1.7 部活動とは?
「それは面白いってこと?」
「……え、ああ……まぁ……」
そんなに真っ直ぐ見つめられちゃあ違うとは言えないだろ。そもそも1ページだけで面白いという感情が沸くはずもない。
しかもあんな残酷な描写だ。あれだけ見て面白いと言ったらそれは人間としてまずい。
「じゃあこれ貸してあげる!今日持ってきたのが10巻までだからまた今度続き持ってくるね!」
いつになく元気な笑顔でそう言うと、棚に入っていた漫画を紙袋に詰め始める。
……いや、待てよ。この場には笠原もいる。しかもこの部屋には柏木も顔を出す。こんなところにこんなもの置いておいて大丈夫なのか?
「なぁ、お前このこと知られたくないんじゃ無かったのかよ」
俺はやや体勢を低くし、ひたすら漫画をしまう神谷の耳元に小声で尋ねる。
「この事、希美と美香にはもう話したよ。……共感はしてもらえなかったけど」
「そうか……」
あれ?おかしいな。神谷の相談に対する俺の答えは“友達だからといって全てをさらけ出す必要はない。同じ趣味の奴が欲しいなら別個の友達を作ればいい”という内容だったはず。
……俺の回答は参考にならなかったか。
「ヤナギに言われたしね。全てをさらけ出したら友達で居られなくなるような相手ならそんなのいらないって。でも希美と美香はそんなのじゃなかった」
なるほど。そういう解釈をしたのか。俺のボッチ正義理論にそんな裏メッセージが隠れていようとは。
俺が、顎に手を当ててふむふむと頭を整理していると、
「あれ……ちょっと違った?私の解釈……間違ってた?」
神谷は不安そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「いや……そっちの方が良さそうだな、少なくともお前には」
同じ課題であっても人によって適した解決法は異なる。今回は彼女らの仲が予想以上に出来上がっていたため上手くいったが、これがもう少し距離があったらこうはならなかっただろう。
そして、その距離は自分だけじゃ分からない。
「はいこれ、読み終わったら学校に持ってきて。他にもあるからいつでもいって」
「……おう」
勢いに圧されて紙袋を受けとる。もう一度確認を込めて一冊を取り出し表紙を確認。口内の無数の牙を血に染めた人型の化け物が大口を開けている。そして、真っ赤な文字で書かれたタイトル。
「スプラッタパレード……」
恐ぇよ。漫画よりもこんなものを笑顔で薦めてくるJKが。
「柳橋君もそうゆうの好きなの?」
部屋の奥でなにやらガタガタと小物の整理をしていた笠原が俺と神谷の方へ近づいてくる。
言っておくが好きではない。が、ここでその答えは言えない。ならば、
「ま、まぁな、多少興味があってな……ハハハ」
我ながら凄まじいキョドりっぷり。瞬時に回答しただけ褒めて欲しいね。
しかし、笠原は「へー」と特に何も気にしない返事。彼女のことだ、神谷がこれを暴露したときもこんな感じだったのだろう。
「意外だね。こうゆうの好きな人結構いるんだー。私も読んで見ようかな」
笠原は俺の手中にある一冊をまじまじと眺める。お前はやめておいた方が良いと思うぞ。
もし仮に笠原までハマってしまったらこの部は凄まじい部活と化してしまう。あ、でもそうなったら漫画部とかにして俺が退部すればいいだけか。
「今結構多趣味の人とかいるよね……柳橋君は何か趣味とかある?」
「ない。そもそもそこまで何かに没入することすらない」
「へ、へー……」
おい、聞いておいてその反応やめろよ。だいたい多趣味の奴こそ人生を謳歌しているってゆう最近の風潮がよくない。多趣味とかただ全てにおいて長続きしてないってことだろ?堂々と自慢することじゃない。
「まぁ何かに夢中になれるのはシンプルに羨ましいけどな」
