2.5 遠足とは?

  これで再び1人となったわけだ。焚き火の火は、薪を新たに投入したせいでまだ消えそうにない。


  中澤が躊躇せず仲間たちのもとへ行ったのもこの状態だからだろう。あいつは無駄に優しい男だ。だから焚き火処理を俺だけに丸投げして遊びに行くようなことはしない筈だ。


「お、まだあったのか」


  石の影になっていたマシュマロの大袋にはまだ半分以上残った小さいものと、ほぼ手付かずの大きいものとが封も閉められずに置かれていた。


  この感じだとこれは最後に無理やり食べるか捨てられるかの二択だろうな。俺が少し食べても問題ないよな。


  余った竹串に突き刺し火に炙る。ものの数秒で焼き目がつき始め、香ばしく甘い香りが風に乗って漂い出す。この旨いものだけが今回唯一の収穫だ。


  ──少し風が強くなってきたか……。火影がゆらゆらと一定方向に傾いてきた。


  薪を少し動かしながら炎の勢いを調整していると、正面から竹串に刺されたマシュマロがビュッと火中に飛び出してきた。


「……んっ?」


  先程のマシュマロを口に突っ込みながら前を見る。


「来ちゃった。……甘い匂いがしたから」


  目の前にいたのは神谷だった。食べ物の匂いに釣られて来るとかマジでポケモンかよ。あ!やせいのカミヤがとびだしてきた!


「お前らのとこ終わったのか?なんだっけ……チーズフォンデュだったか……」


  こいつは柏木率いるおしゃれ班だったよな、確か。チーズフォンデュとか食ったこともねぇわ。何だよフォンデュって、犬の名前とかにいそうだな。


「まだ作ってもない」


「は?……もう1時間半もねぇぞ」


  うーん、と唸る神谷。竹串の先には体に似合わないジャンボマシュマロが狐色に染まりかけている。


「なんかねぇ、火が着かないみたい」


「それ、大丈夫なのか?……で、なんでお前はここに居んだよ」


  神谷は俺の顔を一瞥すると、こんがり焼き上がったマシュマロに目を輝かせる。そして小さな口ではふっと一口。思わず目を奪われる。

  ヤバい、神谷が童顔であるせいで何かいけない道へ一歩踏み出しそうになってしまった。


「班の男の子が頑張ってるみたいだけど中々着かなくて、それで美香は凄いイライラしてて、私は気まずかったからフラフラしてたら甘い臭いがしてここに来た」


  やっぱりか。まぁそんな事態にあの女王が怒らないわけ無いわな。さぞおぞましいオーラを纏っていることだろう。その班の奴の男子も気の毒だな。御愁傷様。


「なるほどな。でもそろそろ戻った方が良いんじゃないか?一応班員なんだし」


  こういうのはなかなか面倒くさい。このような揉め事が起きたとき、素早くその渦中から引いた者の方が場で揉めていた連中よりも「どこ行ってたの?」とか言われ、悪者扱いされるなんてことはしばしばある。


  神谷はうん、と頷きながら2本の竹串を持ち、立ち上がる。どうやらかじりかけのもの以外にもう1つマシュマロを焼いていたようだ。実は見掛けからは想像できない大食いだったりするのか。


「あやー!ここにいたんだ、美香が探してたよ」


「はーい」


  半袖短パンになった笠原が駆け寄って来た。うん、薄着になった。それにまぁ走ってる訳だし……揺れる。


  こういう時男子はしんどいよなぁ。そんなつもりじゃ無くても目が勝手に引き寄せられてしまうんだからさ。仕方ないことなんだよ。


  やる気のなさそうな返事が聞こえた後、笠原が俺の近くでしゃがみこんだ。近い近い。


「柳橋くんさ、シングルバーナー?みたいなの持ってたよね?」


「ん?……ああ……これか?」


  後ろ手で掴んだリュックからそれを取り出す。


「これ美香たちに貸してあげてくれない?もう時間もそんなにないし、少し可愛そうだから……」


「別にいいけど、ほれ」


  けっ、このお人好しが。他の班が失敗してようがどうだっていいだろ。陽キャなら「これも1つの思い出だよね☆」とか言って軽く流せんじゃねぇの?


