2.9 遠足とは?

水曜日と言うのは本当に憂鬱なものである。見かけ上週の真ん中のように思えるがすり減っていくメンタル面を考慮するとしんどいのはここからだ。これで体育がマラソンとか言われてたら死にたいレベル。


俺はそんな1日を乗り越え放課後の活動へと向かった。


部室につくといつもの2人とデカいのが1人いた。俺が来たことに気付くと小さな盛り上がりを見せていた話題を取り止め、笠原は胸元に片手を挙げ小さく手を振ってきた。なんなんだろうこの女性のよくする至近距離バイバイは。今すぐ帰れってことかな。


「昨日の続き聞きに来ました」


剛田は目をギラギラとさせ俺を見る。


「……そんな期待するほどの答えは持ち合わせてないんだが」


「それでもいいっす、どのみち手詰まりなんで」


こうゆう真っ直ぐ系面倒臭いから嫌なんだよな。とっとと話にケリ着けて終わらせますか。俺は空いていた神谷の隣へ腰を下ろした。


「お前が上手く部員集め出来ていない理由だっけ?」


「はい、仲良い友達の方が入ってくれそうだなって思って声掛けてるんですけどなかなか……で、それを昨日克実さんにダメなのは当たり前だって」


「あー……」


うーん、ね。そんな呼び方されたのいつぶりだろう。まぁそこはいいや。


「だってよ、よく考えてみろ。お前ってゴリゴリの陽キャ君だろ?」


「はい」


「……」


潔いほどの自信だな!俺もそんな即答してみたいもんだぜ。おっと、変な間を作ってしまった。話を続けるか。ゴホンと軽い咳払いでリセット。


「まぁ、なんだ、そんなお前の友達とありゃあ当然陽キャ万歳青春最高!っていうボッチからすればめちゃくちゃ邪魔くさい迷惑連中であるわけだ」


「はぁ……」


「え、ちょっと柳橋くんの偏見入ってない!?」


剛田のやや、呆れた相槌。笠原もうんうんと途中までは話を聞いていたが、ん?と眉を寄せた後、ツッコミを入れてきた。


「それに何か関係が?コミュ力高いからむしろ陰キャの人より良いと思うんですが」


あーあ、分かってない分かってない。これだから陽キャ至上主義者は。


「あのな、コミュ力高いってことは協調性とかそういうのが特質してるってことだろ?そんな奴誘っても乗ってくれるわけねぇよ。何よりも周囲からの評価が大事だからな自分の価値が下がるようなことはしねぇだろうな」


陽キャなんて奴らの大半は、なんとかデカい群れに属して権力を誇示し、スクールカーストの上位にしがみつこうという連中だ。

それなのに“萌え系”だなんてただでさえ偏見持たれそうなものへ安易に手出しする筈がない。その点剛田はかなり特殊だ。これは簡単には揺るがないトップに立っているからこその余裕だろうな。


「じゃあ克実さんなら誰を勧誘するんですか?」


やや強めの口調で剛田が問う。知りもしない仲間を偏見で一色単に言われたからか、萌えのジャンルに対する発言に何か引っ掛かったのか?


まぁどちらにせよあんま怒らないでね。手とか出されたら首もげて死んじゃいそうだから。


「まずは、ボッチ兼陰キャっていう最強ステータスの奴等を片っ端から当たる。ほら、あいつら守るべき世間体とかないから。実際陽キャに話しかけられたってだけですげー喜んでるぜ」


