10.6 ボッチも時にはボッチじゃ無くなる

 開会式も終わり競技が始まっていた。既に100m走などの代表者のみの競技を幾つか終え、今は余興のような障害物競走が行われている。


 今は何も無い休憩。唯一の出場種目の騎馬戦もまだ先だ。


「ヤナギはなんで時間変わったの?」


「用事」


「今何もして無いじゃん」


「俺じゃなくて中澤の方な」


 神谷は特に何も言わずに正面へ向き直る。正直神谷に事情を話しても特に問題無さそうではあるが中澤に許可も取らずに話すのは気が引ける。


「でもなんでかな、希美が組み合わせ作ったなら最初から私とヤナギだと思うんだけど」


「何で?」


 俺が問うと神谷はきょとんとした顔で俺を見た。


「だって優也くんとは私より希美の方が仲良いと思うし……そうじゃなかったら優也くんとヤナギで男の子同士組む方が妥当じゃ無い?」


「確かに……」


 そう言われてみればそうだが……。笠原のことだから特に深く考えずに人員配置した可能性も十分ある。てかそれより、


「何で俺は"ヤナギ"で中澤は"優也くん"なんだよ」


「だってヤナギは名字の方が呼びやすいから。名前で呼んで欲しいの?……克実くん……?」


「いや、なんか変だから良いわ」


 こう正面から名前を、しかも「くん」を付けて呼ばれるのは慣れていない。そのせいか相手が神谷であるにも関わらず妙に小っ恥ずかしく感じる。そもそも俺の名字はヤナギじゃなくて柳橋だけどね。


「私も言っててなんか変な感じがする……」


 それ、俺の本当の名前なんですけどね。まぁそう呼ばれるのも小学校の時くらいまでだったか。中学に至っては名前を呼ばれた回数も数えるほどしかないだろう。


 トラックに視線を移すと障害物競走も残り数組。次の綱引きに備えて準備を始める頃合いだろう。


「そろそろ行くか?」


「そうだね……あ、希美と優也くんだ」


 神谷がピシッと指し示す方、そこには確かに笠原と中澤の姿があった。何やら楽しげに談笑している様子が伺える。中澤なんか機会とタイミングさえあればどうとでもなるのだろうな。


 中澤から時間変更を申し出なかったのも無理に今日距離を縮めに行く必要も無かったって事なのか……?


「行かないの?」


「いや、行くよ」


 なんだろう。別に中澤を心配しているとかでも無いが変に気にかかるというか……。


 俺は2人の様子を横目に神谷と共に用具室へと向かった。



***



 日程は淡々と進みそろそろ昼休憩も近づいた頃。俺は今3度目の召集により今はよく分からない竹の棒の片付けをしている。


「ヤナギ……ちょっと助けて……」


 数本の棒を抱きしめるように抱えた神谷がふらふらと今にも倒れそうな足取りで近づいてきた。


「無理してそんな持つからだろ……」


 時期にしてはそれ程暑くないからか今日は小学校の手伝いの時よりあまり疲労を感じない。楽という訳では無いが。


 俺は神谷から少しの棒を受け取り用具入れへと運ぶ。午前の仕事はこれで最後だ。俺はスマホで時刻を確認した。


「悪い神谷。用事あるから少し抜ける。すぐ戻る」


「分かった」


 中澤と時間を変えたのは構わないが元の予定と少しズレが出てしまうのは面倒だったな。神谷にも悪いし。


 俺はなるべく急足で観覧席の方へ向かう。


 わーわーと南国の鳥のような声を上げる連中の隙間を通り抜けながらようやく俺のクラスの控え場所に着いた。


 通路には凄い人だかり。その中央にはニコニコと笑顔を振りまく男。中澤優也だ。相変わらずの人気者だな、おい。まぁそんなのはどーでも良い。


 少し視線を上げて俺の席周辺を見る。そこには俺の荷物のすぐ近くに、グループから外れ1人で席に着く女子生徒が見えた。


 俺は階段を登り彼女の近くへと向かう。


「笠原。神谷に任せてきてるから時間はあんま取れないんだが……」


「え!?柳橋くん……?」


「時間指定して呼んだのお前だろ?なんだよその反応……俺だって流石に約束くらいは守る。俺が言った予定変更はお前に言われた後だったから」


 笠原に言われていたこの時間。本来ならば俺も準備時間では無かったが中澤との交代により予定が変わってしまった。とは言えそんなことを理由にドタキャンするほどクズでは無い。


「あ、ごめん…….来てくれないと思ってたから……ちょっとびっくりして……」


 あたふたと手に持っていた資料なんかを整えながら立ち上がる笠原。無断で予定をキャンセルするような人だと思われていたのはなんだかなぁ。


「準備やら競技やらで忙しいお前がこうまでして写真なんかに時間を割くってんだからなんか理由があるんだろ?部活のとか……まぁその辺はあんまり聞こうとも思わないけど」


「う、うん……じゃあ」


 一段下の席にいた俺の横に笠原はスタと降りて来る。そしてそのままグッと俺の隣に身体を寄せてきた。


「と、撮るね……!ハイチーズ!」

「あ、ちょっ待て……」


 まるで一瞬の出来事のように笠原のスマホに固い表情をした2人が収められる。時間はないと言ったが何もここまで急がなくても……。


「あ、ありがとう……!」


「ああ……こんなので良いのか?」


「うん!ありがとう!」


 遅れて動揺が押し寄せる。こんな唐突に急接近されたらね……。これだから陽キャは嫌だよ。


「そう……じゃあ俺は戻るわ」


「がんばって!」


 頑張る……?ただの片付けに頑張るも何もないだろう。まぁいいや。


 用具室へ戻ると既に片付けはほとんど終わっていて、グタぁと壁にもたれる神谷が微かに頬を膨らましていた。


 はい、申し訳ないとは思っています。



***



 午後の部も終盤。俺も数少ない役目を終え今はゆっくりと自分の席で会場を眺めている。しかし、隣にいるのは、


「あーあ……」


「そんな声出されても……俺にどうしろってんだよ」


「マジでさぁ……行けると思ったんだけどなぁ……」

 

  神谷の座っていた俺の横の席ですっかり憔悴しきった大江が項垂れている。中澤や笠原、神谷までもが最後のリレーに出場するらしく今はこの謎の組み合わせ。


「それならもっと可能性を上げてから行けばよかっただろ」


 なんで俺がこんな奴のアフターケアに付き合わされねばならんのだ。対して仲良くもねぇし。


「だってさぁ、誰も好きじゃないならまだ良いよ。他に好きな人がいるってハッキリ言われたんだぜ?はぁ……」


「う……」


 めんどくせぇ……。てかそんなこと分かっていただろ。そもそも俺にはそこまだ近づきたいと言う理由もよく分からない。


 首を垂れたまま大江はポツリと呟く。


「写真は一緒に撮れたから良いけどさぁ……てか、柳橋くんさぁ、笠原と撮ってたよな?意外と積極的なんだね」


「は?どーゆーことだよ。あれは多分笠原がなんかに使うんだろ。生徒会とか……知らないけど」


 まず俺が頼んで撮ってもらったわけじゃない。


 大江は俺の顔を見て小馬鹿にしたように鼻で笑う。


「いやいや、そんな2ショット何に使うんだよ!別に隠さなくてもいーじゃんか、俺もフラれたんだしダサいのはお互い様だろ?」


「そうだな」


 めんどくせぇ。好きに言わせとくとしよう。こいつと一緒にされんのは癪だがダサいってのは間違っていない。

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