俺の口からぽろっと溢れ出た言葉に笠原はきょとんとした顔で首を傾げる。すると、
「大丈夫。これ読んだら絶対ハマるから」
俺が手に持つ紙袋を神谷がぐっと押し込んできた。その目は真っ直ぐ俺を見つめてくる。
俺はこの2人の揺さぶりに少し疲れ、はぁとため息を溢した。
その様子にクスクスと笠原は笑うと「私そろそろ行かないと」と手早く荷物をまとめて部室から出ていった。あいつも忙しい奴だな。
俺はバッグを肩に掛けたまま新設されたソファーの一角に腰を下ろした。うん、悪くない。
部室には俺と神谷だけとなってしまったが以前よりは気まずさがない。陰キャと言えど何も知らない人間と色々知ってしまった人間とでは近づきやすさは同じではない。
「普段何してるの?」
パソコンの置かれた教卓周りをゆっくり歩きながら俺に問う。
「パソコンに来てる匿名の相談に返事書いて、対面希望だったら待つってだけだ。まぁ普段っつっても今日でまだ3回目だけどな」
神谷は近くにあったパソコンに手を伸ばし、慣れない手つきでポチポチとキーボードを打つ。
「何も来てないよ」
「そうか、じゃあ今日は終わりだな。お疲れ」
俺は立ち上がり出口へと向かった。
扉へと手をかける。すると、俺が力を込めるより先にカラリと扉が開かれた。
「うおっ!……な、なんすか」
立っていたのは田辺先生だった。ジャージ姿で右手にはバインダー。これぞ体育教師という格好だ。
「どうだ?部活は上手くやってるか?」
ぐるりと部屋を見渡す。そしてふむふむと顎に手を当てて頷いた。
「予想よりは順調なようだな」
そりゃ部屋だけ見れば充実して見えるだろうな。ここはもはや何の部活かわからない。
田辺先生は不意に俺の持つ紙袋へと視線を落とす。ヤバい。背表紙が丸見えだ。タイトルだけでまずい気がする。
「あ、いや、これはですね……」
「そっちも上手く解決したようだな」
先生は奥に佇む神谷へ微笑んだ。あ、そうか。俺達より先に相談したのは田辺先生か。
「それで今日は何の用ですか?俺達もう帰るところなんですけど」
「ふふん!聞いて驚け……」
子供のようないたずらな笑みを浮かべる。俺はごくりと唾を飲む。
「4人目の入部が決定し、正式に部活動と認証されました!ってことで……これ、書いておいて」
バインダーから取り出したクリアファイルを俺の胸に押し付ける。この人まさか……。
「本来は顧問が書くものらしいんだがお前たちどうせ暇だろ?頼んだ!終わったら私の机に上げといてくれ」
───やっぱりか。
この人がこの部活作ったのって自分が楽するためだろ。俺があからさまに嫌な顔をしていると、田辺先生はそれを見かねてポケットから財布を取り出した。お!これは……!
「これで好きなものでも買えばいい」
ジャララと俺の手に小銭が流れ込む。えーと……170……180円……。好きなもの買えって言うときは選べるような金額にしてほしい。1人90円とか学校の安い自販機でも缶コーヒーしか買えねーよ。この人ほんとケチだよな。
「じゃっ、頼んだぞ」
反論されるまいと、逃げるように体育館の方向へ駆けていく。
***
クソ、予想以上にダルいぞこれ。
活動目標だとか、部員の登録だとかめちゃくちゃ面倒臭い。机上にはA4の紙が複数並べられている。
「終わるかな、これ」
「無理だろうな。笠原の電話番号とか知らねぇし、4人目の部員に関しては誰かも分からない」
神谷は近くのコンビニで買って来たプリンを美味しそうにその小さな口へ運ぶ。
あの180円はというと、缶コーヒーが飲めないと言われた側から神谷に90円を渡すのはなんとなく気が引け、結局180円全て彼女へ譲った。俺、超いい奴!まぁそのお陰で俺の取り分はお釣りの15円だけとなった。
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