1.4 部活動とは?

神谷綾芽はちょこんと近くの椅子に腰をかける。ちょこんという言葉が本当によく似合うサイズだ。ショートボブの栗色の髪に人形のような目鼻立ち。


かなり大人しそうに見える外見だが、いつもつるんでいるのは笠原のいる一軍グループだ。人は見かけで判断できないな。


「ここに連れてこられたってことは何か相談か?」


「……まぁそう……だけど……」


小声で言いながらチラチラと笠原を見る。そして俺を見る。


……なるほど。そう言うことか。


最初こそ彼女の意図は分からなかったが、ものの数秒で理解できた。今時の女子高生はアイコンタクトで会話するのか。なるほどなるほど。


「じゃあ俺はもう帰るわ……」


荷物をまとめて立ち上がる。笠原は理解が追い付かないようで「何で?」「どうして?」と問うてくるので「察しろ」とだけ伝えておいた。


そりゃそうだ。学校の人気者に相談しに来たのに見ず知らずの陰キャ男が横にいちゃあ話しづらいだろう。笠原と仲が良いとなればなおさらだ。今後もこういうことは多そうだな。


「あ、いや、そうじゃなくて……」


部室を去ろうとする俺を申し訳なさそうな声で神谷が呼び止める。


「ああ、お気遣いなく。ちょうど用事を思い出しただけだ」


いくら俺がボッチだとしても別にこの程度のことを気にするほど弱くはない。というかむしろボッチだからこそ気にしない。常に空気を読むのではなく、その場の空気になってきた経験は伊達じゃない。


俺はそのまま帰路へと進んだ。



***



翌朝。

やることもなく暇だったのでいつもより5分ほど早く家を出てきてしまった。「やることがないから」と付けたせいでイキッた運動部みたいな発言になってしまったがいたってそんなことはない。本当に偶然。たまたまだから。


仕方なく教室の喧騒の中仮眠を取ろうと両耳にイヤホンを装着し窓の方へ視線をやる。


うん。今日も綺麗な山々だ。山頂はまだ白く、もはや芸術。もはや富士山。これも新潟県の魅力の1つだなぁ。などとアホくさいことを考えていると、目の前の席の椅子が引かれ一人の生徒が腰を下ろした。


「ちょっと……」


その生徒はそう言いながら俺の顔の前の机をコンコンと軽く叩いた。前の席の人が登校し、机に乗せられた配布物でも回して来たんだろう。重たい上半身を持ち上げ顔を前方へ向ける。


「悪い……」


しかし、予想は外れていた。


「え、お前ってたしか……」


目の前にいたのは昨日部室に……いや、笠原に相談しに来た神谷綾芽だった。窓から差し込む光が栗色の髪に反射してキラキラと輝いている。


「おはよっ」


「おう……」


意味が分からん。昨日数分同じ空間にいただけの相手が翌朝わざわざ俺に話しかけに来る理由など。


「何か用?」


「今日も行くから」


なるほどね。その遠回しの報告はちょっとキツいな。まぁいいけど。


「了解。……あ、でも今日は笠原いないぞ」


この学校で笠原希美といえば陸上部のエース的存在。そのため、放課後フルで生徒会の手伝いに来るのは月曜日だけなのだ。他の曜日は最初に顔を出す程度。直接の相談などには対応できない。


