3.1 運動会の雑用も楽では無い

紙袋に入った10冊の本を持ち階段をたんたんたんと転ばぬよう軽快に降りる。すると玄関の方向から透き通った高い笠原の声が聞こえてきた。


「ったく、声がでかいんだよ……何をそんなに騒いで……」


目の前の状況に思わず一人言が止まる。


「あ、いや、本当に……」


「遠慮しなくて良いって!鈴のお友達でしょう?上がって上がって!」


玄関では笠原と神谷が半ば強引に俺の母親に招き入れられていた。


笠原は俺と目が合うと苦笑い。神谷はその脇で気まずそうにしている。うーわ、稀に出る近所のおばさんモード炸裂してんじゃねぇか。


申し訳なさそうでありながら、助けを求める笠原の視線を受けるが俺にはどうすることも出来ない。悪いな。


ふと笠原の視線に気付いた母親が階段に佇む俺へ視線が向ける。


「あ、克実帰ってたの?今日鈴のお友達来てるからリビングは使うわよ」


「……うす」


よくあることなんだよな、こーゆーの。すまん笠原、神谷。今日はそういうことでよろしく頼む。じゃあ俺はこれで……


──しかし、階段を上り始めようとした時、


「あの、私達ヤナ……克実くんの……友、達?……です」


「へ!?」


突然の神谷の発言に母親がおかしな声を上げる。てか、俺は知らぬ間に友達認定されてたのか。いや、“?”付いてるし違うか。


「そうなの?」


明らかに、「なわけねぇだろ、お前に限って女友達なんて」みたいな意を込めた問いかけをしてきた。

俺も後ろを振り返り、応答する。


「まぁ、友達かはさておき、俺関係の2人ではある」


「なんで?」


え、なんで?って。実の息子に対して普通そんなこと聞かないだろ。友達いなくて寂しいからって流石に妹の友達を「俺の知り合いだ」とか変な嘘吐かねぇから。


言葉を発さない俺を見かねて笠原が助け船を出す。


「えっと、同じ部活なんです。柳橋くんと」


「部活?……あんたそんなんしてたっけ?」


「ああ、まあ」


言ってなかったっけ?部活に入らなきゃならないみたいなこと。

母親はまだ俺の知り合いであると信じられないのかやや首を傾げる。


「えーとですね……私達の部活はこの春から出来た相談部っていう生徒の相談に乗る部活動です」


笠原がすかさず補足。あまりピンと来ていない様子だが母親も


「へー!そんな話聞いたこともなかったわ。ささ、上がって。……小学生ぶりだよね、あんたが友達連れてきたのなんてね」


1度も連れて来た覚えは無いけどな。厳密に言えば連れてきたのはあんただった筈だろ。別段仲良くもない近所の子をいきなり連れてきて仲良くしなさいとか無理だろ。


こうなった母親の暴走をどう止めるべきかと思考を巡らせていると、


「いえ、私は電車の時間があるのでそろそろ帰ります」


「あー、私もこの後用事があって……ハハハハ、ごめんなさい。また機会があればよろしくお願いしまーす!」


神谷に続けるようにして笠原も感じ良く誘いを断った。


「あらそうなの?私も強引に連れ込んじゃってごめんね。じゃあ克実のことこれからも宜しく」


「はーい」と明るい返事と笑顔を見せて二人は玄関の外へ居なくなった。


それにしても母親と言うものはいちいち余計なことを言いたがるな。けどまあ、神谷の冷静な判断のお陰でなんとか上手くこの場は凌げた。一件落着か。


「ちょっとあんた、それってこの前のマンガよね?あんな可愛い子達になんて物勧めようとしてんの!嫌われるよ?」


「え、ちげぇっ……はぁ、もういいや……」


勧められてんのはこっちだっての。なんだ結局最後はこうかよ。



***



翌日の放課後、昨日返すタイミングを逃してしまったので仕方なく神谷のマンガを持参していた。同じ部活になり多少話すようになったとはいえ、俺と彼女らとの客観的地位は変わったわけではない。よって返すタイミングとすれば放課後だけなのだ。


