1.5 部活動とは

「ほらよ、んで?本題は何なんだよ。まさかさっきので終わりってことは無いだろう」


神谷は渡したリンゴジュースを両手で掴みながらふぅと一息ついた。250mlのペットボトルだが彼女が持つとやたら大きく見える。


「私、浮いていると思う?」


「……浮いている?」


一瞬何のことか分からなかったが、俺の頭の中にあった違和感とすぐに結びついた。


「……笠原達と一緒に居る時のことか?」


神谷は頷く。


「別にそうは思わないけどな。大学行くと若者の中におじさんが1人混ざってたりすることもあるみたいだし」


「じゃあ私はそのおじさんみたいな感じってこと?」


ヤバい変な例え出しちまった。


「そうじゃねぇよ。年齢も違う人が同じグループに居ることだってあるんだから同学年の奴が誰と仲良くしてようがなんもおかしくはないだろ」


先ほどのように“伝わらない”というミスを出さないよう俺なりに伝わりやすそうな言葉を選ぶ。


「そうかな……じゃあなんでヤナギはいつも1人で居るの?」


「ほっとけ。俺はそうゆうのが好きじゃねぇだけだよ」


こいつ……突然攻めたこと言ってくるな。なるほど。これが最初の質問の意図か。


神谷は初めてクスッと笑った。


「私も多分ヤナギに近い人柄だと思う。だからみんなと居るときはなんだか気を使われてる気がして……」


「それは分からんだろ。少なくとも俺にはそう感じない」


気を使われるというのは、グループの役割決めの時、輪に入れないボッチに向けて「○◯君は◯◯係で良いかな?」と顔色を伺いながら当たり障りのない役回りを任せられたり、みんなで遊びに行こうという話の時、誰にも誘われなかったボッチに「◯◯君も行く?」と絶対行くと言うなという目で声を掛けられたりすることだ。


ほぼ毎日一緒に居るメンバーがずっと気を使ってられる筈がない。騒がしい奴等なら尚更そうだ。


しかし、神谷は未だ釈然としない表情でリンゴジュースを見つめる。


「お前は笠原達と一緒にいる時は楽しくないのか?」


「それは私は楽しいけど……話を振られた時に上手く答えられなかったりして……趣味とかの話も合わなかったりするから……」


趣味。俺には趣味と言えるものがほとんど無い。強いて言えば睡眠。休日の大半はこれだ。その他は惰性でテレビを眺める程度。


そんな俺には全くもって分からない悩みの1つだな。好きなものが被らなかったからなんだと言うのか。逆に同じだからといって意気投合するとも限らない。


「言っとくが、1人でいるってのはお前が思っているよりはつまんねぇよ。俺は誰かと一緒に騒ぐとかそういう経験がここ数年全くないから比較出来ないけど、お前はもう分かってんじゃねぇの?」


「そう……」


神谷は小さくそう答える。


「それに、既に持ってる物をわざわざ手放すこともないだろ?俺にはお前が何をそんなに悩んでいるのか分からん」


俺は自分用に買ったホットココアをくっと傾ける。

口の中を温く甘~い液体が満たしていく。うまい。この甘さはいつなんどきも俺を裏切らない。


ごくりと喉を鳴らしゆっくりと飲み込んだ。そして缶を机に置き、自然と神谷の方へ目を向けると、じっとこちらを見ていた。そうだ。話の途中だった。


俺は一瞬間で至福で満ちた脳を再度リセットし議題へと戻す。


えーと。まずだな。そもそもの相談内容の主旨が見えていないことが最大の引っ掛かりだ。


今までの様子から神谷はなんかしらの悩みを抱えていることは間違いない。それなのに、俺に対して「学校は楽しいか」とか「私は浮いているか?」とか遠回しの探りのようなことばかりしてそこからヒントを得ようとしている。


「お前の根本的な悩みというか、解決したいことは何なんだよ。田辺先生に相談したいほどのことがあったんだろ?」


俺のしつこい問い詰めに神谷も諦めたようで、ジュースを置き、グッと小さな拳を握った。


「私、グロ漫画が大好きなんだよね。でもあそこにはそういう人いないし、もし話したら引かれたりしそうで……だからってそんな事話せる友達が他にいるわけでもないから……」


