10.2 ボッチも時にはボッチじゃ無くなる

 衰えってのは案外すぐに訪れてしまうものだ。あれほど数をこなして来た俺も今となっちゃあ凡人レベルにまで落ちぶれていた。


 と言っても、500円で2つ取れれば十分だろうと思い俺は再び柏木の挑む台へと向かった。 


 角を曲がってその影が視界に入った時、少し大きめのぬいぐるみがゴロッと豪快に落ちて行くのが見えた。


「やった!あ!あんた今見てた!?」


「え、おう……まあ……お、おめでとう……」


「うん!」


 凄く、物凄くキラッキラさせた笑みが俺へ向けられあたふたと賛辞を超えて動揺が飛び出す。


 しかし柏木はそんな事気にも留めず、獲得したぬいぐるみ大事そうにギュッと胸元へ押し付ける。その姿にもまた俺は対応に困りただ立ち尽くしていた。


 すると再度こちらへ向けられた柏木の視線が俺の手元へとゆっくり移行するのを感じた。


「あ、あんたのそれブサニャンじゃん」


「ぶ、ぶたにゃん……?」


 なんだその絶対に意味のない合成で生み出されたような名前は。


「ブサニャン。知らないで取ったの?今結構人気だけど」


「へぇ、そうなのか……」


 それで鈴も柏木も……。まぁそんな事はどうでも良い。あんなでかいのを目の前で取られた今こんなちっぽけなストラップ2つを自慢する気にもならない。


「それ最近出たばっかりのよ。衣装が特別で結構すぐ無くなる店も多くて……」


「詳しいんだな」


「べ、別に……!これぐらい普通よ」


 普通?俺は名前すら知らなかったから普通では無いのか。


「あ!そっか、それ鈴も好きだもんね」


「好きかどうかは良く知らないが家にもこいつのぬいぐるみあったからな」


 ふーん、と手元の2匹を目で追いながら、聞いているのかよく分からない音を出す柏木。


「お前も付けてたよな?」


「え……そうね、今はもう無いけど」


 そうだった。確かあれか、壊された奴か。だから俺が覚えていたのか。変なこと言っちまったな。


「ならこれいるか?」


「何で……?」


 不審感を剥き出しに疑うような眼が俺に向く。何で俺はいつも何かと怪しまれるのかねぇ……。


「2つあっても仕方ないしな……それに……」


 つい流れでらしく無い事まで口走りそうになったので反射的に口を紡いだ。しかしそれに柏木は首を傾げる。


「それに?……何?」


 こう改めて聞き返されると余計に小っ恥ずかしくなる。けど答えないわけには……。


「そのぉ……今日の礼と言うか、鈴から聞いたんだがお前も誕生日近いんだろ?それも込みでって言うか……こんなもので代わりになるかは分からないけど壊れたものの代替品程度にって思って……」


 こんな都合よく理由を掻き合わせたにしては、ストラップなどかなりしょぼい気がする。だがどれも嘘は言っていない。


「そう……じゃあ貰っとく」


 そう言うと柏木は目も合わせずに俺の手から1匹を受け取りそれを華奢な両手で包み込んだ。


「あ、ありがとう……」


「いや……こんなもの感謝される様なもんでも無い」


 言ってしまえば偶然手に入った思い掛けない戦利品のようなものだ。

 俺はもう1つのぬいぐるみを鈴のプレゼントが入った紙袋へ入れた。



***



 一通りの用事は済んだようなので俺と柏木は帰宅しようと駅に着いていた。最初こそ尖った印象のあった柏木だったが、半日も行動を共にすれば流石にそんな棘も落ちる。


 駅までの帰路に至っては、相手が俺であるにも関わらずバレーの事について饒舌に話していた。


 疲労感は身体に残るが、まぁ俺としてもそれなりに楽しかったと思っている。


 早めに駅にいたため席はしっかりと確保でき、行きのような窮屈な思いはせずに済んだ。


 柏木の自宅の最寄駅はこの路線上にあるため、帰りはそこで別れる事にした。そう思うと朝わざわざ俺の家まで来させたことが余計に申し訳なく思う。


 しばらく電車に揺られ、柏木の降りる駅名がアナウンスで流れた。


「じゃあまた学校で」


「おう、今日は悪いなわざわざ。助かった」


「……」


 立ち上がり背を向けたまま柏木は何も答えない。特に返事の必要な事は言っていないので俺も特に言及しなかった。


 しかし、少しの沈黙の後柏木は少しだけ振り返った。


「また……」


「ん?」


「また何かあれば…….言って……」


「お、おう……」


 目も合わせず見えるのは横顔だけ。だが、夕日に照らされ赤く染まる頬や唇は妙に色っぽく、俺はごくりと唾を飲む。


 柏木はそのまま電車を降りて行った。



***



「ただいま」


「あ、お帰りなさい。珍しいわねぇ、あんたが休日に出掛けるなんて」


「まぁちょっとした用事があって」


 手に持つ紙袋が見つからぬよう俺はそそくさと2階の自室へと登る。母さんはそんな俺を見て不思議そうに首を傾げていた。


 夕食や入浴など諸々済ませ、いつも通りリビングにいると、こちらもいつも通り鈴が現れた。


 上は薄手のTシャツに、下半身はシャツで隠れているとはいえ下着姿だ。まあ妹故か不思議と何も意識はしないが。


 スマホを片手にふらふらとソファへ歩み寄り肘置きの部分に腰を下ろし、いつもの椅子に横向きに座っていた俺と向かい合う形になった。


「今日さぁ、お兄にそっくりな人居たんだぁ」


「へぇ、そう」


「でも美人そうな女の人が隣で楽しそうに話してたから絶対別人だーって思った」


「……へ、へぇ……因みにそいつはどこで見たんだ……?」


 鈴がどこへ行っていたかは知らないし、俺のような量産型の容姿の人間はそこら中にいる。だが念のため確認はしておこう。


「新潟駅に向かうところ。その人達は少し前歩いてて多分駅向かってたのかな。もう4時くらいだったし」


 ほほう、ドンピシャじゃ無いか。隣で話していた美人そうな人ってのも柏木の事だろう。いや、だとしたら……


「お、俺みたいって事はそいつもさぞ残念な容姿だったんだろうけど、そんな奴と話していてかし……いや、その美人の人が楽しそうだってのは俄に信じ難いな」


 帰りは柏木がバレーボールの話をしていたとはいえ、俺の知識のなさに半ば呆れながらその都度説明をしてもらっていたしな。普通に人違いって線もある。


「遠くから横顔が少し見えた程度だったけど女の人の方は凄く楽しそうに見えたよ?」


「そうか……」


 じゃあ横顔見えたのに何で柏木だって気が付かなかったんだ?とも思うが、まぁ取り敢えず側から見て柏木が楽しそうに見えたってんなら……良かった。あくまで鈴1人の意見でしか無いけど。


「お兄どこ行ってたの?」


「え、あー……本屋だ。本屋」


「へぇ、またグロいヤツでも買いに行ってたんだ」


「違ぇよ。てか一回も買いに行った事ねぇよ」


 まだ鈴の中にそんなイメージが残っていたとは……。鈴は特に興味無さそうに聞き流す。だから俺もしつこく否定はせずに話を切り上げた。

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