3.7 運動会の雑用も楽では無い

重い。とにかく重い。そして距離が長い。


2人1組で次から次へと運んでいく。力のある剛田は1人、神宮寺と唯一上手くコミュニケーションが取れている中澤が当然そちらで組み、俺は…………まあ、ね。色んな意味で余っている人と組んだ。


「しっかりしろ柳橋ぃ!そんな頼りないようじゃ女は寄り付かない……ぞ……」


しぼんでいく語尾と共に田辺先生の視線がゆっくりと自分の逞しい二の腕へと移行していく。


「なぁ、私は逞しすぎるからモテないのか?」


「いや、知りませんよ……そう言うのが好みの人も居るんじゃないっすか」


突然深刻な相談してくんなよ、可哀想に見えてきたわ。


「柳橋、折角だし私と恋ばなしよう」


「ネタのない2人の恋ばななんてただの妄想語りになるだけですよ……うっ!」


運んでいた鉄パイプが俺の腹へめり込んだ。バッと顔を上げると、目の前には魔女のように微笑む恐ろしい生き物がいた。くっ、ここは折れるが吉か。


「じゃあ、人生経験豊富な先生からどうぞ」


「おし!あれは私が高校生の頃……」


つらつらつらつらと何か話していたが別に面白くもなかったので適当に「へー」とか「そうなんですか」とか言っておいた。


所々聞こえた内容を繋げると、片想いしていたサッカー部の田中くんに告白する前にフられたという悲しい話だった。なぜ先にフラれたのかは聞き逃してしまった。てか15年も前のこんな話よく辱しめもなく出来るな。


