1.6 部活動とは?

教室に戻ると、俺の席はなかった。


こういう言い方をすると机もろとも消された悲しすぎる結末を想像するかもしれないがそんなことはない。机はあるのだ。ただ席がない。


「あ、ほらそこどけろよ柳橋君来た」


俺の存在に気が付いたらしく、俺に背を向け俺の席で飯を食べる男子生徒に向かって隣の席に座っていた男子生徒が声を掛けた。


「ごめ~ん、席借りてたわ~」


軽いトーンでそう言うとスマホと弁当を持ち、一つ奥の席へ移動した。


「いや、別に使ってて良いけど」


そんな一ヵ所ポツンと空けられたところで誰が座んだよ。仕方ない最終手段だな。



***



春風が心地よい。普段なら喧しく感じる野鳥の声もここでは良いBGMとなってくれる。俺は温かいカフェオレをズズッと一口すすった。


ここは以前から俺の食事の場であるベランダだ。ベランダといっても教室のベランダではない。


俺のいる2年3組と2年4組との間に存在する“多目的ホール”と言う名の食事スペースに付属しているベランダだ。


教室のベランダでもなく、多目的ホールでもないこの場所は以外にも穴場で俺以外はほとんど誰も来ない。


そうと知らず、たまにこの場に踏み込んできてしまった陽キャは俺の存在を確認した途端「……教室戻ろっか」などと言ってそそくさと去っていく。


昼食を摂り終えた俺はスマホのパズルゲームに指を滑らす。ここまでが俺の日課だ。あとは終了のチャイムをひたすら待つだけだ。つまらなそうに見えるかい?残念ながら俺の日常生活はそんなもんだ。


突如、ガガガと滑りの悪い扉が開く音がした。反射的にそちらへ目をやる。


「あーいたいた……希美?3階のベランダ。早く来て」


俺を珍しい昆虫でも見つけたかのような目で見るのは柏木美香だ。耳に押し付けたスマホに話しながら俺をじろじろと眺める。そんなおかしな外見してるか?俺。


もうほぼ金髪に近いくらい明るい長髪を1つにまとめ、ギャル風で有りながら、スポーティーな雰囲気も醸し出している。


体は胸を除いて全体的に細く、短いスカートからスッと伸びる白く細い足。蹴られたら一溜まりもないだろう。ハイヒールとか履かないで欲しい。


柏木はグッと仰け反って二人が来るのを待つ。が、なかなか現れないようでハァとため息を吐きこちらへ向き直り、無意識に柏木の方を見ていた俺へ露骨に不快な顔で眉を潜めた。


「何?あんたに用があんのは別に私じゃないからね」


「……おう」


っんなこと知ってるわ。お前が俺に用があったら今日が俺の命日だよ。


「あーおっそ……いつまでこんな奴と一緒に居れば……」


苛立ち混じりにスマホの画面に高速で指を走らす。なんか怒られている気分だが俺は何もしていないのだ。むしろいつもの一時を邪魔された。俺の空間を片っ端から潰しやがって。


「……笠原が俺を探してたのか?」


「そうよ。部活がどうこうって……あっ来た!あんた達遅すぎ」


柏木の視線の先には談笑しながらこちらへ向かってくる笠原と神谷の姿が見える。なんとなくホッとした。このままこの女王様との時間が続けばマジで死んでたかもしれない。別段、俺は何もしていないが……。


「ごめん美香ー!3階のベランダって言ったから教室かと思って」


「だったらそう言うわよ」


俺は自分の取るべき行動が分からず、チラチラと彼女らを見ながらスマホをいじる振りをする。話の途切れ時を伺っているとこちらに気づいた神谷が二人に見せるように俺をビッと指差した。


「………なんだよ」


「なんか気まずそうな顔してた」


その通りだよ。探されていた筈なのに特に話も振られず、かといってこの場を抜けようにも抜けられず絶賛お困り中だ。


神谷は言葉を続ける。


「希美。早くあの話した方が良いんじゃない」


「そうだね。──柳橋君に重大報告があります!」


笠原は俺の前に立ちハイテンションでそう告げる。目的を忘れて柏木と談笑してた時点でさして重大ではないだろうな。こいつのことだから「私の返答が好評です」とかそんなことだろう。


「それは……あやが私達の部活に入部することになりました!」


横に立つ神谷の頬がポッと赤く染まる。何に照れているのやら。そんな様子もお構いなしに笠原は神谷の背中をぐっと俺の前へ押し出した。


「そうか、よろしくな」


「よ、よろしく……」


ぎこちない挨拶を済ませると笠原は満足そうな顔で豊満な胸を張っていた。ヤバい。見ようとしなくてもそちらに視線が引っ張られる。こういう時は無だ。無……。


「話はそれだけか?」


「そ、それだけって、結構なビッグニュースだよ!それにこの学校は部員4人以上になると正式な部活として認められるんだから!」


まぁ確かにな。早いとこ私立の学校推薦で大学を決めたい俺からしたら部活動として認定されるのは悪い話ではない。仕事も場合によっては分担できる。けど、


「あと一人足りねぇじゃんか」


「それなら田辺先生が役に立ちそうな人に声かけてるって言ってたけど……」


「ねぇ報告に来ただけじゃないの?いつまで待たせるのよ。あの部室もまだ途中でしょ?」


女王様がお怒りのようだ。笠原。ここは速やかに撤退することをおすすめするぜ。逆鱗に触れないうちに。


「そうだった、じゃあまた後でね!」


「おう……」


それだけ言い残し3人は去っていく。柏木だけが最後まで不審な目を向けていたためひきつった笑顔を向けてやったら青ざめた表情で居なくなった。女王撃退完了。俺も強くなったな。


嵐も去ったことだ。残り時間はのんびりと過ごさせて貰うとしよう。



***



「なんだよこれ……」


放課後。第2生徒会室。あの荒れた廃墟のような光景はない。


部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、両サイドには高価そうな茶色いレザーソファーが2つ。奥には古びた教卓が椅子とセットで置かれている。


その他にも花瓶やらだるまやら色んな小物が飾られていた。が、片付けが間に合わなかったのか以前あった机や椅子は部屋の奥に積まれていた。


「じゃじゃーん!改装しちゃった!校長室を参考にしたんだ!どう?」


「どうって……どっから集めて来たんだよこんなの」


「これは相談室、これは校長室、これは美術準備室?だったかな」


「そんな持ってきて大丈夫なのか?」


「一応許可は取ってるからね」


ソファーの後ろを見ると改装前から設置されていた空の棚に複数の本が入れられていた。これも景観の1つってことか?特に関心も持たずそのうちの一冊を取り出す。


「あっ!待ってそれは……」


神谷の声が耳に入った時にはもう遅かった。


俺の手の中に開かれた漫画には、普通に生きていれば決して見ることのないであろう人間の臓物が散布した描写がビチャッなどの擬音と共に描かれている。


「これは……なかなか……」


チラと神谷の方を見ると、ベージュのカーディガンの裾をぎゅっと握りながらこちらの反応を伺っている。ヤバい。下手なことは言えない。


「す、すごい迫力だな!うん、これはハマッちまうのも分からなくない」


俺はそう言うとパタンと本を閉じ素早く棚へしまう。恐る恐る神谷へ視線を移すと、彼女はその幼い顔をさらに子供のように輝かせていた。


まずい。好感を得すぎた。

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