2.2 遠足とは?

  しかし、毎日2時間もの時間を捨てるとなると俺もやるべきことを何か決めなければならないな。自分で決めてダラけるのは良いが拘束された時間内でとなるとなんとなく意に沿わない。


「遅かったね。今あやと一緒に探しにいこうとしてたところだったんだけど」


  ふぁ~と欠伸をして目を擦る笠原。恐らくたった今起こされたのだろう。柏木は本当に時間潰しに来ていただけだったようでその姿はなかった。そのうちこの部屋も陽キャの溜まり場へと変わってしまうのか。そうなったら無理にでも辞めてやろう。


「俺ももう帰るわ」


  またしても下校は3人で帰るような雰囲気になったので俺もその空気に従った。



 ***



  問題もなく、無事変わり映えのない1週間を終えた土曜日。俺は鈴の荷物持ちに駆り出されていた。


多くの若者が集うここは、新潟を代表する専門店複合型の商業施設。鈴の付き添いはだいたいここだ。


  関東圏と比べちゃあ見劣りしてしまうような新潟の街中ですら、俺には似合わない。それは鈴にも分かるようで「変な行動取らないように」と強く念を押されている。


  朝から付き合わされ、服屋、本屋と来て次は文房具店をうろちょろする鈴。俺は人の流れに疲れ、店前のベンチに腰を下ろした。


  何が楽しいのやら。俺には到底分からないな。服は着れれば良し、文房具は使えれば良し。強いて言えば本屋くらいか。こんな中1日中歩き回っていたら魂が擦りきれてしまいそうだ。


  遠くを眺め鈴が戻ってくるのを待つ。こういったただの待ち時間はさほど嫌いじゃない。というより、常にやっていることだ。主に休み時間など。


  俺の前を無数の集団が通りすぎていく。その大半は同世代の陽キャ達。「次はどこ行く?」等と適当な会話を繋げながら楽しそうにはしゃいでいる。俺とは最もかけ離れた人類だ。


  ………それにしても遅いな。もう40分くらいここに座って居るんだが。文房具でそんな悩むことあんのか?そろそろ昼時で腹も減ってきたし強制召集する他ないか。


  俺は鈴へ電話をかける。別にLINEでメッセージを送るだけでも良いのだが、あいつの場合「気づかなかったー」とか言って平気で無視してくることが大半だ。


  前にここへ来たとき、鈴は俺が後ろに居ることも、気づかず、俺からのLINEをスマホ見て確認した後ポケットへしまったあいつを見てからは信用ならん。兄貴悲しい。


  着信中画面から通話中へと切り替わった。


『はーい!どうしたの?』


  やけにテンション高いな。なんか良いことでもあったのかよ。どうでもいいけど。


「どうしたも何も遅すぎだ。昼飯……」


『あーごめんごめん!ちょっと部活の友達と偶然会っちゃってさ……お兄ちゃん適当に何か食べに行ってて!』


「は?荷物は?」


『あ!よろしくお願いしまーす!用が済んだら鈴から連絡するから!それじゃあ!』


  ポロロンッと寂しげな音と共に通話が終了する。なんだよあいつ、荷物持ちとは聞かされていたが本当にそれだけだったとはな。


  特に食べたいものも無いのでフラフラ歩いていると、通りすぎる人が両手に荷物を持つ俺を不思議な目で見ているような気がして、それから逃げるように手頃なカフェへ入った。


「俺はいつからあいつの子分に成り下がってしまったのやら……」


  ホットドッグを食べ終え、カフェラテを啜り、微かな嘆きを溢す。別に苦痛だとかそう言う類いの感情は無い。ただ、なんとなく兄としてどうなのだろうかと思ってしまう。


  どの道俺は、鈴からの電話を待つしかない。本の1冊でも買っておくべきだったな。


「何か悩み事?」


  椅子の背もたれに寄り掛かりながら、一息着いた直後、隣の席から俺へ向けたと思われる聞き覚えのある声がした。まさかと思いつつそちらを向くと、そのまさかだった。


 こんな公の場で俺に声を掛けてくる奴など片手に収まる程度しか思い付かない。


「……なんでお前がここにいる」

 

