2.7 遠足とは?
「そうだよねー……そんなはず無いのにね」
笠原が先に沈黙を破った。しかし、その声はどこかぐらぐらと不安定に揺れている。
勘違いにしろ、俺と恋人設定にされていたことにそこまでの抵抗があったとはな……それもそうか……。
「確かに、私は無いにしても端から見たら笠原とヤナギはそう見えなくもない」
「そんなわけないじゃん!」と、謎に赤面してる笠原に対し、神谷は全く驚いている様子もない。さっきフリーズしていたのは「それだけ?」という意味だったらしい。
なんか俺だけ盛り上がってたみたいで無性に恥ずかしくなってきた。これじゃあ中澤のこと言えねぇな。
一度冷静になろう。ごほんとわざとらしく咳払いを決め、緩んだ表情をきゅっと結ぶ。
「アホか。お前も中澤も。どう見たってそうは見えねえだろ」
「そ、そうだよ……ほら、柳橋くんはさもう……」
「ん?」
もうってなんだよ。俺は既に終わってるとか言う気だったのか?そんなこと言い出したら俺の人生一度もブーム訪れずに終わってしまうのだが。
「ほら、もう居るもんね……彼女さん」
笠原は俯きがちにポロと溢す。その言葉にさほど興味を示していなかった神谷もピクと反応。
「ははは、そりゃ面白い冗談だな。その彼女ってのは虫か何かのことか?自転車乗ってると出てくるあいつら可愛いよな、俺の口に喜んで飛び込んできやがる」
「え!虫が可愛い!?……って、突然何の話?」
嘘、あいつら本当鬱陶しいよ。河川敷近くにいる時はまだ許そう。けど家の前とかにたまるのはやめて欲しい。おっと、気づいたら話が逸れていた。
「だいたい、俺に彼女が居るってどこの情報だよ」
そもそも俺に対してそんな噂が飛び交うとも思えない。しかも相手は笠原。噂を立てるにしても情報に信憑性が無さすぎる。
「え……、じゃあこの前のは……」
「ん?この前……?」
笠原が首をかしげるがそれは俺も同じ。全く身に覚えがない。
「希美ってもしかしてカフェでヤナギと一緒に居た1年生のバレー部の子のことヤナギの彼女だと思ってる?」
唐突に神谷が口を開いた。この前のカフェって……鈴のことか?確かに一緒には居たが。
「え、そうじゃないの……?」
「違う、あの子はヤナギの妹。ね?」
神谷が確認の意を込めてこちらを向いた。マジで鈴のことだったとは。
「ああまあそうだけど、この前言ってなかったか?」
「えっ聞いてないよ!」
笠原はぐいと俺に顔を寄せる。だから俺もその分ぐいと後ろに仰け反る。いちいち近いんだよ、こいつ。
あの時は鈴に変な誤解をされぬようそそくさとあの場を去ったからな。確かに言っていなかったのかも知れない。それにしても、鈴のことだけならまだしも、何で神谷が俺に妹が居ることを知っているのだろう。
聞こうとしたがその問いは既に笠原が尋ねていた。
「あやはあの子と知り合いだったの?」
神谷はさらさらの栗色の毛を左右に揺らしながら軽く首を振る。
「ううん、前に職員室に入ってくるところ見たから」
「へぇー、そんなに似てたか俺あいつに似てるなんて言われたことねぇんだけど」
え、やだ。大衆から美人認定されている妹に似てるとか。なんかちょっと嬉しい。と思ってる自分がキモい。
「似てたとは言ってない。職員室で名前言ってたからもしかしてと思って……だから私も確信は無かった」
「なんだそんなことか……」
なんか一人で喜んで損した気分だぜ。ま、似てるわけねーわな。
「柳橋くんと鈴ちゃんはなんか、…………真逆って感じだよね。鈴ちゃんなんかまだ入学して一月も経ってないのにもう他学年にまで名前知られてるし」
「いちいち言われんでも十分知ってるよ」
ガキの頃から何度言われてきたことか。
近所ではおばちゃん達が「鈴ちゃん美人さんだねぇ」と意味ありげに言い、中学校では「お前知ってる?あの1個下のバレー部の鈴ちゃんって子。めっちゃ可愛いよな」と口にする。
近所では俺と比較されることが多々あるが、学校ではそもそも俺と鈴の兄妹説すら浮上しなかったため俺に何か問われるようなことはなかった。
でも真逆の二人ってことは、“天使と悪魔”とか“風神雷神”とか“虎と竜”みたいな対立する二人とも取れるだろ?
仮に天使と悪魔とするのなら俺は間違いなく悪魔サイド。現実にいたら煙たがれるが物語では正義の味方より悪役の方が光って見えたりするものだ。悪くないね。てか、虎と竜って圧倒的に虎が劣るだろ。
「な、なんだぁ……私の勘違いだったのか……ハハハ」
笠原は安堵した様子でストンとソファーの背もたれへ身体を沈める。
「けど鈴がそんな知られていたとはな……」
「それはそうだよ……あんな目立った美人さんそうそういないし……ヤナギはそうは思わない?」
神谷はそう言うと、こくこくと水筒の中身を喉に流した。
「あー、どうかな……」
まあ、クラスにいたらそりゃあ可愛いとは思うが……これでも一応兄妹だからな、群を抜いて特別可愛いとまでは思わない。色々と知らない方が良い部分も知ってるわけだし。
「じゃあこの前は鈴ちゃんの買い物手伝ってたってこと?」
「そうだよ。たまにな、付き合わされるんだ。俺の金使って荷物持ちまでさせられる」
「えー!ちょっと鈴ちゃんに甘過ぎじゃない!?」
まったく酷い妹ですよ。兄が汗水流して一年かけて稼いだ金をじゃんじゃん使ってくんだから。けど帰り道に「ありがとう」とかあんな笑顔で言われちゃうとね、そりゃあね……。
「シスコン」
「ちげぇわ!」
うぇー、と冷めきった目で俺を見る神谷。笠原も言葉にこそしないがひきつった微笑を浮かべる。
「出来の良い妹を持ってしまった兄は大抵こうなりますけど。言っちゃえば兄弟なんてただ同じ家に居るってだけだしな。可愛い顔されりゃそれは甘くしたくもなる」
敵いそうもない相手に対して敬意を抱くのと同じで、格差が一定値を越えると悔しさなんかは消え失せていく。それはたとえ兄妹だろうが変わらない。
「やっぱりシスコンじゃん」
一瞬興味を示したように見えた神谷もすぐに元の冷めた目に戻った。じゃあもうシスコンでいいや。
「私は一人っ子だから家に自分以外の子がいる感覚が良く分からない」
「私も!親戚の子とはまた違うもんね」
え、軽い感じで言ったのに……。そんな真剣な方向に進められると俺がきついんですけど。
ふと、時刻を確認した。定刻の18時にはまだ時間が残っている。
「いやー、賑やかだね」
扉の方から気に入らない爽やかな声がした。その鼻につく口調と声をやめろとばかりにそちらを睨む。と、
「優也くん、珍しいね」
笠原に応えるようにその男は軽く右手を挙げる。
「なんだお前か」
4人目の部員、中澤優也だ。未だに1度しか部活に来ておらず部員と言うには正直不満もある。やや着崩した制服に、部活終わりなのか額が蛍光灯を反射している。
「え、あまり歓迎されてない感じ?一応部員ってことで部活早く終わったから来てみたんだけど……相談者も一緒に」
「相談者?」
中澤の後ろから1人の男子生徒が顔を出した。
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