3.2 運動会の雑用も楽では無い

「中澤の取り巻きとかでいいんじゃないっすか?中澤となら案外やってくれそうですし」


一見アホそうだが、グループのトップが中澤って段階でそんなガキ臭い奴ではないだろう。それに中澤がそっちとつるんでくれていた方が俺は楽でいい。


「取り巻き?……あー、丸山と大江のことか?まったくお前って奴は……クラスメイトの名字くらいちゃんと覚えろよ」


覚えてます。ただ知っていたつもりの相手を名前で呼んだ結果、間違えていましたって時の気まずさは尋常じゃないんですよ。


「確かにあの二人なら優也くんが誘えば来てくれそうかも。そしたらあと2人だね。誰かいないかなぁ」


今ここにいる面子で協力的な友人がいるとすれば笠原くらいだろう。俺は言うまでもないがおそらく神谷も大概だ。田辺先生に限っては既にお役御免って感じだし。


数秒の沈黙を破り、笠原がポンと手を叩いた。


「美香誘ってみよっかな!」


「え……!?」


おいおい嘘だろ?美香って柏木のことだよな。思わず声出ちゃったよ。


「柳橋くんどうかした?」


「いや、何も……」


今まであった、たった数回の接触ですら分かる。柏木は学年にポツポツと点在する俺のアンチの中でも俺に対し最も強力なヘイト感情を持っている。理由は知らん。あと、遠足の時のガスコンロまだ返されてない。


