2.8 遠足とは?

その生徒は部屋に入ると中澤の横に並ぶ。そして改めて気づく。


「デカいな……」


中澤も決して小さくない。けどこの男のせいで小さく見えてしまう。それに……中澤に引けを取らないイケメンっぷり。


「そうそう、192㎝だって。彼は剛田ハリー。この学校の1年生だよ」


「……192……」


俺を含め3人が固まる。すると、中澤が剛田へアイサインを送り、剛田が軽く会釈した後一歩前に踏み込んできた。


「剛田ハリーです。父がイギリス人、母は日本人です」


剛田ハリー……格好いいな。それにしてもデカ過ぎる。ほんと高身長って狂気だな。普通のこと話してるだけでも圧力がエグい。神谷なんかもうガチガチだぞ。


「そんで、相談ってのは……?」


「俺、新しい部活作りたいんです。そのことで相談を」


剛田の言葉に笠原がへー、と驚く。


「新しい部活?……背が高いからてっきりバレー部とかバスケ部だと思ってたよ」


「よく言われますけど自分スポーツあまり好きじゃないんです……本題入っても良いですか?」


うわ、淡々としてるな。よく分からない部屋に連れ込まれ一応年上4人に囲まれている状況でよくこんな平静を保って居られるものだ。

俺だったら「やっぱ何もないです!」とか言って一目散に帰る。そして以後この場所には近づかない。


「……おう、部活って言ったよな?具体的な名前とかは?」


「漫画アニメ部です」


「へー……漫画アニメ部……」


そっちか、てっきり天文部とか将棋部とか来ると思ってた。漫画って言葉に神谷が一瞬反応したように見えた。けど多分あなたの思ってるものとは違いますよ。


「はい、さらに言えば萌え系のものです。あーいったものを見ているときはとても幸せな気分になれます。だからあのような癒しは部活としてあっても良いと思うのですが……どういうわけか意外とある学校少ないんですよね……どうしたら設立してもらえますか?」


「なるほど……」


すげぇ喋るじゃん。最早演説レベル。笠原と神谷若干引いてんぞ。中澤はソファーでなんかニコニコしてるけど。


「けどまあ、部活にしたいなら4人の部員を集めれば良いだけだし、そういう趣味の奴は一定数いるだろ。この学校でならたった3人集めるのはそんな難しいことでもなさそうだけどな」


「そうですね……けどこのような趣味を隠したがる人が多くて入部までには至らないって感じで……」


そうだよな……。仮に俺が同じ趣味を持っていたとしたらどうだろうかとふと考える。うん、結論は1つ。


「お前どういう奴に入部してってこえ掛けてんの?」


「え……えっと……部活に入っていない人とかですかね?」


質問の意を完全には理解できず俺に確認するように目で問う。はぁ、やっぱりか。


「自分の仲良い奴とかに声掛けたりしてねぇか?」


「まぁそれが1番多いです……それに何か問題あるんですか?」


悩む剛田と共に笠原、中澤も同じ表情。気が付けば3人の視線が俺一点へ集中していた。あ、神谷はジャンルが“萌え”とわかった瞬間、此方の対話に一瞥もくれず、ずっとソファーの角でスマホに集中していた。

活動しましょうね。一応部活ですから。


「そりゃどう考えてもダメだろ。はい、原因は分かったことだし、本日の俺の業務は終了!あとは自分でお考えくださーい」


俺はバッグを持って立ち上がり颯爽と扉へ向かう。


「え、ちょっとどういうことっすか?」


動揺する剛田。そりゃそうだろうな、の立場なら気付かないのも無理はない。さらに、


「柳橋くん!まだ誰も理解できてないよ」


「流石に投げやり過ぎないか?」


笠原、中澤。この二人も同様だ。けど俺はこれ以上ここにいる気はない。


「なぁ、良く見ろ時間を」


俺は取り出したスマホを3人へ突き出す。


「あ、もう6時か」


ずっと黙っていた神谷が呟き、よいしょ、とバッグを肩に担ぐ。残りの3人はポカンとした顔で俺を見る。


「なんだよ。俺は時間は守る人間なんだ、残業は認めない……あ、1分過ぎた。じゃっ」


帰ろうと踵を返すと後ろから大きな溜め息が聞こえた。今度はなんだよ。


「君には呆れたよ……」


「うん、柳橋くんってこうゆう人だったね……」


「そうなんですね……」


おいおいおいおい。俺は定刻通りに下校しようとしたのに何でこんな視線が集まる。さっきまでの好奇心でいっぱいの視線はどうした?