  てか、当の班員は横でのんびりマシュマロ食ってるけどな。


「ありがとう!でも私使い方分からないんだよね……だから……」


「俺は無理だよこの火の片付けあるし、何より目放したら……危ないからな」


  主に俺の立場が。居るだけで目障りみたいな扱いの陰キャが事故起こしたとか1番切ない。


「私残ってようか?」


  いつの間にか再度座り込み、新しい焼きマシュマロの制作に取りかかっていた神谷が口を開いた。いやお前は行けよ。


「それはちょっとね……あやは行かないとダメだよ」


  さすがの笠原も苦笑する。さて、どうしようか……。


  この場にいる3人であちらに一番需要がないとすると笠原だ。班員でもなく、バーナーの扱い方も知らない。


  しかし、俺の班でもない奴に火の番を押し付けるのはなんとも気が引ける。


「火なら俺達が残るから大丈夫だよ」


  ザザッと背後に佇み、救世主張りの登場を決めたのは中澤、丸山、大江の3人だった。ヒーローは遅れて登場!みたいな顔しやがって……。


「あそ、じゃあ行くか」


  俺は笠原、神谷と共に例の班へ向かった。



近づくに連れて重っ苦しい空気を感じる。


「ねぇまだ?あんたらが火おこしやるって言ったんでしょ?さっさとしなさいよ!食べる時間無くなるじゃない!」


「……悪い、今着けるから……」


「さっきからずっとそう言ったまま変わってないでしょ!」


  わーお、これは予想以上。イライラの度合い越えて爆発してんじゃん。いつもは元気そうな男の子2人がすげぇあせあせしてるし。これが女王の威厳ってやつか。


  恐る恐る近づき火おこしの現場を覗く。彼らは、まだ若い木の枝に必死にライターで火を着けては燃え上がらず鎮火、という流れをひたすら繰り返していた。


  まあ、それは着かんわ。


「美香……どう?」


「全っ然ダメ。もう本当信じらんない」


  笠原の問いに怒りを剥き出しに返す。今は触れない方が良さそうだ。こっちが大火傷を負うのが目に見える。


「じゃあさ、これ使ってみたら?柳橋くんが貸してくれるって」


  なんかテレビショッピングのような流れで笠原がシングルバーナーを手渡す。柏木はそれを受けとるとふーん、と品定め。と、


「柳橋……まぁいいわ。このままだと何も食べれなそうだし。ね、あや……ってあんた何食べてんの!?」


  俺に文句でも言いたげな表情を見せた後、神谷のリスのように膨らんだ口元を見て突っ込む。


  てか、こいつ既に衰弱しきった男子2人を神谷と共にさらに追い撃ちを掛けようとしてたのだろうか。怖い女ですね。


  男子2人の視線が俺を崇めているようにさえ見えてしまうよ。


「ほら早くやるわよ、……ねぇ希美!ちょっとこれ説明書とか無いの?」


「それは……柳橋くんが分かるから!ね!」


「は!?……まぁ分かるけどさ……」


  今の柏木は触れたもの全てに噛みつくレベル。それを察した笠原が乱暴に俺に丸投げしやがった。クソ、そのつもりで呼ばれてはいたがこんな猛獣が相手とは聞いてないぞ!


「はい、早く着けて」


「……おう」


  完全にとばっちり食らってんな俺。しんど。さっさ火着けて元の場所に帰ろ。


  俺は手際よくボッと火を着ける。


「あ、はい」


「わー凄い!柳橋くんって意外とアウトドア派?」


「なわけねぇだろ、こんぐらい出来て当然」


  笠原がパチパチと手を叩く。

  ま、家で練習したんだけどね。そんなことはどうでもいい。さて、女王様はこれで満足かい?


「ふーん、ありがと。じゃっ、早くやろ」


  まさかこいつから感謝の言葉が出るとはな。笠原もこのまま参加していくようだし、俺は戻るとしよう。

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