「うん、知ってる。希美から聞いたから」


……じゃあ何なのだろうか。


昨日の態度と今の言葉の繋がりを探る。が、まるで分からない。


神谷は感情の読めない表情で相変わらずミステリアスな雰囲気を醸し出している。昨日も思ったけどなんか不思議なオーラがあるな。ファンシーという感じの。


「でも、今日は帰らなくていいから……ヤナ……ヤナギ……ヤナギも」


うん、柳橋な。“橋”が出てこないからって諦めて縮めんなよ。

まあ、事あるごとに、「やなはし」や「りゅうばし」と間違えられてきた身からすれば、名前が出てこないくらい慣れきったことだ。わざわざ指摘するまでもない。


そんなことより、何故わざわざここまで言いに来たのか。笠原だけでは解決しなかったのか?もしそうだとしたら申し訳ないが俺にも無理だ。


「じゃあまた後でね」


無表情でそう言うと神谷はとことこと自分の席へと戻っていった。それにしてもまったく表情が読めないやつだな。



***



カラリと軽快な音をたてながら扉を開く。すると、既に神谷と部活の服装に着替えた笠原と談笑していた。笠原は俺に気づくとすぐに靴などの荷物を手に持ちこちらへ駆け寄ってきた。


「あ、柳橋君。私もう行かないとだからあやのこと宜しくね。匿名の相談は何も来てなかったから」


「……おう」


仕事が早いな。もしかしてそれを俺に伝えるためだけにここに残って居たのか。なるほど。これが人気者の所以か。


「私はこれで!」


タタタと足早に部室を出ていった。神谷も「いってらっしゃい」と胸元で小さく手を振っている。なんかほんわかした良い空間じゃないか。


と、思ったのも束の間。ピシャリと扉が閉まる。


さほど広くない部屋にミステリアスな少女と二人きり。もう分かるよな。めちゃくちゃ気まずい。


神谷の方へチラリと視線を送る。彼女は椅子に座りながらスマホをポチポチいじっている。こいつ相談しに来たんだよな?なんなんだよ。もう帰っていいかな。


「ヤナギ」


俺の意思に気づいたのか目線はスマホに向けたまま呼び止める。


たった今目の前で笠原が「柳橋君」ってがっつり呼んでたのに……。もう変える気はないんですね。


小さな体から溢れ出すオーラがとにかく座れと言っているような気がしてとりあえず近くの椅子に腰を下ろす。


「はい、なんでしょう……」


「相談、乗ってくれるんだよね」


チラッチラッとスマホと俺の顔を交互に見る。その画面に何が写っているのやら。カエルとかだったら泣く。


「まぁそれが俺らの役割だからな。実現可能な限りは協力もしろと言われている」


神谷はふーんと興味なさげな返事をし、眺めていたスマホをポケットへしまった。


「……じゃあさ、一つ聞くけど……ヤナギは学校楽しい?」


「何で俺のことなんか聞くんだよ。お前の相談に乗るって言っただろ?」


「いいから。楽しい?」


「うっ……」


じっと俺を見つめ返事を待つ神谷。答えるまで帰さない的な圧力をかけられ俺も思わず唾を飲む。うわ、こうして見るとやっぱこいつもすごい美人なんだな。シチュエーションも相まってなんか緊張してきた。


いかんいかん。質問に答えなければ。


「そりゃ家に比べちゃあ楽しくはねぇな。でも俺は元々全てにおいて楽しめるような人間じゃないから……だからそう考えると周りの言う“楽しんでいる”のうちに入るかもしんないな」


模範解答のような結構良いこと言った気がする。が、


「何言ってるか分かんない……」


ターゲットには響かなかったようだ。むしろ理解すらされていない。悲しい。神谷は眉を寄せてコテと小首を傾げている。


「何でそんなこと聞くんだよ」


「それは……ヤナギがいつもつまらなそうな顔してたから」


「喧しいわ。残念ながらこの顔は生まれつきだ。悪かったなつまらん顔で」


真面目に聞いてりゃこれか。真面目に答えて損した。俺は立ち上がりスマホ片手に出入口へ向かう。


「どこ行くの?」


「喉乾いたから自販機行くだけだ。お前もなんかいるか?」


「リンゴジュース」


見た目にピッタリすぎるチョイスだ。ここで強炭酸水とかブラックとか言われたらどうしようかと思った。


「了解」


俺は一言そう告げると部室のすぐ近くの自販機に足を運んだ。

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