3.3 運動会の雑用も楽では無い

前にもあったな……こんなこと。当時は走って逃げたけど今はそうも行かなそうだな。恐る恐るそちらを見る。と、


「コンビニの前でタバコ吸われると迷惑です。他の場所で吸ってください」


お前かーい!どうやら彼らの気に触ったのは神谷の方だった。ちょっと安心。……いや、むしろまずいな。


「あぁ?別にどこで何してようが俺達の勝手だろ。お前何様のつもり?あー気分悪ぃ」


たむろしていたのは3人。その中で見るからにボス格の男が神谷に詰め寄る。よって少し後ろに居た俺の存在にも気づく。


「お前は?このチビの彼氏?」


「いや、違いますよ。ただの知り合いです。……ハハハ」


やべー。心臓バクバクだぜ。さて、どう切り抜けるが吉か……。ボス男が缶コーヒーの空き缶を片手に俺をじろじろ眺める。

うわー。いよいよ、『ボス男がボスの空き缶持ってる!面白ーい!』とか流暢なことも言ってられなくなってきたな。マジでどうしよう。


「あっそ、俺達さ、そのお前の知り合いって奴に気分害されたんだけど。責任取ってくんね?」


「責任……」


俺に来たか。こういう人達も流石に小柄な女子高生に手をあげることは出来ないのだろうか。だからって俺はOKって訳じゃないですよ。


「おい聞いてんのか?」


「はぁ……」


っんだよ、責任って。最初こそ勢いのあった神谷もすっかり怯んでしまい、不安そうな目で俺を見てくる。俺に何をしろと?


「おい!」


「うっ……!」


動揺する俺にさらに距離を詰めてくる男。くっ、仕方ない。必殺現金渡しで乗りきるしかないいな。俺はポケットの財布に手を伸ばす……。

  



