10.4 ボッチも時にはボッチじゃなくなる

 笠原は熱い視線を向けて言った。やはりさっきの大江の行動は柏木へ近づく為のもので間違いはなかったらしい。


「サポートって言われてもなぁ……そーゆーの慣れてないし鈍いんだよ」


「私も指示貰えないとどうしたら良いか分からない」


 柏木を陽キャ達の方に引っ張ろうとしているのは分かったが……だからって俺がどう手助けをしろと?本人もなんか乗り気じゃなかったし。


「そもそもそこまでは求められてないだろ?あくまで柏木の大江に対する意思を探る事が目的なわけで2人をくっつける事までは仕事の範疇じゃない」


 あと正直興味がない。だから敏感に意識も働かない。


「やっぱり相手が美香だから……今のままだと大江くん厳しいと思うんだよね……」


 笠原は俺の言ったことを咀嚼しながら顔を歪める。


 だからそれが仕事の範疇を超えていると言っているのに。しかし、そんな事を再度真っ向から伝えたところで笠原の考えは変わりそうにもない。


「まぁ具体的な指示くれれば言われた通りやるけど。でも今は準備でそれどころじゃないだろ?」


 体育祭は気付けば2日後。ここまで衣装も出来ていないなんて中々に危機的状況のはずだ。


「うん、私も色々手伝わなきゃならない事もあって……」


「やるとしたら今回は大江の指示通り意思確認だけして、その後ゆっくりやれば良いんじゃねぇの?そんな急ぐ必要もないだろうし」


「うーん……確かに今美香が大江くんの事好きじゃ無ければ厳しいもんね……うん、その方が確実だね」


 笠原はコクと頷いた。


「でも美香そーゆー話になると何も話してくれないよ。この前好きな人誰?って聞いたら『そんな簡単に言うわけないでしょ』って言われた」


「……」

「綾……本当にそう聞いたの……?」


 何気無く言ったであろう神谷の一言。俺と笠原の目が合う。おそらく思ったことは同じだろう。


「そんなはっきり聞いたって答えるわけないだろ……」

「なんで?」

「なんでって……そーゆーもんじゃないの?」


 俺の知識はあくまで恋愛ドラマで見た程度なので確認すべく笠原にパスを出す。


「え、私?……うん、いくら仲良くてもそんな簡単には言えないよ……」

「じゃあどうしたら聞き出せるの?」


 なんだろう。この素直すぎる子供を相手にしている気分は。相当納得のいく答えを出さない限り引き下がらなそう。


「お前だって趣味の話笠原達にしてなかったんだろ?それと同じようなもんだ。仲良いからって全て話せるわけじゃ無いんじゃねぇの?」


「あー、そーゆーことか……」


 なんとか納得してもらえたようで良かった。神谷は時々突拍子も無い行動取るからな……。


「じゃあさ、ヤナギもまだ何か私達に話してないことがあるの?」


「知らね。聞いたところで話せないなら聞く意味ないだろ」


「そっか」


「じゃ、じゃあそーゆー事で!作業に戻ろっか」


 そーゆー事とは?と少し思ったがこれ以上話しても話題がどんどん逸れていく気しかしないので俺も教室へ戻った。



***



 滞りなく作業は進み、体育祭前日である今日。


 ギリギリのところで全ての準備を終えたようだ。とは言え既に時間は18時半。普段の部活より遅い。


 大盛り上がりを見せる教室を速やかに抜けて帰宅へと向かっていると、後ろから慌ただしい足音と共に笠原が駆け寄って来た。


「あー!柳橋くん!」


「どーした?そんな急いで」


 まだ教室には多数人が残っていたように見えたが、リュックを背負っていることから笠原は帰るところなのだろう。俺もその場に立ち止まる。


「あ、これ!明日の日程と仕事内容」


 そう渡されたのは相談部が予め任されていた体育祭当日の準備等の役割分担とその人数。


「わざわざ悪いな、ありがとう」


 その場でサラッと目を通すと細々とした準備が基本二人組で組まれていた。


「俺はほとんど笠原となんだな」


「あ、た、たまたまって言うか……!偶然そうなってて……」


「そうか」


 所詮は雑務。対して難しくも無い地味な仕事をするだけだろうからどうでも良い。むしろそのお陰で様々な競技への参加を断れた事は良かった、


「希望があったら時間とか変えられるけど……」


「いや、今のところは大丈夫だ」


 多分予定なんてこれから入る事もないだろうが。笠原から渡された資料を俺は鞄へ入れると、笠原はそれを待っていたように隣で歩き始めた。


「柳橋くんって明日何の競技に出るんだっけ?」


「騎馬戦だけだったかな」

 

 男子全員参加のこの種目以外は大体クラス代表だし。クラスの数人だけが慣れるどこにも属さない枠を俺は獲得した。


「お前は色々出るんだろ?」


「うん、リレーとか障害物競走とか……」


 やはり俺と同じかそれ以上に裏方で忙しい筈なのに俺よりも色々出場するようだ。こうなると俺が1種目しか出ないと言うのも部活のせいとは言えなくなる。


「無理すんなよ。ぶっ倒れでもしたらどうすんだ?」


「大丈夫大丈夫!」


 本人の言うこの言葉ほど信用出来ないものは無い。まぁ係は何も笠原だけじゃ無いし、やばそうなら周りの奴が気付くか。


「でも全然時間は作れるよ!」


「作るって……何の時間?」


「あ、そうじゃなくて……!あの……自由な時間はあるって言う意味で……」


 そりゃあ終始休憩なくってわけじゃあ無いだろうとは思うけど。時間……あ、そーゆーことか。


「大江のことか。それならあとは本人次第だから気にする事もないだろ」


 昨日、笠原と神谷によって柏木からなんとか話を聞き出そうとしたらしいがやっぱり大江では無かったという。取り敢えずそれを大江に伝えたところ、タイミングが合えば、みたいな事を言っていた。


 一応相談部の役割はこれにて表面上は終わったのだ。


「大江くん……?あ、そうだったね……ははは……」


「なんだよその反応。あれだけ応援したいとか言ってたくせに」


「いや、応援はしてるよぉ……」


 俺達は既に校門を出て、夕陽の照らす帰路へ進んでいた。俺の横を通り抜ける自動車に掻き消されながらも2つの足音が一定のリズムを刻む。


 俺の家が見えてきたところで少しの間続いていた沈黙に笠原が割って入った。


「あの……明日なんだけど……」


「何?また田辺先生から何か言われてたのか?」


 俺の質問には答えず笠原は片手に持っていた明日のプログラムを俺に見せた。


「この棒引きの片付けの時に私も少し時間があるから……その…….」


 見せられたプログラムは幾つもの蛍光ペンの線が引かれほぼ全て塗りつぶされているよう。その中で数本の何も塗られていない線の1つを笠原は指している。


「一緒に写真撮らない?」


「え……別に良いけど。なんで今?」


 当日なんてそこら中でシャッター音がするのに前もって時間指定してそんな事を言う奴いないだろ。しかも相手はほぼほ暇な俺だ。


「あ、ありがとう……じゃあまた明日ね!」


「おう」


 俺の問いにはまたしても答えず足速に背中が遠退いて行く。


 写真ねぇ……何年ぶりだろうクラスメイトと撮るなんて……。


 俺はその背が見えなくなるのを見届けた後家に入った。

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