2.3 遠足とは?
どうやら鈴が来たようだ。俺は紙袋を束で持ち上げて席を立つ。
「じゃあ俺もう行くわ」
かろうじてまだ14時前。このまますぐ帰れば15時には家に着けるだろう。そこからは自由だ。
「え、うん……でも誰か待ってたんじゃ……」
「お待たせしましたー」
俺を見つけて席へと向かって来る鈴が何かを言い掛けた笠原の声を遮った。そして、片手にぶら下げた小さな袋を俺へ突き出した。
「遅ぇよ」
俺はその袋を受け取り紙袋の1つへ適当に突っ込む。
まだ俺と笠原達が知り合いであることはバレていないようだ。こいつにバレるとどんな行動に出るか気が知れない。ここは一先ず退散といこう。
俺はこちらを向く鈴をクルッと出口の方へ向け、そのまま背をトンッと少し強めに押した。
「うわっ!え、なに?そんなに帰りたかったの?」
「ああ、もう待ちくたびれた」
出口へ向かいながら後ろを振り向くと、何とも言えない苦笑いを浮かべる笠原。その向かいには「また来週」と、アニメのエンディングのような言葉を残し小さく手を振る神谷。
俺も適当な愛想笑いと会釈でその場を去った。
***
早朝から騒がしい教室。待ちに待った!とまでは誰も期待していないものの、イベントとなればそれなりにわくわくするものなのだろう。たかが野外炊飯。何故そんなに盛り上がれるのやら。
俺なんか普段置き勉しているせいで朝から久しぶりの大荷物、大苦戦だぜ。
鈴に駆り出された土曜、帰りの電車で俺が火おこし担当だったことを思いだし、ついでに必要な物を買いにいった。
火おこしというものがどのようなものを使ってやるかなどの説明は無かったため取り敢えずそれっぽい物を余分に買ったら中々の量になってしまった。
──ボッチは常に用意周到なのである。
だが、いざこれを背負って4キロも歩くと思うと……しんどい。
「おはよう、おお、結構な荷物だな。それに……なんか元気なくないか?」
自席に座ると同時に中澤が声を掛けてきた。そうだった、こいつと同じ班だった。
「元気のある俺を見たことがあるか?」
「はははっ……確かにないね……今日はよろしく」
遠足は全員体操着で行うという事で既に全員が青一色になっている。当然中澤もその1人だ。しかし、
「お前は体操着でもお洒落に見えんだな。もうそれ私服にすれば」
「いやいや、しないよ。でも、君も似合ってると思うけど」
はいはい、君
今日は1限に説明や班での最終確認等を終えた後、10時頃全体で出発。終了は15時に河原を出て、到着した班から解散、という流れだ。
「上手く出来るといいな」
中澤が俺に微笑んだ。おそらく本人も気づいているであろうが、こいつは気づかないふりを続けるつもりだろう。だから俺が1つ思ったことを口にしてやることにした。
「別に話すことが無いなら俺と無理に会話しようとか思わなくて良いからな。ネタ切れなのバレバレだ」
中澤は一瞬驚いたように見せたが、俺の目を見た後、わかった、とため息混じりに言った。
「君は永遠に心の扉を開けてくれなさそうだな。どうにもならないに隔たりがある気がするよ」
「違うな。俺の心の扉は誰に対しても常にオープンだよ。それをお前が無駄に詮索してるだけだ」
誰に対してもってのは言い方が違うか。オープンの扉にすら誰も足を踏み入れずに去ってくって感じだな。
「せっかくのイベントなんだし柳橋くんも楽しまなきゃ勿体ないよ」
──勿体ない、か。
おう、とそれっぽく返したところで田辺先生が教室に入ってきたため、中澤は自分の席へと戻った。中澤の取り巻きたちが俺をまた訝しげな目で見てきたので窓の外へと視線を移した。
***
そわそわざわざわした騒がしい空気のままざっくりとした説明が終わり出発準備へと移行していく。
大抵の班が、班員=友達という形で形成されていることもあり、ごちゃ混ぜに見えるクラス内で自然と班のメンバーで固まって行っているようだった。
……俺も一応中澤たちのとこに行くか。俺は目線の先に写るキラキラ爽やかイケメンの元へ向かう。と、俺の目の前に小さな生き物がとててっと出てきた。なんだ、ポケモンか?
「ヤナギ、時間あったら私もそっち行くかも」
「あそう。俺じゃなくて中澤たちに言った方がいいと思うぞ。うちは班員3人と補助1人でやってるからな」
「言ってることがよく分かんないんだけど……」
なんで分かんないんだよ。ボッチのボケにその反応はしちゃダメ。絶対。
「そっちは柏木も居るんだろ?もっと暇なとこ来てどーすんだ?俺もずっとそこにいるか分かんねぇし」
そう、これはあくまで俺の予想に過ぎるが、おそらく今日俺は何かしらの用件で呼ばれる。
神谷はうーんと悩み、そして、
「そうだね。でも時間余ると思うし」
「まぁ俺はどっちでもいいけど。ほら、お前の班行ったぞ」
出口付近にいた柏木が神谷を呼んでいた。そして俺へ冷たい目を突き立てていた。俺本当に何もしてないよな?
「柳橋くん、俺たちもそろそろ行こう」
いつの間にか目の前にいた中澤とそのファンに呼ばれ、俺も彼らのあとを追った。
***
しんどっ。もうやだ帰りたい。無事到着はしたがこのまま残りの時間持つ気がしない。上空に飛ぶ鳥を見て「俺にも翼があれば」とか本気に思っちゃったもんね。やはり授業というだけあって侮れない。
「大分キツそうだな、少し休んでからでも良いよ。……悪いな火おこし担当は普通2人みたいだし……俺がやっておくよ」
周りに聞こえないようにか、中澤は小声で声を掛けてきた。
こいつ、いい奴だな。
まぁぶっちゃけ、今さら体力がないだらしない奴と周囲に認識されても俺のイメージにかすり傷1つ付かないけど。
「……はぁはぁ……大丈夫だ。お前は色々忙しいだろ」
クイッと顎で中澤ファン1号2号を指してやる。2人は持ってきた食材を持って中澤を待っていた。
「そうか……悪いな」
中澤は2人の元へごめんと言いながら、自分の荷物を持って向かっていった。調理は教員が用意した専用のブースでするようで、3人はそちらへと向かって行った。
大分呼吸も整ったことだし俺も始めるとしよう。
河原の石で囲みを作り、持参した薪を適当に並べていく。こんなんで良いのか……?火おこしなどしたことがないため、正解が分からない。取り敢えず他の班の様子を見てみた。が、
「どこもこんなもんか……」
さして違いは無かったようだ。それどころか、その辺の枯れ木を燃やしてる奴らすら居たくらいだ。
俺は色々と考えていたことが途端にアホらしくなり、それからは持参した道具でパパッと着火まで完了。パチパチと音をたてながら薪が橙色の炎を上げた。
これで俺の役目は完了。中澤たちが来るまで待つとしよう。俺は近くにあった大きめな石に腰を下ろした。
風が心地よい。河原がだだっ広いお陰で他の班との距離も遠く、騒がしいはずの彼らの声も風に乗って細く小さく消えて行く。
だが、暇だ。スマホは写真撮影以外での使用は禁止。火から目を放すことも出来ない。
──さて、どうしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます