10.3 ボッチも時にはボッチじゃ無くなる

 つい先日まで大会ムードだった教室は瞬く間に体育祭へと移行していた。クラスの中心人物達が毎日放課後に賑わって作業する中、俺や俺と似た立ち位置の陰キャくん達は端っこの方の机で衣装作りなどを行う。


 人によっては参加せずに帰る奴もいるが、俺は100%自分に非がある行動によって嫌われる事はあまりしたくは無い。ただ勝手に嫌われてしまう状態はどうしようも無いので諦めているだけだ。


「あ、それ終わったらこれもお願いね!」


「……うす」


 女子生徒の1人が可愛く微笑みながら渡してきた物は段ボールに詰められた布切れ。まだ完成していない他のクラスメイトの衣装だろう。量は全然可愛く無いな。


 地味で面倒な仕事はこちらへ回し、自分らは当日どうするかなど打ち合わせ風の雑談に華を咲かせる。なんとも不平等な現場だが、そこに反論する事すら面倒と思う人間が大半なので1つの争いも無く作業は進む。


「遅れてごめーん!」


「遅いよ希美ー」


 勢い良く入って来たのは笠原だ。片手に紙束を持っていることからまた何か任されているのだろう。少し後ろから柏木も現れたので2人で何か引き受けたのかもな。関係ないけど。


「ヤナギって裁縫とか出来るんだぁ……」


「お前居たのか」


「うん、今来た」


 気付けば俺の手元へ目を向けた神谷が横に居た。そして俺の目の前に周ると前の席の椅子をこちらへ向きを変え、段ボールの中へ手を伸ばす。


「これやんの?お前は向こう居た方が楽しいだろ」


「そうかな……私も裁縫好きだよ」


「あ、俺は別に裁縫好きな訳じゃ無いからな」


 ただ苦手では無いだけ。社会に出る上で1番大事と言われるコミュニケーション能力が大幅に欠如している事と体力の無いこと以外は割とハイスペックでは無いかと自負している。