「グロ漫画……」


こりゃーまたとんでもないワードが飛び出してきたもんだ。この見た目からは想像できん。


それでボッチになろうと……。発想が飛躍しすぎだろ。笠原の感じなら引いたりするようなことは無さそうだけどな。


「確かに共感されにくいジャンルではあるな……」


やっぱり好きなものの話はしたくなる物なのか。小学生とかもやたらと自分の好きな人報告し合うもんな。あれはなんなんだろうか。互いに弱味を晒し合っておいて、その割に簡単に言いふらす。信じた者は馬鹿を見る。


「その友達作りは難航しそうだが、ネットでもどこでも見つかるだろ。自分のことをさらけ出して、その上常に一緒に居ないと友達でいられないんだとしたらそんなの1人の方がよっぽど楽だ」


俺みたいにな!とはさすがに言えなかった。やっぱ気の合う友人は1人くらい欲しいじゃん。


あ、でも今の答えになってねぇよな。持論を展開しすぎた。


しかし、神谷は少し考えた素振りを見せた後、


「……分かった。ありがとう……」


そう言ってスタと立ち上がり鞄を肩に掛ける。


「おいおいおい、もう良いのか?」


俺の呼び止めに、にこりと微笑む。


「うん、私の考えすぎだったみたい」


何か吹っ切れた様子の神谷。西日に照らされ、頬を朱色に染めている。


彼女は再度「ありがとう」と小声で呟くとそのまま部屋を後にした。


なんとなくシャキッとしない終わり方が気にかからなくもないが、これ以上神谷に干渉するのは俺の役割ではない。


俺も帰るか。そう思い、荷物をまとめる。


が、ふと昨日の匿名相談を思い出す。結局返事どうしたっけな。机に置かれたノートパソコンの前に立ち画面を覗いた。


「……あいつ」


“あなたなら大丈夫!勇気を出して話し掛けてみれば必ずみんなと仲良くなれますよ!”


元気のいい返答がされていた。根拠も何もない薄っぺらな文章だ。こんなものに救われるやつなど元々悩んでもいないだろう。陰キャに陽キャの気持ちが分からないのと同じように、陽キャに陰キャの気持ちなど分からないのだ。


「……まったく」


思わずため息が溢れた。俺はパソコンをパタリと閉じココアの空き缶を片手に部屋を出た。



***



翌日。昼休み。


俺は購買で買ったフレンチトーストを片手に、入部と引き換えに手に入れた第2生徒会室へと向かっていた。時間と労力を吸いとられた俺が唯一手に入れたものだ。ありがたく使わせてもらおう。


プライベートルームを学校に所有している生徒など俺くらいだろう。VIP対応されているようでめちゃくちゃ気分がいいぜ。心なしかいつもより勢いよく扉を開く。


カラカラ。……えっ………。


「あ、柳橋君!」


扉を開けた先には笠原、神谷に加え、このクラスの女王様的立ち位置の柏木美香が机を寄せて昼食を取っていた。


「……」


なぜこいつらがいる。ここは俺専用のはずだろ。裏切ったな!田辺!


「……あー、こいっ……この人って同じクラスの?」


今ほぼ初対面の相手にこいつって言いかけたよな。さすが女王様。下民を見極める目は達者なようで。


「そうそう、今一緒に生徒会の手伝いしてて……。外見はちょっと不気味だけど話すと普通だよ」


不気味なんだ。そんな感じで接しておいてそんなこと思ってたんだ。


柏木はふーんと不機嫌そうな音を出しながら、食事を邪魔された獅子のような目で俺を上から下へと品定めする。こわっ。もう逃げ出したい。


「ごめんね。ここ私達使っても良い?えーと……ヤナギハシ君?」


「……どうぞ」


これ以上ここに居られる気もしない。すぐさま踵を返し、俺は教室へ戻った。

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