1.8 部活動とは?

しばらく時間が経った。


進展の見えない書類を前に時々スマホをいじりながら作業を、いや、ほとんどスマホをいじっていた。そろそろやり始めないとさすがにまずいか。スマホを置き、書類を手に取る。


「部活動名どうするの?」


プリンを食べ終えた神谷が黙って紙面を睨む俺に尋ねる。


そこなのだ。俺の手が進まないのは決して量によるものではない。不確定要素が多すぎるせいで先に進まない。


「そこが決まらないうちはどうにも……」


「そうだよね……」


神谷は持参していた水筒をきゅっと蓋を開け一口。そしてドサッとソファーに背中を預ける。というより埋まるに近いか。

こいつ完全にくつろいでやがるな。


このまま紙面に向き合っていてもしょうがないだろうと思い、俺はふと頭に浮かんだ疑問を神谷へ問う。


「てゆうかさ、お前この漫画のこと田辺先生に全部話してたのか?」


「そう……だけど……それがどうかした?」


質問の意図が分からないというような表情で小首を傾げる。


「いや、笠原にも言えなかったようなことをあの人には普通に話せたってことがどうにも引っ掛かってな」


あの独身アラサー女教師が友達以上に悩みを打ち明けられる存在とはとても思えない。俺ならあの人にだけは何も相談したくない。


「あー、田辺先生もああいうの結構好きみたいで。それを知ったきっかけは偶然スマホの待ち受けが見えたからなんだけど」


あの人あんなの待ち受けにしてんの?あんな男勝りな雰囲気出してグロい漫画を待ち受けにしてるとか恐いわ。そりゃ男も寄り付かん。


「それで、部活動名はどうする?部長とか……」


「部長は笠原だろ。その他のことは今は決められそうにないな。そもそも部活にするほどの活動をしているとは思えないし……もう帰ろうぜ」


俺は机に広がった書類をまとめ、一緒に渡されたクリアファイルへしまう。神谷もそれには納得のようで自分の荷物をまとめ始める。


からから。扉が開く。またかよ。もう帰らせてくれ。


どうせ田辺先生だろうと帰りたいというオーラを全面に出しつつ振り返る。が、そこにいたのは全く別の人物だった。


「良かった。まだ帰ってなかった……て、ここが部室か、凄いなー」


部屋の中を物珍しそうに眺める男。彼の名は中澤優也。同じクラスの男子生徒だ。


彼がどんな男かというと、笠原のステータスを性別を入れ換えてはめ込んだような奴だ。要するにかなりのハイスペック爽やかイケメン。


「あ、柳橋君。昼はごめんね俺達が勝手に席使っちゃってて」


「いや別に。使う予定なかったから良いけど」


本当は使おうとしてたけどね。いつものことだし今さらなんとも思わないけど。


「それで?ここに何か用か?」


「あれ?田辺先生から話行ってなかった?あの人も結構適当な人だよな……」


呆れたようにハハハと笑い頭を掻く。なんでいちいち周囲にキラキラのフィルターがかかるんだよ。


「サッカー部との兼部という形ではあるけど、一応今日から入部することになりました。……その挨拶のつもりで来てみたんだけど……もしかしてもう帰るところだった?」


「まあな。そもそも俺らがサッカー部より遅くまで部活してるってことの方がおかしいだろ」


あんな書類さえ渡されなければ今ごろはのんびりテレビでも見ていただろうに。にしても最後の部員がこのハイスペックモンスターとはな。俺要らねぇじゃん。


「ヤナギ。中澤君せっかく居るなら書類書いて貰えば」


「そうだな」


俺は既に仕舞い終えた書類をごそごそと取り出す。神谷が中澤の名前はしっかりと君付けなのに俺は“ヤナギ”のままだったことに関してはスルーしておこう。当然ですよね……


渡した書類をありがとう、とこれもまた爽やかスマイルを添えて受け取るとサラサラと名前、住所、電話番号を書き込んでいく。


「えっと……笠原は今日休み?」


意外にも誰が部に所属しているかは知らされているらしく、俺へ問う。


「休みって言うか……あいつは陸上部と兼部してるからな。基本月曜と最初の10分くらいしか来ねぇよ」


そうなのか、と一言返し、記入し終えた書類を俺へ手渡す。


「じゃあ俺はこれで。帰ろうとしてたところごめんね」


中澤は最後まで笑顔を振り撒いて部屋から出ていった。


なるほどな。確かに好かれるわけだ。アレが素であるかどうかはさておき、あんな態度を誰かもよく知らん奴にまで出来るとは。さすが陽キャのトップオブザトップ。陰キャのトップには真似できないね。


「ヤナギ。私達も帰ろ」


「おお、そうだな」


俺達は部室を片付け、玄関へと向かった。


隣の生徒会室も既に人は居らず、施錠されていた。玄関にはまばらに運動部連中がわちゃわちゃしている。こんな遅くまで学校にいたのはいつぶりだろうか。


無駄に壮麗な校舎から一歩踏み出すとまだ少し冷たい風が頬をかする。


そんな風に少しばかり黄昏ていると、神谷が小さく、あ、と声を漏らす。


「あれ?柳橋君?と、あや?」


神谷の指差す方へ視線を向けると、そこには部活を終えた笠原が立っていた。たった今終わったばかりなのか、額には健康的な汗が日に照らされてキラキラとしている。


「二人ともどうしたの?」


おそらく、なぜこんな時間までいるの?と言うことだろう。そんなことは俺が言いたい気分だ。


「先生に頼まれて……部活動登録の書類書いてた。希美はもう帰るの?」


「うん、帰るよ。けど……部活動登録?」


そうか、こいつはまだ知らないのか。それに、今笠原に会えたのは好都合だ。残りの書類を全て渡しちまえば俺の役目は終わる。


「中澤が入部することになったんだ。あと、これ書いておいてくれ」


俺はバッグからクリアファイルを取り出し、全て笠原へ手渡す。笠原も特に何も言わずにそれを受け取った。


「書いたら田辺先生に渡せば良いの?」


「そうしてくれると助かる。じゃあ俺はこれで」


笠原が来た今、俺がずっとここに残るのもおかしな話だろう。空気を読むのは得意だ。俺は家路へと足を進める。が、


「ヤナギ、駅まで一緒に帰ろう」


神谷に後ろから呼ばれ、反射的に足が止まる。


「俺は徒歩通だ。駅まで行かない、というより逆方向だ」


「じゃあそこの信号まで」


信号までなんて200メートルも無いだろ。それを一緒に帰ると言うのか?ただ並んで歩くだけだしまあ何でも良いけど。


俺がその場に止まって待っていると後ろから二人がとたたっと追い付いてきた。


「行こっか」


笠原の声を合図に歩き出す。


もちろん俺が入る会話などない。こんな短い笠原の部活での出来事をうんうんと神谷が頷いて聞いている。俺はいつの間にか2人の後ろを歩いていた。


おいおい、一緒に帰ろうって誘ったの誰だよ。俺ただのストーカーみたいになってんじゃねぇか。


そして、例の信号にたどり着いた。


「じゃあね!あや」


笠原へ向けて胸の辺りで小さく手を振る神谷。直後その手は俺へ向けられた。


これは返すべきなのか……。感情の読めない表情で見てくるし。仕方ない。俺は手を挙げ、


「じゃあ……な……」


おい。手振っておいて俺のは無視かよ。俺嫌われてるみたいな感じになったじゃねぇか。


「タイミングが悪かったねー。すぐ返さないと」


笠原はクスクスとおちょくるように笑う。


「慣れてねぇんだよこう言うの。てか……お前は?」


「私も徒歩通だよ。多分……柳橋君と同じ方向……」


「そうか……」


まずいなこの感じだと一緒に帰る感じになる。神谷と2人なら無言でも良いが笠原は違う。これはなかなかキツいぞ。

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