 少しして斜め前からギギギと椅子を引き摺る音がしてそちらを向くともう1人この作業の似合わない人が近づいていた。


「綾上手いね。私も暇だからこれやるわ」


「美香がいたら早く終わりそう。ね、ヤナギ」


「そ、そうだな……」


 鞄を俺の隣の机に置き、こちらへ向けた椅子へ座る。すっと横目に見えた鞄には幾つものストラップに埋もれた昨日のも付けられていた。


「あ、美香それ新しいの?この前欲しいって言ってたヤツだよね」


 制作途中の衣装を置くと立ち上がり、神谷は柏木の鞄の元へ近づく。そして例のストラップを指先でふにふにと触り始めた。


「まぁそうだけど……」


「でもこれクレーンゲーム限定なんでしょ?取れたんだぁ……」


「取れたって言うか……こいつが取って私にくれた」


「え?ヤナギが?なんで?」


 あり得ない、みたいな顔で俺を見る神谷。柏木は特に気にすることも無く衣装を作り始めているので説明は俺がしろと言うことらしい。


「あれだ。ちょっと俺が頼んで柏木に付き合って貰ってて、その礼みたいな感じで……」


「え!?ヤナギと美香付き合ってたの!?」

「は!?そんな訳無いでしょ!?」


 思い掛けない展開に柏木も顔を上げ猛烈に否定。それに神谷はだよねぇ〜と笑う。


 この際理由を言った方が早いか。神谷だしバレたところで鈴とは繋がっていないだろう。


「……悪い俺の言い方が悪かった。鈴の誕生日プレゼントを選ぶのを手伝って貰ってて……」


「あ、じゃあこの前美香がインスタに投稿してた写真はヤナギとだったんだね」


「……まぁ……そうだけど……」


 インスタ?写真?こいついつの間にそんな事を……。


「えぇ……」


「なに、ホント買うもの買って帰ってきただけだぞ」


 しかも俺としても予定して行ったわけでもない。しかし、


「私も行きたかったなぁ……」


 寂しそうな感じにそう言うと神谷は俺の正面の椅子へ戻る。そこでようやく俺は今この状況の異変に気が付いた。


「なぁわざわざこの席でやる事なくねぇか?狭いだろ」


 目の前を2人に遮られているとなんだか落ち着かない。妙な圧迫感だ。


「今なんてどこ行ったって狭いわよ」


  柏木に言われ周りを見渡してみると確かに教室中で作業をしてはいるが……。なんだろう、理屈では納得しているが本心では理解出来ていない。


「さっきの話なんだけど、ヤナギは鈴ちゃんに何買ったの?」


 神谷が衣装を作りながら俺に問う。


「それ聞いてどうする」


「言いたくない物なの?」


「別にそんなんじゃ無いけど」


 言いたく無いものってなんだよ。妹へのプレゼントにそんな変わった物あげるヤツ居ないだろう。


「化粧品だ」


 選んでもらった本人の目の前で得意げに言うのはなんとも恥ずかしく思わなくも無いが。まぁ男が女性用化粧品に詳しく無いなんて当たり前。恥じることでは無い筈だ。


「確かに柏木はそーゆーの詳しそうだもんなぁ……!」


 思いもよらない方向から少し聞いたことのあるような男の声が聞こえた。どこかおちゃらけた締まりの無い声だ。


「え、お前……」


「うす!柳橋くん頑張ってるね!どんな感じ?」


 大江……。こいつのノリはよく分からん。急に馴れ馴れしくされてもそんな対応力ねぇってのに。


 てかそーいえばこいつの相談なんかあったよな、柏木のやつ。すっかり忘れてた。


 こうして俺に近づいて来たのも目的は柏木への接触だろう。俺は取り敢えず会話の成立する最低限の返答を送る。


「見ての通りだけど」


「相変わらず素っ気ないなぁ……!ほら、柏木とか神谷はあっち行った方が楽しいっしょ!行こうよ!」


 教室中央で写真なんかを撮りながら楽しそうに談笑している生徒達を指差し、大江は笑う。確かにその誘い方なら露骨過ぎず誘えて良いかもなと俺も思った。しかし、


「私はこっちの方が楽で良いわ。綾は?」

「私も。ごめんね大江くん」


「あ……いやいや全然……」


 やべっ、不覚にも口角がじわりと上がってしまうのを感じた。先程の勢いからの失速。大江も大江なりに苦労してんだな。バカそうだけど。


「てかさぁ、柳橋くんってそーゆーの出来るんだ、めっちゃ地味だから手先とか不器用なんだと思ってたわ!なぁ、柏木?」


「じゃああんたは出来んの?」


「いや…….」


 ええー!?怖っ……!賑やかな雰囲気の教室なのにこの一角だけ地獄のような寒さなんだが!?


「あんたもやれる事やったら?時間もそんな無いんだし」


「そう……だな……」


 寂しそうな背中を向けて大江は陽キャの輪の中へと戻って行った。悪いな大江、俺はこーゆー時の手助けは経験不足故に立ち回りがいまいち分かっていない。


 ぐったりと肩を落とした背中に気持ちだけ謝罪を送っていると今度は大江と入れ替わるようにして笠原が近づいて来た。


「お疲れ様ー!ちょっと柳橋くんと綾今いい?部活の話があって……」


 何のことだろうと神谷と目が合うが神谷もよく分かっていないようで首を傾げる。けれど、断ることでも無いので俺と神谷は笠原に導かれるまま廊下へと出た。


 少し歩いた開けた手洗い場に着いたところで笠原ひくるっと振り返り俺たち2人へ話し始めた。


「この前の大江くんの事覚えてるよね?」


「まぁな」

「うん。それがどうかした?」


 2人の反応を見て笠原は目をパチパチとさせて見せた。どうやら俺達が忘れていたと思っていたらしい。けど俺に関してはそれもあながち間違ってはいない。


「もっとサポートしてあげてよー!さっき大江くん頑張って美香のこと誘いに言ってたのにー!」


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