──ウィンと音がしてコンビニの自動ドアが開いた。


「あっ、克美さんも来てたんすね。えっと……知り合いですか?」


おおー!救世主!ナイスタイミングだ剛田!いつも以上に逞しく見えるぜ。


「いや、……知り合いではない……な?」


「うん……」


剛田は小首を傾げ、その体躯に似合わない素振り。


「じゃあ何ですか?やけに騒がしく見えましたけど」


俺に詰め寄っていた男がたらたらと取り巻きを連れて剛田のほうへ歩み寄る。が、途中で足を止めた。


すると今度は剛田がずんずんと前に出て男へ顔を寄せる。男は思わず後ずさる。こうなったらもうこいつも不良だろ。


「ハハハ、逃げないでくださいよ。克実さん達と何か揉めてました?話なら俺が聞きますけど」


こーわ。さっきの男の怒声なんかより数百倍怖ぇよ。やはり持つべきものは猛獣だな。絶対敵に回したくない。


「べ、別に揉めてねぇけど……」


「そうですか。では、


口元は穏やかな笑み。それでいて今にも襲い掛かりそうな肉食獣さながらの目付きで彼らを捉えている。

男たちはその場から逃げるようにしてそそくさと去って行く。その背に剛田は満足げに笑うと此方へ歩いてきた。


「お疲れ様です克実さん。ところで今日はどうしたんすか?」


「いや………お前すげぇな……俺もビビった。なに、こう言うこと日頃からやってんの?」


「あー、ハハハ違いますよ。中学の頃は素行が悪かったんでその名残です。あ、今は全然ですよ!更正しましたから」


中学の頃って1ヵ月前までってことですか……。何があってもこいつだけは怒らせてはならないな。


「気を付けた方が良いですよ。この辺ああ言う奴多いんで……けど克実さん大分頼られてるみたいっすね」


ニヒルな笑みを浮かべながら意味ありげな視線を送ってくる剛田。それに俺も従う。


「おっ……」


剛田の視線の先。そこには俺の制服の裾をがっちりと力強く掴んだ小さな手があった。


「……あ!」


無意識だったのだろう。神谷は慌てて手を離す。そして耳まで真っ赤にして大きな目でキッと剛田を見た。それを見て剛田はさらに楽しそうに笑う。


「なんか俺、邪魔っすか?」


「なんで!剛田が私を呼んだんでしょ!」


そういや、そうだったな。特別イベントがでかすぎて本来の目的を忘れるところだった。


「そうっすよね、これ渡そうと思ってて……」


そう言って手提げバッグから取り出したのは1つの箱。暗がりの中ちらと見えたのは派手な髪色の少女がふわふわポワポワした服を身に纏っている。おそらくフィギュアだろう。


よくもまあこんなもの公然と道端で出せるもんだ。

しかし、なんでこれを神谷に渡すのだろうか。どう見ても明らかに女性向けの物ではないよな。


「ちょっと、こんなところで出さないで!」


「あ、すみません。袋あるんでそれごと渡しますね」


箱がスッポリ入るサイズの紙袋に入れ神谷に手渡す。


「お前そう言うのも好きなんだな」


意外だ。てっきりグロいのしか興味ないと思っていたが、こんな男性向けの物も好きだったとはな。


「まぁね。これ、一見つまらない“萌え”のジャンルに見えるけど途中から凄いんだよ。……世界中にゾンビが大繁殖すんの」


あ、やっぱそっちか。少し元気になって話す神谷。俺は「へー」とテキトーに流しておいた。


それにしてもこんな真逆に見えるジャンルが混ざった物もあるんだな。こう言うのなら着眼点が違えど互いに楽しめるって訳か。てか、あれだけ趣味を隠そうとしていた神谷はどこへ行ったのだろう。


ふと剛田の方を見上げると、この大男もニコニコと嬉しそうに笑みを溢していた。


ってことは俺達が思っていたこいつら2人の関係とは違うってことか?念のため確認しておくか。今後の対応のためにも。


「なぁ、剛田って神谷にこれ渡すためだけでここに待ってたのか?」


「そうですけど。……それがどうかしました?」


剛田はきょとんとした顔で首を傾げる。まあ、こんなところでわざわざ嘘吐く奴いないか。


「別に」


「克実さん達こそ何ですか、俺に頼みたいことって?神谷さんもそんなようなことLINEで言ってましたよね。何でも言ってください!」


ドンと堂々と張った胸を叩く。いや怖いんだよ、お前みたいな奴がやると。そう言うのは小さい子がやることで可愛らしく見えるんだからな。


「今週の日曜日って空いてる?」


スッと神谷が先に問う。 ちょっと待って下さい、と言いつつ剛田はスマホをチェックし、


「空いてますよ。アニメイトでも行くんですか?良いっすよ全然」


「違う!運動会の手伝い」


ブンブン手を振り否定する神谷。


「なんだオタク同士の親交会的なのじゃないんですね。……運動会ってどこのですか?」


神谷は強烈な仲間意識を全面に出してくる剛田へムスッとした顔を向ける。続きは俺が話すとしよう。


「近所の小学校のだ。その手伝いを相談部とその他数人でやることになってだな」


「あー、そう言うことでしたか。良いですよ」


意外にも乗り気で受けてくれて助かる。けどな、


「お前子供とか大丈夫なのか?元から不安要素はあったがさっきの見たらますます不安なんだけど」


「大丈夫っすよ。こう見えて意外と子供に好かれるんですよね、俺」


考える様子もなく自信満々にそう言った。じゃあいっか。好かれる好かれないの話をしたら俺も大概だし。


「じゃあよろしくな。詳しい予定分かったら神谷から連絡行くと思う」


「分かりました……あ、俺そろそろ行きますね。電車なんで。神谷さんも同じですよね」


腕時計を確認し神谷へ視線を移す。


「え、そうだけど……何で知ってるの」


「何回か見かけたことあったんで。あと4分しかないっすよ」


慌てた様子で手荷物をまとめ始める。神谷は剛田からのフィギュアも増えマンガを渡す余裕など無さそうだ。おいおい、俺の持ってきた意味……。


「それ、神谷さんのですよね。俺持ちます。じゃ、克実さんまた明日」


「バイバイ、ヤナギ」


剛田は俺の手から紙袋を取ると、神谷と共にホームへ向かって急ぎ足で消えていった。

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