっさとケリをつけてくれ」
どうせフラれるなんてこたぁ無いんだしよ。その容姿と性格と頭脳と運動神経を持ち合わせて何を臆しているのか俺には到底分からない。
「何の話?」
スマホに夢中だった筈の神谷はいつの間にか俺と中澤の会話を不審そうに聞いていた。
「何でもねぇよ。気にするな」
「何にケリをつけるの?」
部分的に聞いていたらしい。中澤のことを考えるとそう言いふらすようなことでは無い。大江の時とは違うのだ。
「あれだよ。スイカに塩をかける派とかけない派の論争にそろそろケリをつけて欲しいって話」
「スイカ?何で今……?」
「もう夏だろ?スイカ食べるじゃん」
どう考えても苦しすぎる理由だが神谷程度ならこれで十分だろう。中澤は何も言わずに苦笑いを浮かべている。
「ヤナギと優也くん夏休み一緒にスイカ食べるの?それなら私も行きたい!」
「何でそうなる。そんな予定ねぇよ」
「えぇ……」
1ヶ月後の夏休みに一緒にスイカを食べるって言う予定を今から決めている高校生を見たことあんのかよ。切なすぎるわ。
何故かガッカリする神谷に気遣ったのか中澤が優しく言った。
「まぁもしかしたらそんな機会もあるかも知れないからね」
「じゃあそしたら私にも教えてね」
「分かった」
何勝手に話進めてんだよ。なんで長期休みまで中澤に会わねばならんのだ。長期休みほどボッチであることを忘れられる期間は無いってのに。
***
集合時間より少し早い午前9時過ぎ。見慣れぬ工場。
俺は休みを返上してわざわざガキどもの世話を焼きに来ている。手伝いとは言いつつただ小学生と一緒に見学をするだけと聞き多少の負の感情を軽減出来たもののやはり面倒臭い。
工場の駐車場で遠くに聳える山々を1人眺めていると小さな手持ち鞄を持った神谷が現れた。
「おはよう。早いね」
「おう……」
場所が工場だからか神谷はヒラヒラした感じのではなくピタッとした感じの服装だった。語彙力が無いので説明はこの辺にしておこう。
「もうすぐかな」
「多分な」
俺と神谷は現地集合だが小学生はバスで来るらしい。一台のバスでそれぞれの見学場所へと送り届け、その後は場所ごとに配置された職員、又は俺達のようなボランティアと共に見学をすると言うものらしい。
スマホで時刻を確認し顔を上げると神谷がじっと俺を見ていた。
「なんだよ」
「ヤナギって意外と……」
上から下へ下から上へとじっと視線を上下させる。
「意外と?何……?イケメンとか?」
「いや、そうじゃない」
「じゃあなんだよ」
そんな即答するほどか?まぁここでイケメンとか言われても対応に困るところではあるが。
神谷は考えが纏まったようで、軽く頷くと口を開いた。
「意外とおしゃれさん?だよね……」
「おしゃれ……」
ちょっと前に柏木にも言われたな。正直違いってのは俺にはよく分からんが他の人から見ればそう見えるのか。
「まぁ服は鈴が選んでるからな。俺はそれ着てるだけ」
「へー。やっぱ仲良いんだね。でもヤナギは鈴ちゃんにちょっと優しすぎない?」
頷きながら神谷は言う。これも柏木にも言われた。
「なんか理由あったり?」
「まぁ色々と……」
「そっか…….」
側から見たらそう見えるのは流石に俺も分かっている。この感覚、関係にも区切りを付けるべきだと言うことも……。
今後も付き合って行くならいつかは話すべきかも知れない。俺の過去も本来の性格も……。何もかも曝け出す必要はないが嘘偽りのない関係を求めるなら、求められるならその時は俺も覚悟しなければならないと思った。
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