「私は話したから次は柳橋のターンだぞ!」


「マジすか」


俄然興味を示し少年のように目をキラキラと輝かせていこの人を前に「ないです」とか「言いません」などの逃避は不可能なようだ。


「分かりましたよ。中1の頃の話になりますけど良いですか?」


「中1?そりゃまただいぶ前だな」


15年前の話をした人には言われたくない。同じ時系列でしてやろうかな。俺の1歳の頃の話。


「まあ、それ以降色々あったんで。いや、何もなかったって言う方が正しいか」


人との関わりが無かったからな。去年くらいからは少しはマシだが。今年はイレギュラー。


「それでその中1の時はなにが!?」


このおばさんの脳内小学生かよ。どんどん精神年齢下がっていってんな。生憎そんな期待されるほどの話は持ち合わせてねぇってのに。


「俺が当時……」


「先生、このテントで最後です」


「お、了解」


知らず知らずのうちに作業はかなり進んでいたらしい。今俺と田辺先生が建てているテントで終わり。よって俺の昔話も強制終了となった。


「柳橋ずるいぞー。私にばっか喋らせやがって」


「先生が勝手に話してましたよね。結構長く」


しかし長ーい昔話を聞かされていたことで、思ったより疲れずに済んだのは不幸中の幸いだったな。

すると、女性陣の方も終わったらしく集団で此方へ歩いてきていた。


その中央。見るからに人当たりの良さそうなお姉さんって感じの人が1人。


「あの人が生徒会長ですか?」


「そうだよ。本当に知らなかったのか?去年の秋からはずっと彼女だったろう?」


「はぁ……余り把握出来てないもので」


西宮楓にしみやかえで現生徒会長の3年生だ。相談部が生徒会の下部組織と考えると彼女は……総督?いや、大ボス……いや……大親分……いや」


「あ、もう大丈夫です。分かりました」


どうせなんかかっこいい言葉探してたんだろ?いいよそう言うの。生徒会長が西宮さんで副会長が神宮寺な、了解。


「先生私達も終わりましたよ!他にやることありますか?」


笠原と鈴が仲良く田辺先生の元へ駆け寄ってきた。すっかり仲良くなったらしい。兄貴ちょっと安心。


「思ったより早く終わったな……じゃあ、取り敢えず……競技が始まるまで保護者の邪魔にならないところで休憩ってことで」


その声を合図に各々散らばっていく。笠原と鈴、神谷と剛田、会長と副会長、そして何故か中澤と俺。俺が手頃な木陰に腰を下ろしたら横に躊躇なく座ってきた。


「何だよ」


数秒の間が空きなんとも気持ち悪い空気だったので、俺にしては珍しく先に切り出してしまった。


「相変わらず刺々しいね……そういえばここ、君の母校なんだろ?」


「ああ、そうだけど」


やっぱこいつは意味不明だ。毎度毎度この黄昏モード的なのに入るのはやめてほしい。自分大好きかよ。


「じゃあもしかして、笠原と幼なじみだったのか?」


「知らねぇよ。少なくとも小学校は違うから幼なじみではない。中学は人数多過ぎて分からん」


城北高校の近くには複数の小学校が散在している。そのため、同じ徒歩通だからとて同じ小学校に通っていたとは限らない。隣に住んでた子と小学校が違う何て話も珍しくないらしい。


それに対しここらに中学校は1つだ。この近辺に住まう人間であればおそらくそこに通っていただろう。しかし、1学年200人を越えるためいちいち覚えてはいない。それに当時の俺はボッチでいることにそれなりの惨めさを感じていたため周囲と比較しないよう視野を狭めてしまっていた。


「へー、俺の中学はそんなに人数多くなかったなー。全校で200人くらいだったかな」


ふーん。聞いてないけどね。何処かも分からないあなたの中学校のことなんて。テキトーに流すべく、視線を前へ飛ばすと目の前にはアンバランスな二人組が立っていた。


「ヤナギ、おはよう」


「おう……」


二人組の小さい方は神谷だ。淡いピンク色の服に白いオーバーオールを着用している。彼女なりに動きやすい格好で来たつもりなのだろうか。童顔が強調され、小学生に混じっていても分からないかもしれない。


無意識に見てしまっていたのか、神谷が俺を見た後、自分の服へ目を落とす。そして、


「どう?」


「……?どうって……何が?」


「この服」


照れる訳でもなくただ単純な疑問という感じの態度。けど、どう?って言われてもな……。俺は頭を悩ます。


「に、似合ってるんじゃねぇの……」


「そう、ありがと」


表情一つ変えない神谷。なんだよ、その反応。なんかこっちの方が照れちまったじゃねぇか。


続けて神谷は小さな口を再び開いた。


「でも私が聞いたのはこの服装が“動きやすい服”の条件に合ってるかってことだったんだけど。……ちょっと自分じゃ良く分かんなくて」


「は……?」


物凄い羞恥心が沸き上がってきた。耳が熱いのが自分でも分かる。中澤と剛田に見られているという事がなおさら俺の羞恥を駆り立てる。


「克実さん意外と積極的に距離詰めてくタイプなんすね」


「あ?何の話だよ」


「別に~?」


ニタニタと悪い笑顔で俺をからかうように笑う剛田。腹は立つが、万が一反撃が来たら怖いので軽く睨むだけに留めておいた。


ふと、置き去りにされていた中澤を見ると、彼は暖かな目で前方の二人を見守っていた。


「随分仲良くなったんだな。……特に神谷は、最初剛田に怯えてたようにすら見えてたからなんか意外だよ」


「別にそんなことないけど……」


神谷は口先で否定しつつも図星のような表情を見せた。まぁ突然こんなデカい奴出て来てビビらんやついないよな。神谷から見た剛田って俺から見た2メートル10センチくらいだし。


「そう言えば、剛田の案件は解決したんだよな」


「はい、だいたいは。部活を作るとなるとまだ厳しいんですけど話の合う友人はそこそこ出来ました。その1人に神谷さんも入ってます」


剛田からの不意打ちをくらい、神谷は一瞬焦ったように見えたが、今周囲にいるメンバーを再確認しホッと一息漏らした。

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