「何でって言われても……」


  相談部部員神谷綾芽だ。


  清楚さが際立つ白いワンピースに身を包んでいる。当たり前だが、制服姿じゃない神谷を見るのはなんとなく新鮮だ。


  栗色の髪を輝かせながら本を読むその少女は物語に出てくる精霊のようで神秘的なオーラさえ感じさせる。ただ、


「そのブックカバーを外しちまえば印象は引っくり返るんだよな」


  世の中知らない方が良いこともいっぱいある……。神谷は何のことか分からないと言った様子で首を傾げていた。


「私達は映画を見に来ただけだよ……これ」


  何が入るのか、と思うほど小さな白いバッグからB5サイズのパンフレットを取り出し、俺へ差し出す。


 ──はい、予想通りそうゆうのですね。


「だよな、お前だもんな」


  もうパンフレットが血渋きだらけじゃん。一瞬でも普通の女子高生が好きそうな恋愛ものとかを予想した俺が馬鹿だった。


「そうだ、ヤナギも一緒に見に行く?」


「いや、俺は遠慮しとくよ。こりゃツレの奴もなかなか大変そうだな……」


  何で神谷とその友達とスプラッタ映画見に行かねばならんのだ。俺の立ち位置意味分かんねぇだろ。


「ツレ……あー、今日は希美とだよ。今まとめて私のも買ってきてくれてる」


  レジの方を見るとおそらく笠原希美であると思われる女性が立っているのが見えた。


  黒い長袖のシャツに丈の短い茶色いチェックのスカート。タイトスカートというのか?頭には洒落た黒い帽子を着用している。モデルと言われても誰もが納得の容姿だ。


  そういやそうか。神谷がこの趣味を暴露している友人は笠原達だけだったな。


  丁度会計が終わったらしく、お盆に乗せた飲食物を慎重に運んできていた。にしてもあいつは本当気の利くな。


「え、あ、柳橋くんも居たんだぁ!」


  最後の「いたんだぁ!」が長年の俺の経験から、「柳橋くんにはカフェで昼食とか似合わないからやめときなよ!」みたいな感じに聞こえてしまう。


「俺が居ちゃあそんなに可笑しいか?」


「ぜ、全然!もう、すぐそーゆー捉え方するしー」


  笠原は買ってきた2人分のパンと飲み物を静かに机へ並べる。神谷の前にココアとクロワッサンを置き、自分の席にはベーコンとチーズを乗せて焼いたようなパンに……アメリカンコーヒー……。こいつ見かけによらずワイルドだな。


  並べ終えた笠原が席につくと、2人でいただきますと手を合わせ食べ始める。店内ここだけやたら平和な風が吹いている。


  俺と同じようなの食べているだけなのにどうしてこうも印象が違うのか。いや、端から見たら俺も意外とお洒落に見えてたりするのかもしれない。


  そんなどうでもいいことを考えながらスマホの画面に目を落としていると神谷の口から俺の名前が飛び出した。


「さっきヤナギのこと映画に誘ったんだ、けど断られた」


「そーなんだ。でもこれは苦手な人も多いと思うし……仕方ないよ」


  ナイスだ笠原。そもそも俺はここで妹を待ってなくてはならないからたとえジャンルが違っても行けないけどな。


「ところで柳橋くんこそ何か買いに来てたの?凄い大荷物だけど……」


  俺が向かい側の席に無理やり固定した鈴の荷物を見て笠原は驚きを隠せない様子で俺と荷物とを見比べる。


「あー、これか。見ての通り俺のじゃねぇよ。俺は付き合わされて来ただけだ……おっ」


  俺のスマホが振動する。予想通り鈴からだ。


「はい、もしもし。終わったのか?」


『うんまぁね、で、お兄ちゃんどこに居んの?』


「2階のカフェ」


『りょうかーい』


  馬鹿にしたような口調で締め括られた。なんか腹立つな。俺もそろそろ出る準備をしておくかとカップに残った数ミリの冷めたカフェラテを飲み干す。


「じゃあこれは……今の電話の人の荷物ってこと?」


「ああ、まあな。こんなの1日持たされたら身が持たねぇ。……半日でも限界だ」


  そう。当初の予定では夜まで付き合わされる筈だったのだ。それを俺がなんとか説得し、半日で留めた。──説得……いや、買収って奴か。今日の買い物代俺が全額負担なんだよな。


  笠原は、見てませんよー、みたいな素振りでチラチラと鈴の買った物を見ている。


「なんだよ。なんか気になるもんでもあんのか?俺は何買ったのかさえ知らされてねぇけど」


「……あっはは、そういうんじゃないよ……!ただ凄い荷物だなぁって……」


  そんな見方では無かった気もするが。まぁいい。変な間が出来てしまったので、ふと出入り口へ目をやる。するとそこには、片手に袋をぶら下げた見覚えのある少女がキョロキョロとしていた。

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