10.8 ボッチも時にはボッチじゃ無くなる

 鈴は不快そうに俺の手から自らのスマホを取り上げた。


「自己肯定感が低いのは仕方ないかもしれないけどさ、少なくともお兄の周りにいる人はお兄との間にそんな壁作ってないって事知っておいた方がいいと思うよ」


 鈴はそれだけ言うと俺に背を向けリビングを出て行った。


 自己肯定感とかいきなり堅苦しい話出してきたな……。


 なんにせよ俺からすれば所詮は高校の同級生って繋がりでしか無い。卒業すれば会う事もない。そんな人らに俺がどう思われていようがどうだっていい。


 

***



 異常な静けさと古い紙の匂い。時折クスクスと聞こえる周囲を気遣った笑い声ですらも耳に付く空間。この場所は、普段は存在感のカケラも無いがテスト間近の期間のみ陽キャから異常な支持を得る人気スポットと化す。


 今だってそうだ。図書の並ぶ棚に囲われた6人掛けの机はこの落ち着いた空気に似合わない様相の男女が肩を並べ座っている。


 俺も本が特別好きと言うわけでは無いが、相談部入部前の避難所として利用していた経緯から今のような賑わいは気に入らない。


 しかし利用の仕方は人それぞれだ。本好きの人からすれば意味もなく避難所に利用していた俺に不満を抱いていた者も居たのかもしれないからな。


 そんな事を思いながら俺はガラス張りから1階を見下ろした。


 この学校の図書室は2階建て。と言っても2階には勉強用の机が3つ横並びに置いてあるだけの狭い空間だ。


 こんな限られた狭い空間などカップルの巣窟になることくらい容易に想像出来るがそれと同時に陰キャの隠れ家にもなる。そんな貴重な場を守るべく俺は毎度テスト直前は誰よりも早くこの席を確保する。


 距離の近い3つの机の一角に陰気臭い男が1人黙々と教材を眺めていたら誰だって近づこうとはしないだろう。螺旋階段を和気藹々と登ってきた男女は大抵俺を見て苦笑いを浮かべ降りていく。


 相当なメンタルが無ければ残る2席に座ろうなんて思わないだろう。


 来るとすれば俺と同じボッチくんか大人しそうな男2人組だ。なんとも平和な世界である。


 いつも通り下で微笑み合うカップルを見下ろしながら心の中で良くない願望を見え隠れさせていると。螺旋階段から1人の男が現れた。


「お、柳橋くん。いつもここに居るの?」


 こう爽やかに気安く話しかける男は彼しか居ない。ただ今恋に燃える男、中澤優也だ。


「まぁな」


 こちらへ向かう中澤の後ろから明るい茶髪をサラサラと揺らしながらもう1人。俺に気付くや否や両目をパチと見開き驚いた顔を作る。


 あーなるほど。お2人でお勉強か。びっくりするほど順調そうだな。


「俺達もここでして良いかな?」


「別に構わないけど」


 するんでしょうね。そこは勉強って事で受け入れておくけど。


 階段に最も近い席に座る俺の後ろを2人が通る。1番奥に中澤その隣、つまり俺と中澤の間に笠原が座るかたちとなった。


……中澤の気が確定したからかなんか気まずいな……


「うわ!柳橋くんもうここまで進んでんの!?私まだここだよ……」


 数学の教科書のページを開きため息を吐く笠原。それを見て中澤は優しく笑う。だが……


「そこ範囲外だろ」


「え!?嘘……!」


 笠原は慌てて範囲表を探し始める。この様子じゃあ他の教科の状況も伺える。


「授業中言ってただろ。その単元だけは範囲から外すって。テストまで1週間も無いのに範囲外の勉強してるなんて随分余裕だな」


「あ、ち、違うから!ただ間違えただけだから!」


 ぷくと頬を膨らまし顔を赤らめる。その奥に見える中澤は微妙な表情。うわ、やっぱやり辛ぇ……。




 1時間ほど経って隣の人の集中力が切れ始めた。ふらふらと体は動き視線もキョロキョロと落ち着きのない様子。


 そして直後席を立ち螺旋階段を降りて行った。


「笠原意外と集中力無いよな……」


「そうだな」


 はははと笑いかけてくる中澤に俺は返すべき言葉がわからなかった。だってこーゆー経験ないんだもん。仕方ないよ。


 少しして笠原が戻って来た。しかし片手には童話集のようなものを持ち何故か嬉しそうに微笑んでいる。


「なにそれ?」


 すかさず中澤が突っ込むと待ってましたとばかりにその本をこちらに見せつけた。


「懐かしくない?小さい頃よく読んだなぁって」


 こいつは何をしに来たんだか……。笠原はそのまま本を開くと席に着いた。それを中澤は横から覗き込む。


「あ、カチカチ山じゃん」

「この話って確か悪戯をして捕まった狸がお婆さんを殺しちゃってその仕返しにうさぎが狸に火を付けるんだよね。それで最後にお爺さんにうさぎが泥舟をプレゼントするんだっけ……」


 いや結末謎すぎるだろ。何気なく聞いてたら1番最後に凄いカオスな事してんじゃねぇか。


 途中まで頷いて聞いていた中澤もやはり違和感を抱いたのか首を捻り言う。


「最後は違くないか?泥舟はお爺さんからうさぎへのお礼とかじゃ無いと辻褄が合わない」


「確かに!それならハッピーエンドだもんね」


 泥舟を貰ってハッピーになれる奴がいるのなら是非紹介してもらいたいもんだ。寧ろ「これに乗って沈んで死ね」って言う意味込められてるようにしか思えないだろ。


 なんだかこのままでは子供への教育に相応しく無いドロドロした戦いが繰り広げられそうなので俺は思わず口を開いた。


「違う。うさぎが狸を騙して泥舟に乗せて沈ませて終わりだったろ、確か」


 ありがちだ。桃太郎でもなんでも始まりから悪の存在がいてそれをボコボコに懲らしめて終わる。なんとも簡素な内容だ。


「あ!本当だ!でもここまでやったら流石に狸も可哀想だよね」

「そうかな、人を殺したんだから仕方ないとは思うけど」


 今度は道徳が始まった。


 想像通りのぬるい意見を述べる笠原に対し意外にも残酷な考えを示す中澤。こいつは怒らせたらやばいのかもしれない。「俺を怒らせたんだから仕方ないよね」とか言ってリンチとかされるかも。


「柳橋くんはどう……あ、ごめん勉強中だよね……」


 ようやく自分達の真の目的を思い出したように苦笑する笠原。だが俺からすれば、ここまで延々と話しておいて何を今更と言う感じだ。


 けどまぁ俺も疲れているのは確か。息抜きがてら手を止めた。


「俺は真っ先にうさぎを殺すべきだと思ったけどな」


「えぇ!?なんでうさぎ!?狸じゃなくて?」

「これはまた凄い意見……」


 2人は驚いたように俺を見る。だから俺は前に読んだ時から思っていた事を事細かに話す事にした。


「だってこの話、黒幕はうさぎだろ?大体の歴史物でもそうだがこーゆー話ってのは生き残った勝者が書くものなんだよ。だから作者は自分を悪者にしたてず良い奴にする。つまりこれを伝えるように書き残したのはうさぎだ」


「でもそれならお爺さんの可能性もあるだろ?見方によっては2人の勝利だし」


 即座に中澤が口を挟む。一瞬なんでこんな事について討論しているのかと言う疑念が頭をよぎったが俺は続けた。


「一連の流れを見ればわかるだろ。この話を通して1番良い思いをしているのは誰だ?」


「それは……」


「お婆さんは死に狸も死んだ。お爺さんは結果的にお婆さんを失っただけ。でもうさぎは何も失う事も無くお爺さんに貸しを1つ作る事に成功した。そもそも狸は脅されていたんだろうな、背中を燃やしたのがうさぎだって気付かない訳は無いしそんな相手をもう一度信用する馬鹿は居ない」


 と、俺は何を得意げに語っているのだろうか。


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