「でも……美香は部活とかあるんじゃないかな。最近忙しそうだし」


神谷は控えめなトーンでそう発言する。柏木は確か……バレー部、だったか?意外にも部活は真面目にやってるタイプなんだな。


「そうだよね……邪魔しちゃ悪いよね」


うーん、と再び悩み始める笠原。しかし、バレー部と言うとうちの妹も所属していた筈だ。女王の制裁を食らっていなければ良いが……。


「まっ、別に今日集めなきゃならない訳でもない。金曜日までに誰でもいいから誘っておいてくれ」


田辺先生はそう言うと、「気を付けて帰れよ」と去り際に言い残し部屋を出ていった。ほんとに人使いの荒い人だ。


俺も思い当たらない人脈を漁ろうと頭を悩ますがこれと言って……あ、1人居た。


「剛田で良いんじゃねーの?あいつ部活にも入ってないし」


なんとも使い勝手の良い便利そうな奴が残っていたじゃないか。昨日相談に乗ったこともあるしあいつも断りづらいだろう。


「あー、う~ん……私も思ったんだけど……」


「なんだよ、なんか問題あんのか?」


「問題と言うか……恐がらないかな?小学生」


それは大いにあるな。実際俺らも初対面の時は萎縮してた。けど……、まぁ大丈夫でしょ。たぶん。


「恐い経験は小さいうちにしておいた方が良い。威圧であれを越えられる人間はなかなかいないからな」


「運動会だよ!?怖がらせちゃ可哀想じゃん!」


何、あいつは妖怪かなんかなの?剛田も自分が居ないところでこの言われようだとは思ってないだろうな。


「そうは言っても……他に居ないんだから取り敢えずあいつに声掛けてみて……」


「剛田、今駅に居るって」


「……え?」


唐突の神谷の一言に固まる笠原。それは俺も同じだった。


「あや、なんでそんなこと……?」


「この前の帰り道LINE交換しようって言われて……今剛田から『渡すものがあるっから駅に居ます』って来てた……なんだろう?」


「へ、へー……」


笠原は唖然としている。こいつの反応からすると、陽キャの中でもここまでの行動力の者は中々いないようだ。


なるほどねぇ。まぁ“萌え系”の作品が好きと公言し、神谷に対してこの行動ってことは……まぁそう言うことだろう。

神谷もそういう趣味の奴にウケそうな容姿してるし。


「LINEで聞いておこうか?」


「そうしてくれ」


ここで俺が予定通り神谷の荷物持ちをする事が適切ではないことぐらいボッチにも分かる。


「あ、でも、もうすぐ時間だし……今日はヤナギ荷物持ってくれるんだよね、だったら一緒に駅まで行った方が言いかな」


「いや、どう考えても俺は行かない方良いだろ」


こんな見え見えの口実を知っておいて「気づきませんでした~」とか言えるはずない。まず呆れ返った剛田の顔が目に浮かぶ。


「なんで?いいよ別に。本重たいから。……はい」


「うおっ……!」


ドスッと神谷が紙袋に詰めた本を俺に押し付けてきた。こいつも段々と俺の扱いが雑になってきたな。まあこいつがそう言うならいいけどさ。どうなっても俺に責任はない。


***


いつもとは真逆の道を進んでいく。笠原とは先に別れ、今は完全の荷物持ちと化した俺。我ながらこのポジションはよく似合うと自負している。


「昨日の話なんだけど……」


神谷が切り出す。こっちの道は交通量が多い。そのため、神谷の声量では車の音でかき消されてしまいそうだ。俺も、ん?と聞く姿勢を取る。


「何でお母さんと妹があんなに明るいのにヤナギはこんな感じなの?……ヤナギのお母さん、友達が来るの小学生の頃以来って言ってたけど前はヤナギも明るかったってこと?」


思っていたより真面目そうな話で少し返答に遅れてしまった。が、


「別に、俺自身なんも変わったつもりはねぇな、それに、母親も妹も俺と比べるような対象じゃない」


ふーん、と腑に落ちない相槌が聞こえる。だが嘘は吐いていない。


小学校という空間で友達と呼ばれる関係性を持つことは簡単で至極当然のことである。昔からやや孤立気味だった俺ですら僅かながら存在していた。が、それ以降はそうもいかない。


俺の地域で言うと、中学校なんかは生徒の絶対数が増えるため様々な人間が居る。しかし、不安定なこんな時期に自分と大きく異なる人間がいたらどうなるか。考えるまでもない。自分を曲げなかった奴が淘汰される。それだけだ。


「でも、小学生の頃のヤナギ、ちょっと見てみたい」


「変わらねぇって。ま、今よりいくらか可愛い見た目ではあるけどな」


今でも昔のアルバムを見る度に思う。俺は結構美形なのでは?と。鏡を見て毎回我に帰るんだけど。


「自分で言うんだ……。鈴ちゃんもお母さんも美人だもんね。ヤナギもそんな卑下するほど悪くはないと思うけど」


「そりゃどーも、美人の次に“悪くはない”って言われても誉められてる気がしねぇけど。イケメンとか言われたらグッと来てたかもな」


それはない、と瞬時に断定された。


陰キャは誉め言葉に弱いからね。神谷さんのその対応は正解です。


無神経に誉める行為は慎みましょう。これ以上陰キャの自爆事故起こさないであげてください。


地下道を抜け、駅の正面へ到着した。高校生がごった返し俺にはかなり息苦しい空間。電車通学とか絶対無理だ。


若干速度が落ちた俺を置き去りに神谷は慣れた足取りで駅前のコンビニへ向かっていく。チラチラスマホを確認していたところからするとおそらくそこで剛田と待ち合わせているのだろう。俺もあとへ続いた。


コンビニから漏れ出る光と街灯に照らされた歩道には複数の喫煙者がたむろしている。


こんな所で見せつけるように吸っている奴等の殆どは未成年者だろう。明らかな成年やおじさんは、もっと周囲から嫌な顔されずに吸える場所を好む。


中には同じ中学で見たことある顔ぶれもいるよう気もするし。


「ギャハハハ!マジで!?」


「おうおう!マジマジ!」


中身のないスッカスカの会話が響く。そんな大声でする話じゃないと思うけどな。脳みそレンコンかなんかなのか。


こんな奴らに絡まれたら最悪だ。剛田と合流したらすぐ帰ろ。


「おい、お前。何こっち見てんだよ」


あー、最悪だ。

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