2.4 遠足とは?

  何か暇潰しになりそうなものはないかと自分のリュックを漁る。そして1つずつ取り出した。


  1つ目、マッチ。チャッカマンを持ってきてはいたが万一火が着かなかったり、壊れたりした時用に持ってきた。火が着いた今、どうやら出番は無さそうだ。


  2つ目、木炭と着火剤。火おこしというものがどういうものか、というところまで迫った結果、購入してしまった。こんなものを使う火おこしでは無かったらしい。


  3つ目、シングルバーナー。お好み焼きに相応しくないのは重々承知だが、やっぱ便利そうじゃん?っという一時的な感情で買ってしまった。だから持ってきた。絶対いらない。


  といった具合にことごとくつまらんものばかりであった。仕方ない燃え朽ちる薪でも眺めていよう。……ふぅ、つまらん。


「あ、柳橋くんの班ここにいたんだぁ……何してるの?」


  静かな自然に似合わないその騒がしい声は笠原のものだった。だがいつもと比べるとやや遠慮ぎみに感じなくもない。


  既に一仕事終えたのか、短パンになり、長袖はやや腕捲りをしている。


「別に……俺は中澤たちを待ってるだけだ。お前は……」


  言いかけて手が止まる。彼女の手には枯れた細い枝が数本握られていた。野性児か。こんな立ち姿今時小学生にも見ねぇぞ。


  そこで1つ先程の光景を思い出した。


「お前らもしかしてそれ燃やしてた班か?」


「そうそう、班の子が忘れちゃって。うわ、でも凄いね!柳橋くんこうゆうのも出来るんだ!いつもの感じからは想像出来ないよ」


  おー!と俺の前の炎に目を丸くする。しかし、やはり心なしかトーンは暗い。


  にしても、随分ナメられたもんだ。俺だって時間と道具があればこれくらい出きる。まぁ購入の段階で試行錯誤していたことは黙っておこう。


「分けてやろうか?後から足す分考えても俺らのまだ余ってるし」


「いやいや悪いよー。え、でも何でそんなに余ってるの?あと何これ、何でシングルバーナー?」


  くっ……不覚。さっさと片付けておくべきだった。


「色々と準備しすぎたんだよ。柳橋のせいで料理が上手く出来ませんでしたー、とか言われても嫌だからな」


  あるんだよなぁそう言うの。明らかに原因が分かっているのに反論しなそうな奴に言いがかり付けて「柳橋くんがこうすれば……」とか言ってきやがる。挙げ句の果て俺のフォロー役まで現れたら茶番劇ももう完成だ。