「お、珍しいね、柳橋くんが1番なんて」


笠原と神谷が部室に到着。これで通常メンバーは揃ったことになる。


「ああ、……その……昨日は悪かったな、ウチの親がダル絡みしちまって」


本当に親として息子に謝罪させるような行動取らないで欲しい。恥をかくのは俺なんだよ。


「あーいやいや全然!面白いお母さんだね」


「うん、最初ちょっとビックリしたけど」


思っていたよりは迷惑がられてないようで安心。本日唯一予定していた謝罪イベントが終了し改めてソファーへ深く座ると神谷は不思議そうに質問してきた。


「何で今日は早いの?」


「別に理由はない。やることがなかっただけだ」


最近は近くに陽キャが多数いるせいか、生徒会室のうるさい連中にもあまり嫌悪感を抱かなくなってきたので、以前のように時間をずらさなくても良い。我ながら大層な進歩だ。


「あ、神谷。昨日返せなかったこれ、今日返す。……駅までなら俺が持っていく」


神谷はニコリとありがとうと言い定位置であるソファーの左端へ腰を下ろした。


「もう相談チェックした?」


「してない」


笠原はもー、とそこらの陰キャなら悩殺されるような声をあげ、パソコンの前へ向かう。


「あ、来てる!えっと……“今日そちらへ行く”だって」


「え、何それ怖すぎるだろ。殺害予告かなんか?」


こんなショボい部活に殺害予告送るなんてどんな暇人だよ。


「あ、でもこれ匿名じゃない……田辺……明?どっかで聞いたことあるような……」


マジか。こんな意味不明なことをしてくる“田辺”なんて1人しかいない。しかもこの文面、間違いない。


「あ!田辺明って田辺先生か!どうしたんだろ」


笠原のオーバーリアクションとほぼ同時にコンコンと扉をノックする音が響いた。どうやら例の人が来たらしい。


どうぞと笠原が言うとピシャンと勢いよく扉が開かれた。


「邪魔するぞ。どうだね、最近の相談部は?」


相変わらずのジャージ姿にバインダー。昭和の教師のような雰囲気を醸し出しアバウトな質問を得意気な顔でしてくる。


「楽しくやれてますよ!ね!」


ニコッと俺達へ笑顔を送る笠原。こいつの楽しいの基準はなんなんだろうか。


「いや、実際かなり暇です。学校に残ってる意味が分からなくなるぐらいに」


「そうだね。殆ど誰も来てないし」


俺と神谷の事実寄りの反論にスーパーポジティブ人間笠原も苦笑いで押し黙る。そんな様子に田辺先生はふむふむと頷く。現状を理解したようだ。


「なんだ。それなら良い仕事が来てんだよ。ほれ」


先生はチラシを机の真ん中に置いた。派手な赤色を基調としたいかにも暑苦しそうな雰囲気が見受けられる。


「今週末の日曜日にある地元の小学校の運動会。の、手伝いを毎年頼まれててな。本来生徒会が参加することになってるんだがこの時期は体育祭の準備やら新入生向けの説明会やらで忙しいからさ」


「運動会……」


「へー!なんか楽しそうですね!任せてください!懐かしいな小学校かぁ……」


神谷は意外にも興味深そうにチラシを眺め、案の定、笠原はこの通り、かなり乗り気だ。


「そう言ってもらえると助かるよ。なぁ、副部長?しかもここはお前の母校じゃないのか?」


うわ、殺気……。バキバキに見開かれた目が俺の顔面をガッチリ捉えた。


こんな顔向けるってことは断らせる気は全くないってことですね。なんか、俺の母校であることまで調べられてるし。


「……分かりましたよ」


「そうか、頼んだぞ!」


ニッコリと不気味な笑顔と共に語尾を強めて威圧。「サボったら殺す」と言う声が今にも聞こえて来そうだ。もう嫌だこの人。


てか、いつの間に副部長背負わせられてたんだよ。けどまあ、副部長、副班長、副委員長など一番旨い役割ではあるな。絶対的2番手の肩書きは保ちつつさほど重要な役目は任されない、当然責任もない。


「しかしなぁ、1つ問題があるんだ」


「何ですか?」


「人数だよ。約10人って頼まれてるがここには中澤を入れても4人だろ?生徒会からは会長、副会長だけだ。少し多めにってことで10人って言うキリの良い数字を提示しているのだろうが6人ってのは流石にな……」


田辺先生はバインダーを胸に抱き謎の鼻歌混じりに考え込む、フリをして俺達の方へ視線を泳がす。この人、多分こっちに丸投げする気だな。


おそらく全校生徒からの募集でも良いのだが、ふざけた奴が集まったり参加者が集まりすぎても面倒だと言うことだろう。こういうイベントは陽キャが食いつきやすいからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る