3.4 運動会の雑用も楽では無い
2人と別れ、裏道を通り持ち前の方向音痴を炸裂させながらも無事帰宅。自分の地域ぐらいすんなり帰れるようになりたいものだ。
玄関を開けると途端に揚げ物の匂いが全身を包み込んだ。どうやら夕食の準備は出来ているらしい。
軽く手を洗いリビングへ踏み込むとテーブルには既に食事が並べられていた。
「おかえり、鈴ももう帰ってるから呼んできて」
「おう」
どうやら俺待ちだったらしい。いつも待つ側なんだしたまには良いだろ。俺は言われた通り2階の鈴の部屋まで行き戸を軽くノックする。
「夕飯食べるって」
「はーい……」
気だるげな返事が聞こえたと思うとガチャッと木製の開き戸が開いた。
「どーしたの、お兄が鈴より遅いとか」
「ああ、まあちょっとな」
細かく説明すれば長くなる。そもそも、する必要もない。俺の曖昧な返答に、鈴はふーんと細めた目を向け、明らかに訝しむ。
「何、またあの変な部活?最近遅い時間まで学校に居るみたいだし」
「だったらなんだよ」
「別にー。何でもなーい」
うぜぇ。変に探られるよりはマシだけど。
鈴は俺の脇をすり抜けるとタタタと階段を下りていく。
家族4人でいつも通り食卓を囲む。基本的には鈴が母親と喋り、その会話を俺と父親が聞いているという形だ。
今日の議題は主に鈴の部活について。顔も知らない人物の名前とバレーボールの専門用語が次から次に飛び交う。
──そして話に一段落が着いた時鈴の議題が俺へと移ってきた。
「そう言えばさ、お兄の入ってる……相談部だっけ?それってどんなことしてんの?」
こいつ……、一対一で聞き出せないからって両親と顔を合わせるこの機会を使いやがった。くそ、俺にだけ見えるような角度でニタァと笑ってやがる。
「そうねぇ、母さんもそれ聞きたい!この前の子達すぐ帰っちゃったもんね」
面倒くせぇ。母親どころかいつも俺に対して完全スルーの父親まで視線を送って来ている。
……仕方ない、実際何の後ろめたさもないし別にいいか。
俺は口に入った白米をゆっくりと飲み込んだ。
「そうだな……特に何もしてない。時間になるまでダラダラ好きなことしてるだけだ」
「何それ……本当に部活?他の部員の人居るの?」
明らかに疑われている。部員も居ないのに勝手に架空の部活作り上げてるとか、俺どれだけ悲しいやつだと思われてんの。
「まぁな。けど他の奴もスマホ弄ってたり寝てたりするだけだ」
「大丈夫なの、その部活」
数十秒前まで興味津々だった母親の顔がいつの間にか不安の色に満ちている。それもそうか。普段家でしていたことをわざわざ学校でしてるだけだもんな。
「知らね、ごちそうさま」
これ以上探りを入れられるのは面倒なので、俺は早々と夕飯を切り上げた。シンクへ自分の食器を入れると、俺の座っていた席で、家では普段ほとんど鳴らない俺のスマホが鳴った。
2度のバイブレーション。と言っても俺に来るのなんざ公式LINE程度だろう。しかし、それらは全て非通知にしてあるはず……。自室へ戻るついでにそれを手にし一応確認。一応な。
「……は?」
スマホの画面にはある筈のない名前からのメッセージがポップアップ表示されている。
『突然悪い。日曜日の運動会について提案があるから明日の朝時間貰えないか?』
送信者は“優也”と記されている。当然俺の知る優也という名前の奴など一人しかいない。
おいおいどういうことだ。知らぬ間に俺の連絡先流出してんのか?ダレトクだよ。
「なに?どしたのぉ?」
思わず声を挙げてしまったせいで食事中の母親が顔を覗き込んできた。
のぉ、って伸ばすあたり、もうお婆ちゃんみたいだ。
「いや別に」
手帳型のスマホケースをパタリと閉じそのまま立ち去ることにした。
部屋に戻り一息つく。俺の部屋には必要なもの以外置いていない。よって、見える限りにはベッド、椅子、本棚。以上。
椅子に腰掛け改めてLINEを開く。うん、間違いない。アイコンの写真もユニフォームを身に付けた、サッカー部と思われる男達数人の写真。勿論その中に中澤もいる。
「なんでこいつが……」
急いで『友達』というなんとも気に入らない欄を確認する。そこにも公式LINEに埋もれながらもその男は存在していた。
「友達……」
何で“知り合い”ではなく“友達”にしてしまうのだろう。明確な定義付けがあるわけではないが間違いなく友達ではない。まぁ、そう言い出したらネットニュースのアカウントとかオンラインショップとかも違うんだけどな。
気は乗らないが、ここで何も返事をしなければ俺はただの面倒臭い勘違い陰キャになってしまうだろう。これは興味とかではなくあくまで善意だ。善意で返事をするのだ。
『了解』
***
翌朝、俺はいつもより早く身支度を済ませていた。
「お兄今日なんかあるの?」
今日はバレー部の朝練がないようで、鈴はふわぁっと腫れぼったい目を擦りながらトーストを頬張る。こんな何気ない仕草はいつも下僕のように扱われている身からしても可愛らしく見えてしまうものだ。
俺も口の中の食べ物を飲み込み返答。
「同じクラスの奴に呼び出されてる」
「え、リンチ?カツ上げ?」
嘘、やっぱさっきの取り消す。全然可愛らしくなんかねぇ。
「何でそういう方向しかないんだよ……部活だ」
「ふーん、何でもいいけど一緒の時間に家出るのはやめてよね」
「はいはい」
相変わらずだな。俺は食器を片付け、残りの支度を済ませる。すると昨日から引き続きまたしても俺のスマホが振動する。相手は昨日と同様、中澤からだ。
『ありがとう!8時10分頃部室で!」
ついでにサンキューと呟く変なキャラクターのスタンプも送られてきた。あと20分もねぇじゃんか。
「もっと早く連絡してこいよ……」
「なんか言った?」
「なんもねぇよ、じゃあ俺もう行くから」
「いってらっしゃーい」
欠伸と共に吐き出したような声で見送られ俺は学校へ向かった。
部室には既に中澤だけでなく笠原、神谷の3人が集まっていた。
「ごめんね急に呼び出しちゃって」
全員座っているので俺も取り敢えず……あれ俺の座る場所……。
「あ、ごめん!……はい」
通常の俺の位置に置かれていたカバンが笠原の手によってさっとどけられた。大人しく空いたその席に座る。
「それで、その提案って言うのは……?」
時間に間に合ったとはいえ、最後に来たと言うこともありやや控え目に切り出してみた。
「今日までなんだよね~。田辺先生に言われてたメンバー集める期間」
そう言えばそうだ。今日は金曜日。しかも、男女比等の情報を小学校へ送るとしたら遅くとも昼休みくらいには参加者を集める必要がある。が、
「確か当てはいたんだよな。誰かに断られたのか?」
俺の問いに笠原と中澤は微妙な顔で視線を交わす。
「うーん……美香はやっぱりダメだったぁ」
「丸山と大江も日曜は用事があるからって」
「全滅じゃねぇか」
二人はごめんと頭を下げる。何故俺へ申し訳無さそうな態度を示すのかいまいち分からなかったがたった今ピンときた。改めて話を思い返し納得。
──現に人員確保に成功したのは俺だけだった。
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