2.1 遠足とは?

 6限。


  開始10分足らずで4人10班が無事成立した。俺の属する班は予定通り中澤と中澤ファンのような2人組。


  残りの時間は遠足の準備を進めるらしい。俺の班は俺の隣の席に中澤が座ったため窓際に固まっていた。


  説明を聞いたところによると、この学校の言う遠足とは、近くの河原まで徒歩で行った後、そこで野外炊飯をして帰ってくるというものらしい。実にシンプルで良いイベントだ。


「ねぇ優也くん、何作る?」


「うちらは何でもいいから優也くんが食べたいので良いよ」


  え、俺はこの班で合ってるよね?さすがの俺もそんなスーパースルー見たことないぞ。まったく、俺の存在感、我ながら感服するぜ。もうすぐ姿まで消せるようになるかもしれない。


  静かに資料に目を落とす。


  河原まで4キロか……。運動不足にはキツいな……。


「えっと……柳橋くんは何かある?」


  女子2人に手を焼いたのか中澤は突然俺に言葉を投げる。俺も一応考える素振りを見せ、


「俺は特に……そちらで好きに決めてください」


  俺って本当紳士的。全て彼らの好きにさせてあげるなんて。


  と、こんな優しい口調は当然建前。これは、人気者中澤くんに対するちょっとした試練だ。


  バーカ、お前に助け船なんか出す分けねーだろ。せいぜい苦労しやがれ人気者。


「うーん……じゃあ、焼きそばとか……お好み焼きとかはどうかな」


「お好み焼き良い!」


  あれだけ悩んでおいてお好み焼きか。まあ俺は何でも良いんだけど。


  何やら視線を感じたのでその方を見ると、中澤が「これでいいか?」と目で合図を送っていた。


  良いよなんでも。分かるだろ、俺がここで、カレーが良い!とか言い出してもスルーされて終わりってことくらい。


  3人での話し合いはその後も順調に進んでいき、時折中澤がYESしか選択肢のないことを俺に問う。その度に「良いよ」と優しく答えてやった。


  結果、俺は火をおこす道具全般と当日の火おこしの担当になった。調理は参加しなくていいと片方の女子に言われた。これが野外炊飯と言うやつか。


「悪い。君ももう少し楽しい役回りにさせられたら良かったんだけど」


  6限終了後中澤が申し訳なさそうに言ってきた。


「別に、俺はどこ行っても変わらねぇよ」


  むしろ、調理場でほとんど知らん奴と二人きりよりいくらかマシだろう。でもさ、火おこし2人の調理2人が基本型なんだけどね。


  俺への信頼は随分厚いようだ。


 

 ***



「あや達は何作るの?」


「チーズフォンデュ」


「うわおっしゃれ!でも確かに、美香そーゆーの好きそうだもんね~。私達なんて焼きそばだよ」


  この日の放課後は当然のようにその話題が浮上していた。先週とは一風変わった騒がしい室内。盗み聞きによると、神谷と女王柏木が同じ班らしい。どこにでも馴染める笠原が自ら他へ移動したのだろう。

  そんな中、俺は静かにスマホをいじる。


「柳橋くんのところは?」


「お好み焼き」


  その後焼きマシュマロもするみたいなこと言ってたけどそれはまぁいいや。あれを“料理”とは言えんだろう。


「へー」


  なんの変哲もない回答に笠原も普通の相槌を打つ。


  そもそもなぜ俺達が何もせずにここにいるかと言うと、先週の金曜日、正式な相談部になったことでルールが変わってしまったからだ。


  部活と認めるには活動時間が少なすぎるという事で予約なしの相談も受け付けることになった。よって、特に予約が無くても6時までここに居なければならない。


「まったく、本当に無駄な時間ができたもんだ。どうせ誰も来ねぇのに」


「そうかな、……私はそんなに嫌じゃないけど……でも最近は匿名もあんまり来なくなったよね」


3人がソファーに腰掛けながら惰性でスマホを弄っている。マジで何の時間だよ。


──1時間ほどの沈黙が過ぎた。時刻は17時20分になろうという頃。


神谷は1時間前と同じ体制でスマホを凝視している。こいつはマネキンかよ。何を見ているか気にならなくもないが嫌な予想が的中しそうなので敢えてそのままにしておこう。


笠原に関してはソファーの肘置きにしがみつくようにスヤスヤと寝息をたてていた。ここはこいつの家かよ……。


すると、コンコンと少し強めに扉を叩く乾いた音が静寂に響く。俺は「はい」と適当な返事をした。


「お邪魔しまーす」


「……」


入ってきたのは柏木美香だった。なぜこいつがここに……。


柏木は俺をジロリと睨む。そしてズカズカと室内へ踏み込み、一瞬躊躇した後、唯一空いている俺の隣にドスと座る。この態度のデかさはなんなんだ。


「何か用か……」


念のため聞いてみた。が、殺意をむき出しにした猛獣は俺を睨みつける。


「は?なに?用がないと来ちゃダメなの?そんなことないよね、あや」


えー。俺なんか地雷踏んだんかな。俺に対しての当たり、強すぎやしないか?


「うん、まぁ私達も何もしてないわけだし」


「だよねー、……だって、柳橋」


しんど。もう帰ろうかな。


「でも何でこんな時間に?今日は部活あるでしょ?」


「今日はたまたま早く上がりでさー、部活の友達とご飯行く約束してたからそれまでの時間潰しに来たの」

 

柏木はポケットからギラギラごちゃごちゃしたケースに彩られたスマホを取り出し弄り始める。細く長い足を組み、女王と言う異名に恥じぬ態度。横にいるとなんか萎縮してしまう。


「なによ。さっきからジロジロ見てキモいんだけど」


「……別に見てねぇよ」


頼む誰かフォローしてくれ。笠原は依然熟睡中で神谷は完全無視を貫いている。今となっては猫の手ならず中澤の手も借りたいくらいだ。


仕方ない俺が去るとしよう。


「どこか行くの?」


神谷がスマホから顔を上げ、俺に問うた。


「教室。忘れ物思い出しただけだ」


俺はなるべく視線を動かさぬよう扉だけを真っ直ぐ見ながら部屋を出た。これがリアル脱出ゲームというものか。



***



教室には誰もいなかった。西日が真っ直ぐと差し込み窓際の席を照らしている。俺は静かに自席へ座った。当然忘れ物などしていないからな。


しかし、カバンをおいてきてしまったため手元にはスマホしかない。仕方ない、残り30分はここで過ごすとしよう。


「おや、部活をサボってパズルゲームとは感心ならんな」


「うわっ!いつから居たんすか!?」


知らぬ間に俺の顔の横からヌッと顔を出していたのは田辺先生だ。不意打ち田辺の恐怖は、もはや妖怪の域に達する。


田辺先生はそんな驚くことないだろ、と笑いながら教卓へと向かうとガサガサと何か探し物を始めた。


「あの部活でならお前でも上手くやれると思ったんだけどな」


はぁ、とため息を漏らされた。


「俺は上手くやれてないように見えますか?」


「今ここに居るところを見るとな……他のメンバーは良い奴ばかりだろ?」


「ははは……どうですかね。まだ何も分かんないっすよ」


、が妙に引っかかるな。特に“も”でいいいところを敢えて“は”と言ってるところが。


「部活化する必要はなかったと思いますけどね。相談なんてめちゃくちゃ少ないですし」


俺の一言で田辺先生の手が止まる。なんだこの悪寒は。気に触るようなことは言ってない筈だ。


「柳橋、お前は何も分かっちゃいない。うちは量より質で勝負してんだよ」


あ、くだらね。もういいやこの人。俺は時間を確認し、席を立つ。


「だったら、その質の良い対応が出来るくらいのドデカイ何か持ってきてくださいよ」


「お!いつになくやる気だな!いいぞ!その調子だ」


「別にそんなんじゃないですよ」


やる気とかそんなポジティブなものが俺を動かすはずがない。ただ、堅苦しい学校生活においての“暇”ほど無駄な時間はないというだけだ。


「じゃあ俺はそろそろ帰ります」


「おう、気を付けて帰れよ」


田辺先生は片手を軽く挙げた。こういう時だけ教員っぽいんだよなぁ、この人。

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