3.5 運動会の雑用も楽では無い

「7人か……」


約10人と言われればそうだが明らかに少ないのは事実。けど俺にはもう知り合いと呼べる人はいないし……。


「剛田くんの友達とかどうなのかな?3人も集めるられるかは分からないけど」


「これ以上イカツイの増やしてどうすんだよ」


子供達の輝く楽しい運動会が違う祭りになっちまうだろうが。それに俺も居心地悪くなりそうだからやめて欲しい。


「中澤、俺に提案って言ってたよな。現時点俺はまだ謝罪しかされていない」


苦笑いで応じる中澤。


「提案というより……頼みに近いんだけど」


「なんだよさっさと言ってくれ」


「妹さん……とかって手伝って貰えたりしないかなって……勿論無理にとは言わないよ。けど、1人増えるだけで大分違うと言うか……入学して1ヶ月なのに既にかなりの人気者みたいだしさ」


鈴が目的だったか。別にここまでしっかりと頼まれるようなことではない気もするがこのイケメンくんにここまですがるような目を向けられるのは悪い気はしない。しばらくはこのままにしておこう。


「参加するかどうかまでは俺は決められない。だから俺はあいつに聞くくらいしか出来ない」


「ありがとう助かるよ。俺たちももう一人話をつけられそうな人に当たってみるから」


「おう」


もう1人当てがいたのか。そいつと鈴が参加するとなれば9人で十分の人数が揃うな。


「一応聞いておくがいつまでに結果を報告すればいい?流石に帰宅後とかじゃ遅いだろ?」


「あー、部活の時間で良いって言ってたから17時くらいかな」


昼休みよりはまだマシか。けど時間がないのは変わらない。


「……ちょっと厳しいな」


「……鈴ちゃん今日休み?」


俺の一人言に笠原が不思議そうに尋ねてきた。


「いや、学校には居るけど……俺、学校内で話しかけてくるなって言われてんだよ。LINEもダメって」


酷いよなホント。まぁすぐに伝えなければならないような重要な用事とかは全く無いんだけどさ。


「え!?どうして?」


笠原は興味津々。この問いに関してはずっとスマホを弄っていた神谷までもがやや目線を上げた。


「兄妹って思われたくないんじゃねぇの?知られたところで被害被るのはむしろ俺なんだけどな」


「あ、なるほど……」


「納得してんじゃねぇよ」


「ハハハ……中々気の強そうな妹さんだね」


「そうだな。俺とは正反対なほどに」


ほへーと笠原は興味深そうに頷く。ちょっと話がズレた。そろそろ本題へ戻そう。


「……ってことで、俺から鈴に伝えることは難しそうなんだが」


「うーん……でも俺達は彼女と全く交流がないからな……突然こんなお願いをするのもちょっと……」


一方的に知ってはいるものの何かを依頼出来るほどの関係者は誰も居ないってことか。それに、突然知らない先輩から手伝いを頼まれて喜んで参加する奴などいない。


「剛田は?剛田なら学年一緒だし……どっちも有名人だからお互いを知ってるかも」


スマホをポケットへしまい、会議中には珍しく神谷が提案してきた。


「剛田くんか……そうだね!それありかも!」


笠原が一瞬神谷を見て固まったのは二人の関係性を未だに知らないからだろう。多分まだ勘違いしている。


「確かに、剛田自身も参加するんだし、良いかもな。剛田には俺から連絡しておくよ、時間もそろそろだし今はこのくらいで」


中澤の一言で会議に幕が降りる。


よし、これで取りあえずは解決だな。あれ、この会議俺必要あったか?



***



参加者名簿の提出期限となっている放課後。今日一日何も連絡が無かったことから順調にいったのだろう。俺は部室へ向かうため荷物をまとめる。


すると、明るい声が背中に届いてきた。


「柳橋くん!今から部活行くの?」


「……おう」


これから部活に行こうと準備をしていた数人の生徒の視線が一瞬で俺に集まる。


まあそうだよな。誰からも好かれ、華やかなヒロイン的存在と浸透している笠原に対し、方や地味で暗い名も知られていないような男。誰が見ても全く理解できない光景だろう。


「どうしたの?」


俺は珍しく周囲の視線を気にし、硬直していたようだ。


「いや、何も」


カバンを肩に担ぎ流れるように教室を出た。後ろからは「ちょっと待って!」とドタドタと慌て、荷物をまとめて追いかけてくる笠原の気配を感じたが俺はそのまま部室へと向かった。



部室に着きソファーへ腰を下ろす。いつも通りの位置。右隣には笠原、斜め前には神谷、正面には中ざ……。


「直々に来てやったよ」


ニッと笑うその人は中澤ではなくあの、独身アラサー教師だった。


「参加者名簿はさっき笠原から受け取ったよ。全員で9人。予定より1人少ないけど、まあ良いでしょう」


無事集まったのか。鈴じゃないもう一人は誰か知らないけど。しかし、ここで1つ疑問が生じた。


「じゃあ何しにここに……?」


用事は済んでいるはず。「来てやった」と言っている段階で何か用がなければおかしい。


「打ち合わせだよ。突然本番ったのはさすがの私も心配だからな」


「え、田辺先生も来るんですか?」



「あれ?笠原はみんながって……」


突如俺の座るソファーがガタリと揺れた。


「ああっー!ほら、柳橋くんも言ってたじゃん!田辺先生にも参加してほしいって!ね!」


デタラメな身ぶり手振りを付け、あせあせと俺に何かを訴えかけてくる笠原。あー、もしかして残り1人ってのは……。なるほど、今は話を合わせておこう、そろそろ笠原の演技も見ててしんどい。


「そ、そうだったな。ホント助かりますよ」


田辺先生の表情と共に一瞬流れかけた不穏な空気がスッと落ち着く。俺もホッと一息。


「みんなが私に参加して欲しいって言ってたと聞いてね、生徒の見本となる教師としてそうすべきなのだろうと思ったんだよ」


ははは、単純で何より。それを利用する中澤達も中々の性格してんな。


「けど打ち合わせって言ってもそんな話すことありますか?」


「誰がどの仕事をするかくらいは決めておける。スムーズに動けるしな。当日バタバタしたくないだろう」


そう言って予め準備してきたのであろう役職名の記載された紙が机に置かれた。それと一緒に保護者用のプログラムも全員分用意されている。


「まずは朝のテント設営で、これは……全員か。それから……」


プログラムをなぞるようにつらつらと説明が加えられていく。


と言っても、基本的には小道具の準備だ。障害物競争で使う物から、大玉送りの玉、綱引きの綱など、全てとまではいかないがまあ、ほとんどの競技に誰かしら必要となる。


「あと……準備とは違うんだけどな、保護者参加型の競技があるんだよ。それに君達が出て欲しい」


田辺先生がやや言いづらそうに言葉を続けた。


「保護者がこれない子達とか、赤組白組の人数調節とかちょこちょこ頼まれるかも知れないからそれだけよろしく」


なるほどね。それらも踏まえての手伝いってことか。笠原は「了解しました!」と何故か嬉しそうな返事をした。


「よし、じゃあ中澤達にも軽く伝えておいてくれ。明後日、期待してるぞ!サボんなよ柳橋」


「……うす」


俺の肩を鬱陶しくバシバシ叩く田辺先生。だからめちゃくちゃ痛いんだよ、あんたのそれ。


俺は極力その感情が伝わらないように笑みを作って返事をしておいた。

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