「へ、へー……意外と周りからの印象とか気にするんだね……」


  笠原は苦笑しながら手にしていたシングルバーナーを地面へ戻す。俺はそれをすぐさま回収。


「周りからの印象……少し違うな。俺は自分のミスって扱いをされんのが嫌だってだけだ。勝手にどう思われてようが、そこは気にしない」


「うーん……ちょっと難しくて私には分かんないな……あ、私そろそろ行かないと!」


  左腕に着けたピンクと金の腕時計を見て手の中の枝を持ち直す。


「薪要らねぇの?」


「うん、他の班に借りるのは申し訳ないよ。お金出して買ったものだし」


  まったく、固い奴だな。こんな木の棒ごとき遠慮されるもんでもねぇだろ。


「俺的には持っていって貰った方が帰り軽くて助かるんだが」


「そ、そうなんだ……じゃあ少し……」


  遠慮ぎみにそう言うと笠原はササッと手際よく数本の薪を手に取る。ここで俺は気になっていたことを口にしてみた。


「お前、なんかいつもより暗いな」


「え!……そうかな?」


  俺の問いにビクッと反応した反動で落としてしまった薪を慌てて拾う笠原。確実に動揺してるなこれ。


「ああ、いつもならもっとアホっぽい」


「うわひどっ……!でも……間違ってはない、かも」


  笠原は下手に作られた笑顔を向けた。別にこいつの問題に関わりたい訳ではない。ただ、こんなあやふやな誤魔化され方をしたらなんかな……。


「何、悩み事か?」


  燃え盛る炎に埋もれる薪をいじりながらそれとなく尋ねる。笠原は一瞬ピタリと手を止め、


「悩み事……うーんまぁ……でも全然気にしないで!あ、私ホントそろそろ行かないと!じゃあね」


  いつまでも戻ってこないからか、笠原の名を呼びながら此方へ歩いて来た女子生徒と共に去っていく。


  そしてようやく、彼女らと入れ替わるようにして俺の班員が戻ってきた。さぁ、楽しい楽しい野外炊飯の始まりだー。



 ***



「うわ!焦げてきてるよ~!」


「ひっくり返すの失敗しちゃった~!」


  きゃあきゃあ騒ぎながら女子2人がこれでもかという程に中澤へアピールをする。その度に「大丈夫だよ」とか言ってにこやかに微笑む中澤。俺はその光景を外から眺める。


  時折、中澤と勘違いされ「これ火通ってるかなぁ?」みたいなことを尋ねられ、俺が答えようとすると、「あ、ごめんなさい間違えました……優也くーん!」といったやり取りのみが通過する程度だ。


  間違えたって何だよ。ここまで徹底されると逆に感心するわ。


「完成しました~」


  1人の生徒が最後の1枚を紙皿へ乗せる。へぇー、野外って言うともっと悲惨な見た目の物を想像していたが意外と美味しそうに出来るもんだな。


  火を囲んで4人が座り、食べ始める。3人は楽しそうに談笑し、時々中澤が気を使い俺に話題を振ってきたが、俺はその度、「まぁ」とか「そうだな」と、当たり障りのない回答を続けた。そして、お好み焼きとその後に食べた焼きマシュマロは意外と旨かった。


  一応全てのプランが終了し、作業は片付けへ移っていた。と言っても、ここを出るまであと2時間弱はあるので、火おこし担当の俺は自然鎮火を待つ。あわよくばこのままでは帰りの荷物になる薪も燃やしきりたいところだ。


  先程と同じ光景に見えるかもしれないが違うことが1つあった。


「なんでお前も残ってんだよ」


  そう、今焚き火の脇には俺の他に中澤がいる。火を眺め、持参した紅茶を啜る様子は妙に様になっている。


「良いだろ?あの2人が、片付けはすぐ終わるから大丈夫って言ってくれたし。ここにいたら何かまずかった?」


「いーや、別に。どうせ元からこう言う状況を作ろうとしてたんだろ?」


  こんな時間が来ることは薄々分かっていた。こいつは俺に何かしらの目的があって今回同じ班になろうと提案してきた。それは周りに不自然に思われずその目的を果たすため。


「何で……そう思ったんだ?」


「そりゃそうだろ。でなきゃあ俺にお前が絡んで来るメリットがない」


  「それは……」と一応口を開くが、既にバレていると察したのだろう。中澤は押し黙る。



「仲良くなりたいから~とか、適当な理由も思い付かなかったのがバレバレ。俺を騙すんならそれなりに準備をしてきて欲しいね」


  おそらく図星なのだろう。中澤は一瞬悔しそうにきゅっと口を結んだ後、表情を緩めはははと笑う。


「凄いな、君には隠し事1つ出来そうにない」


  あー、前々から気になってたんだよなこいつの


「そのってのやめろ。なんか腹立つし気持ち悪い」


  名前間違えの方がまだマシだよ。君ってお前は俺の上司かよ。


  中澤はぽかんとし、また驚いたような様子でこちらに顔を向けた。


「ははは……了解」


「そんで?俺にしようとしてた話は?……多分この後ここに神谷が来る。長くなるならやめておいた方が良い」


  俺は逸れかけていた話題を引き戻す。すると、中澤は少し考えた後、何かを確信したように小さく頷いた。


「うん、そうだな、き……柳橋くんに見抜かれて無かったら早く終わったんだけど……今から変に隠してもどうせ俺は見抜かれるんだろ?」


「知るか。お前のことに興味なんてねぇよ」


「そっか、じゃあこの事はまた後日」


  中澤は川の方へ視線を向け、スッと立ち上がり体操着の汚れを軽く払う。彼の目線の先には中澤を迎えに来たいつもの取り巻き、丸山と大江が石ころを蹴飛ばしながら向かって来ていた。


  後日、か。まぁいいやどうでも。

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