10.5 ボッチも時にはボッチじゃ無くなる
体育祭当日。俺はいつも通り。
だが会場は学校ではなく近くの陸上競技場なので少し早めに家を出た。今朝は、ずいぶん早くから鈴がバタバタと化粧なり忙しそうにしていたようだから多分他の陽キャもそんな感じだろうな。
歩き慣れない田圃道を人の流れに従って進んでいると、後ろから優しげな声がする。
「おはよう。柳橋くんはやっぱりいつも通りなんだね」
「うす!柳橋くん!」
中澤……そして後ろには大江と丸山か……。丸山はまだ何も交流が無いからか、少し気まずそうに後ろに立っていた。
3人ともかなり気合が入ったような髪型、髪色だ。中澤は銀髪で大江は金髪。丸山は赤髪。メダルの色にでも揃えたのか。知らんけど。
中澤達は俺の横で歩幅を合わせて来たけど……話すことなんか何も無いんだが……。
「まぁ頑張れよ」
「おう!ありがとな!」
大江はグッと拳を作って見せた。
そうか、今こいつに言うとそーゆー意味になるのか。俺はごく普通に3人へ行ったつもりだったけどまぁ良いや。
「お前はどうなの?」
隣に居た中澤へ唐突に言ったが、中澤は俺の言う意味を理解できないようで小首を傾げた。
「え?俺?何の話?」
「役割の時間、変わって欲しいなら全然変わるけど?」
昨日笠原に聞かれた時は思い付かなかったが、昨夜思ったのだ。
俺はおもむろに取り出した役割の時間が書かれた紙を中澤へ見せ、笠原と俺の名が並んだ欄を指し示した。
俺は少し前から勘づいている。しかも最近はやたらと自分も恋愛関係で困っているような空気を出して来ている中澤。おそらくこいつは……。
「もしかして気付いてたのか……?でもいつから……?」
「そんなんどうだって良いだろ」
驚きを隠せない様子。俺からすれば何故バレてないと思っていたのかって方が謎だけど。
「俺は応援したいだとかそんなんじゃないけど、お前みたいな人からしたらこーゆーイベントってチャンスなんだろ?」
手助けしたいわけじゃないが、中澤の気を知っておいて笠原と2人になれる場に俺がいるってのは大層居心地が悪い。
「じゃあ一部だけ……」
「後で言っておく」
ふふ、俺実はすごく良い奴なのでは!?
後ろからは「何の話?」と大江が訪ねて来ていたが中澤は上手く誤魔化していたので俺は何も言うことはなかった。
そうねぇ……意中の相手が誰だろうと中澤なら苦戦することないだろうとは思ってはいたが……。相手が笠原となれば普通とは違う難しさがありそうだな。あのお人好しで誰にでも平等って感じは自分だけを向いて欲しい人からしたら厄介な特性だ。
そうこうしているうちに会場へ到着し、指定された席へと向かう。
既に衣装に着替えている者も居れば俺や中澤みたいに来ていない者もいる。俺達はただ囚人服を着るだけだから着いてからで充分だ。
自分の席に着き、衣装を身に付け終え周囲を見ると通路にはぞろぞろと人だかりが出来ていた。やっぱ早めに来て正解だったな。
俺は人の波を目で追いながら笠原を探す。
……にしても凄い気合の入り方だな……
昨年も目にはしていたが普段は見た事のない髪型やド派手な化粧の生徒が次々と通路を横切る。そこそこ地味そうな人まで今日は弾けた姿をしている。確かにこーゆー雰囲気の中で着飾った姿で挑めばもしかしたら……って事か……。大江が体育祭にこだわっていた理由も分からなくない。
勝手に納得し視線を近くへ戻すといつの間にか隣には人が座っていた。
「お、お前……!来たならなんか声掛けろよ!」
「なんかヤナギ真剣そうにあっち見てたから……おはよ」
「おう、おはよう」
神谷は緑茶を片手に顔だけをこちらへ向けた。だがそんな事より俺は彼女の見慣れぬ姿に驚いている。
「いつもと違うな……」
「うん、いつもはあんまりしないけどお化粧してみた。美香に教えてもらったんだぁ」
「そうなのか」
いつものふわふわしたイメージとは違う。少し大人っぽくも見える。
「どっちが良いと思う?」
神谷は口にペットボトルを付けながら視線だけこちらに向けて問う。
「そーゆー正解が分からないこと聞くなよ。どっちで答えても失礼にならねぇか?」
「じゃあこれから毎日こーゆーお化粧するのと今まで通りはどっちが良い?」
「じゃあ今まで通りかな。あ、今日のが良くないって意味じゃないからな。慣れているからと言うか……」
俺の丁寧な説明の付け足しも聞いているのかどうか……神谷は遠くに視線を飛ばしている。
「お、おはよぉ……」
「おう……笠原か……」
普段とは違う様相の笠原が一瞬誰だか分からなかった。警察をイメージした衣装を既に着用し、髪型も普段はしていない数本の三つ編みをさらに後ろで束ねたような感じだ。
うん……こんな警察官になら捕まっても良いとか思ってしまう。しかもなんか恥ずかしそうにちらちらと自分の身体を確認している。
「衣装って結局そんな感じになったんだな」
俺は基本的に衣装に縫い付ける地味な部品を作っていたから完成品は見れていなかった。少ない費用と制作時間で良くここまで作れるもんだ。まぁ着る人も大事なんだろうけど……。
「そんな感じってどんな感じ?私も着てみた」
隣に座る神谷は立ち上がり、バッと両手を広げると俺に見せるように一周回って見せた。
「ああ……まぁ……似合ってると思う……」
「ありがとう」
なんか恥ずいな。俺の向いてる方向から2人に対して言った感じになったからまだ良かったけど。一対一で言ってたらマジでキモいよな。
「あ、ありがとう……!柳橋君もその服似合ってるよ!」
「おい、囚人服が似合ってるってのは褒め言葉なのか……?」
「え……ああ……」
めちゃくちゃ困惑した感じでなんとか上手い言葉を見つけようとする笠原。
「ヤナギはいつか本物着れるかも知れないしね」
「おいどーゆー意味だよ」
人を犯罪者予備軍みたく言いやがって……。俺の横で神谷はクスクスと笑う。
呆れながらその姿を見ていると何故かふとある事を思い出した。
「あ、笠原。相談部の仕事についてなんだけど……」
「え、どうかした?」
「俺の時間帯中澤と交換って出来ないか?」
「で、出来るけど……何かあったの……?」
不安そう?と言うか少し動揺したように尋ねる笠原。俺に限って突然用事が入ることなどあり得ないと思っているのかも知れないが詳細を伝える事は出来ない。
「まぁ……ちょっと用が出来て…….変えるのはこっちで勝手に入れ替わるだけだから問題無いと思うんだが」
「そっか……うん、分かった!……あ!じゃあ私もう行くね!」
「おう……」
忙しい中前もって準備してくれていた予定をたった一言で簡単に変えろと言うのもなんだか……今になって変に罪悪感みたいなのが湧いて来るな。
まぁ中澤の為と思えば仕方ない。後々上手くいけば笠原もこの行動の意味を理解してくれるだろう。
「じゃあヤナギの当番は私と一緒になるんだね」
「そうだな」
相談部の人員的にそうなる。全て変更ってわけでは無いが。
しばらくの間ボーッと会場を見て待っていると次第に席は埋まっていき、間も無くして開会式が執り行われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます