3.6 運動会の雑用も楽では無い
運動会当日。
8時集合16時解散という俺にとってはなんとも鬼畜なスケジュールだ。ふわぁっとだらしない欠伸が溢れてしまうくらい許してほしいね。
にしても今日は、5月にしては暖かく、空には雲1つない。母校と言うこともありやや懐かしい雰囲気が漂っている。
早めに行こうと謎に乗り気な鈴に誘われて来たので、今は7時38分、どう考えても早すぎだ。スマホをペチペチ弄る横で俺は老木に寄りかかった。
目の前には親の都合か何かで早く登校していた体操服姿の子供達がわきゃわきゃ楽しそうに駆けていく。まるで昔の自分等を傍観しているようだ。
あの頃の俺は数年後にこんな陰キャになっているなんて思っても見ないだろうな……。
なんか悲しくなったから青い空に慰めを乞う。ふぅ。ま、この中から確実に一人は俺と同じ道を辿るだろうがな!
そうこうしていると道路の方向からポツポツと見覚えのある顔ぶれが現れ始めた。なんか全身真っ赤なジャージを着た人が一人だけメラメラと暑苦しいオーラを発していたのでそれは無視した。
すらりと細長い足の際立つ男が近づいてきた。中澤だ。長袖短パンの黒いジャージにふくらはぎにはサポーターのようなものを着用している。
「おはよう柳橋くん。今日はよろしく」
「おう」
ふっ、相変わらず作り笑いが上手だこと。……と、中澤が木陰でスマホを弄る鈴の方へ歩み寄る。
「おはよう。えっと……柳橋くんの妹の鈴ちゃんだよね。今日はありがとう」
「いえいえー!私も全力で楽しみますよ!」
声に気付いた鈴がぴょーんと飛び上がり明るい笑顔を彼へ送り返した。ちょっと?その顔俺に向けられたこと無いんですけど。
「けっ、突然下の名前かよ」
「あ、ごめん。柳橋さんとかの方が良いかな。でもそうすると分かりづらくなるし……」
「あー!全然全然!鈴ちゃんでも鈴でも良いですよ!……お兄キモい、ちょっと黙ってて」
「うすっ……」
冷めきった、虫を見るような目で俺を睨む鈴。
くそ、軽く小石を投げたつもりがミサイルで帰されてしまった。これ以上は危険。黙っとこ。
「……じゃあ鈴ちゃん、よろしくね………もう少ししたら全体の設営が始まると思うんだけど……」
兄妹間の上下関係を瞬時に見抜いた中澤は苦笑いを浮かべつつ次へと話を移行。さすがだ。
「了解でーす!」
そんな中澤に鈴はビシッと敬礼して見せた。
他のメンバーも中澤に引き寄せられるように周囲へ集まってきた。見た感じでは全員いるだろう。
「おはよう!柳橋くん、鈴ちゃん」
とたたっと近くへ駆け寄ってきた笠原がいつも通り明るく挨拶してきた。黒いパーカーに黒いスウェットパンツ。グレーのキャップも被っているためか、いつもとは一風変わったアスリートっぽさが出ている。
「おう」
「え!あ、おはようございます!」
鈴があたふたしながら俺と笠原を見比べた後、やっぱり何か理解出来なかったのかこてと首を傾げた。
「希美ちゃんって私のこと知ってるんですか?」
「え、あーうん。前から結構有名だもんねー……」
なんかよく分からない間が気になったが「えーそんなことないですよ~」と分かりやすく照れる鈴に笠原もタハハと笑う。
……そして、突然話題が俺へと切り替わった。
「あの、部活でってのは分かるんですけど、希美ちゃんってなんでお兄ちゃんとそんなに距離が近いんですか?」
「え、きょ、距離!?ぜ、全然近くはないと思うけど……」
すげーこと言い出したな。笠原も対応に困ってんじゃねぇか。
「別に距離なんか近くねぇよ。俺の心の半径10メートルはアネクメーネだからな」
「うわ、意味わかんないし、キモー。……けど、良く一緒に帰ってますよね?何回か見たんですよ。あ、まあそれは誰かと一緒に帰ることなんて当たり前のことなんですけど、相手がこの
もうやめようぜ。そろそろメンタルに来ちゃうよ。「うーん…」と悩みながら答えを探していた笠原が口を開きかけた時、目立つ赤ジャージの女性から指示が出た。
「おはようみんな。早速準備に取り掛かるとしよう。テントは重いから男性陣で、女性陣は小道具と飾り付けを。やり方等はその場の先生に従ってくれ」
拡声器を使いながら拡声器が要らないほどの声を出す。気合い入ってんな。
俺は中澤、剛田と共に言われた通りの方向へ向かう。が、後ろから知らない男と知ってる女性も着いてきた。
「何で田辺先生もこっちなんですか?女性は小道具の方なんすよね」
「お前がサボらないよう見張るためだよ。それに私の方がむしろお前より力あるからな」
グッと力こぶを作ってニカッと得意気に笑ってきた。こういうときのこの人に関しては「わー凄いですね」と、適当に誉めとけばいいから別に良いんだけど。
俺が気にしてんのはその隣だ。丸眼鏡を掛けたおかっぱ頭の小柄な男。例えるならねずみ男。
「その人は?」
「え、お前知らないのか?生徒会副会長の!しかも同い年だろ?」
「……」
副会長……。そんな役職があるとこは当然知ってはいるが、それが誰かまでは知らない。言っちゃえば会長すら女性であることしか知らない。
自分のクラスの人や学年で目立っている人なら顔名前くらいは知っているが、全校集会の時だけステージの端にちょこっと出てくるだけの人間までいちいち覚えちゃいない。
「あっはは、まあ知らないのもしょうがないですよ先生。僕の実力不足ですね。ま、僕もこんな陰気臭い男知らないんで」
知られてなかったことめちゃめちゃ気にしてんじゃねぇか。ギリギリと俺に憎悪の詰まった視線を送って来やがる。
後ろの会話に気づいたのか、先へ進んでいた二人が立ち止まり少し引き返してきた。
「克実さんこの人誰っすか?こんな人相談部に居ましたっけ?」
高い視点から見下ろす剛田に気圧され、一瞬ビクリと肩を揺らすが直ぐにブルンブルンと首を振り必死感の滲む自信満々な表情へと戻る。
「僕は……」
「あ、理数科の神宮寺くんだよね、生徒会副会長の」
爽やかな笑顔でそのねずみ男へ近づいていく中澤。一瞬で機嫌の戻ったその神宮寺と言う奴はフフンと鼻を鳴らす。
理数科……。我が城北高校では全7クラス中6クラスの普通科と1クラスの理数科で構成されている。そして理数科は普通科に比べて偏差値が4くらい高い。だからこう言う奴は普通科に対してかなり態度がデカい。
「君たちみんな普通科だよね?普通科ってのは、自分の通う学校の生徒会にも興味を示さないのかい?」
「この人うざいっすね」
「んなっ……!?う、うざいっ!?」
自分が上であると確信したからか、先ほど一瞬でビビっていた剛田に対してもキッと睨みを利かす。
仮にもこんなのが城北生代表とはな。
「挨拶はこんなくらいで十分か?そろそろ準備に取りかかろう」
横で見ていた田辺先生が剛田と神宮寺のにらみ合いに区切りを付け、颯爽とテント置き場へ進んでいったので、俺達もあとに続いた。
目的の場所が近づいてきた。砂場には鉄パイプとエステル帆布の天幕が積まれている。これを本部と呼ばれる場を作るため正面へ運び、その脇には救護室も設置するらしい。久々の重労働になりそうだ。
先頭を歩く田辺先生の足がピタリと止まる。そして勢いよく此方へ振り向くと本番開始かと間違えるほど声高らかに叫び出した。
「よーし、準備始めぇ!」
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