剛田と笠原は顔を見合せピンと来ていない様子。まぁ別に分かってくれとは言わないけどさ。


「……そう、ですか……」


「えっと……体験談……?」


「ち、ちげぇよ!知り合いな!知り合いの話だ」


「………」


信じてねぇな。おい、やめろ。勝手に哀れむな。俺の場合そんな微かな希望を持った感情すら中学で捨てたわ。


やや俺に対する哀憐が漂う空気の中、ずっと黙っていた神谷が口を挟んだ。


「そのヤナギの知り合いってどんな人?」


おー、意外なところを突いてきたな。やはりこいつの着眼点は少しずれている。俺は少し間を取ってから俺の思う俺自身の特徴を出来るだけ客観的に見た形で述べてみた。


「強いて言えば邪見と偏見の塊みたいな奴だよ」


「へー、克実さんみたいな人ですね。まぁ類は友を呼ぶって言いますし」


「ハハハ……確かに」


二人は嘲笑とみられる苦笑い、神谷はなんかいつも通りの読めない表情をしている。何この人ら俺をそんなに痛め付けて楽しいかい?特に剛田。これだから陽キャは嫌いだよ。

俺はこの靄を拭い去ろうと、予め買ってあった冷たい緑茶をグッと喉に流す。まだ冷たい飲み物は早かったな。喉を通った瞬間ゾクってした。


「話を戻しますけど、つまり陰キャのボッチを誘うと入部してもらいやすいってことですよね」


「あくまでも陽キャよりは、な」


果たしてこのデカブツに畏怖しない陰キャがどれだけいるかって話になるけどそれは言わないでおこう。多分もっと長くなりそうだし。


「分かりました。試してみます!」


勢いのある返事をして剛田が第2生徒会室を出ていく。そしてまたいつもの暇な時間が訪れた。


「剛田くんスポーツとか何かすれば良いのにね。なんか勿体ない気がする」


ポチポチ慣れない手つきでパソコンを弄りながら笠原が呟く。


「お前が言うか?抜群の身体能力で2年でエース格だったくせに退部とか。端から見たらそこまでしてこの部に入り浸るお前のが意味分かんねぇよ」


「いやー、私は色々とね。周りの期待とかそういうのがキツくなっちゃったから」


いつものようにハハハと笑う。周りの期待ね……。期待されたことないから分からんわ。スターにはスターなりの悩みがあるってことか。これ以上深く聞こうとは思わない。



──話はそれっきり。定刻が近づき、各自片付けを始める。そんな中、


「ヤナギ貸してたマンガ読み終わった?」


突然思い出したように神谷が尋ねてきた。


「ああ、まあ……」


読んだよ、一応。毎日少しずつ進めて丁度遠足の前日読み終えたところだ。てか、返すことすっかり忘れてた。


「はぁ……本当は読んでないんでしょ。新しいのまだあるから早く読んでね」


「読んだって。わざわざそんなくだらない嘘吐かねぇよ。……あ、お前の電車時間が大丈夫なら今日返すけど」


忘れぬうちに返しておいた方が楽だしな。学校まで持っていく手間も省ける。


「分かった、じゃあ……今からヤナギの家行けば良い?」


「まぁそうしてくれると……」


「え!家!?」


会話に入っていなかった笠原がグリンとこちらを見た。なになになに、怖いんですけど。


「希美どうしたの?」


「あ、いや……えっと……柳橋くんとあやっていつの間にそんな仲良くなったんだなって……」


借りたマンガを返すことと仲良くなったということがどのようにして結び付いたのか。俺と神谷ははて、と顔を見合わせる。


「貸してた本返してもらうだけだけど……?」


「まあ割と日数も経ってたしな」


「そ、そうなんだぁ……」


なんだかよく分からない微妙な反応だがまぁいい。荷物もまとめたことだしそろそろ校舎を出るとしよう。



笠原、神谷と共に帰路を進む。いつもよくしゃべる笠原はかなり大人しい。それに代わって今日は神谷が絶好調。オススメのマンガの魅力をつらつらと語っている。


ようやく俺の家の前に着いた。これといって豪勢でもなくかといって貧相でもないごく一般的なこの家はいつ見ても我が家に相応しい。


「すぐ取ってくるからちょっと待っててくれ」


「はーい」


気の抜けた返事が神谷から聞こえた。その脇では神谷を一人にしないためか、笠原が並んで待ってようとしているようだった。


俺は身体に染み込み義務的となった「ただいま」を発し、足早に自室へと向かった。

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