「じゃあ私達も帰ろうか」


「そうだな」


戸締まり、消灯を完了し全員が部屋を出て帰路へ向かう。こんな大勢で帰るのなんて久しぶりだな。小学校の集団下校ぶりか。


いつも通りの道を歩く。先頭には俺、後ろに笠原と神谷。そしてその後ろに中澤と剛田。


──信号のある交差点に着いた。


「じゃあね、希美。また明日」


「あや、バイバーイ!」


神谷の一本調子の挨拶に笠原が明るく笑顔を返す。その後ろから中澤達が駅の方へ進んだ。


「あ、中澤くん達も電車組?」


「ああ、じゃあな。……柳橋くんは……」


「私達は徒歩通だから」


俺の代わりに笠原が答えると、中澤は「そうか」と変な間を空けて答え、緑に変わった信号の方へ去っていく。剛田はスポーツマンのようなビシッとした会釈をしてその後を追った。


俺はなんとなく彼らの背を見送ると家路へと歩みを進める。その脇をトトトっと笠原が並んで来た。


「ねぇ楽しかったね、遠足!」


「その話さっき充分してたよな」


まだ話足りないかこいつ。そんな引きずる程大規模なイベントじゃなかっただろ。


「いいでしょ別に!じゃあ次は柳橋くんの話してよ。何か話したいこととかないの?なんか私ばっかり話しちゃってるし」


「はぁ……ねぇよそんなの。……いや」


無くもないか。話したいことというよりかは引っかかることって感じだが。俺がふむ、と考えていると、興味ありげに「なになに?」と笠原が問うてきた。


「お前さ、中澤となんかあんの?最近でも昔でも良いけど」


そう、俺が唯一話題を挙げるとしたらこのこと。遠足の時の質問といい今の帰り際の態度といい、中澤は明らかに何かを隠している。おそらくそのどちらにも共通している笠原について。すげぇ、俺なんか推理とか向いてんのかな。


「え、優也くん?……特には……どうして?」


笠原はなんとか心当たりを探そうと、眉間にシワを寄せてうーんと悩んでいる。


「いや、なんかあいつの態度が変だったから。まあいいや。そこまで興味があった訳でもねぇし」


他人の詮索など無理にするものでもない。どうせ対したことでもないってのがオチだろうしな。そもそも俺には関係ない。それにもっと指摘すべきことが身近にあった。


「あの、あんまりこうやって帰んのお前のイメージ的に良くないと思うんだけど」


良くないんだよ、こう言うの。男女が二人で下校してるところを見ると勝手にテキトーな噂流す奴が必ずいるからな。ほんと、馬鹿げた話だ。


「え、迷惑……だった……?」


「迷惑っていうか……」


どう説明するべきか……。下手な説明となれば、俺が「付き合ってるとか勘違いされて困るんですけど~」みたいなただのモテ男気取りのイタい奴になってしまう。


「そ、そうだよね……家の前まで行くなんて迷惑だったよね……」


「いや、そうじゃなくてだな……お前が変な噂されたく無いのならやめておいた方が良いって話で……」


今更だが笠原はモテる。他人の色恋をよく知らない俺ですら何度か小耳に挟む程度には。


折角持ち前の好感度が高いのにそれをガン下げした原因が俺ってのは流石にな。一度立ってしまった噂はそう簡単には引っ込まない。それを未然に防ぐ措置だ。


「私は……全然気にしないけど……柳橋くんはどうなの?」


はぁ、結局そうか。お人好しのこいつのこんな問いへの答えなど最初から分かっていた。じゃあ俺も何も気にすることはないな。


「……どーでもいい」


直日没と言った具合に辺りはぼんやりと薄暗がりへ染まっていく。街灯の明かりと住宅から漏れ出る暖かな食卓の匂いの中自宅へと向かった。

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