3章創造界

12話 帰還

タヌキの子が踊っている。

くるくると舞っている。そして高らかに唄うように赤乃に話しかける。


「きみもそろそろ現世に戻るときがやってきたんだよ」


 赤乃はうんとうなずくと、

「そろそろだなとは思っていたんだよ。自分に作れる最高の芸術作品を作りたい」

 タヌキの子の眼をまっすぐに見つめる。タヌキの子の眼はきらきらと夜空にきらめく星屑のように瞬いていた。

「きみの生きてきた人生、いろいろと考えるところもあったと思う。病気に掛かったこととか、お金のこととか、生まれのこととか、本当にいろいろと。この世は平等か不平等か? まあすべては今となっては幻だよ。最後になるけどきみは何を作りたい?」

「作りたいものはもう決まってるよ。それはね・・・・・・」


 タヌキはしーと人差し指を口に当てる。

「それは楽しみに取っておくよ。その思いすべて芸術にぶつけな!!」

「うん、分かった!」

 タヌキの子が消えていく。世界が消えていく。タヌキが叫ぶ。

「相棒。一緒に大きい花火打ち上げよう!」

 相棒。悪くない響きだ。

「タヌキ、僕のこと相棒だと思ってくれるの?」

 タヌキがほんわかする目でにっこり笑うと、

「何年、一緒にいると思ってんだよ」

「ありがとう」

 ぽちゃんと音がすると、タヌキはさっと消えた。そして世界が暗くなった。


う~ん。周りがほんのり明るい。頭ががんがんと痛い。周りが明るくなる。そこは古ぼけた木で四方を囲まれたどっかの座敷だった。

「赤乃! 赤乃!」


 声のしたほうをふり返る。昔いっしょの村にいた材門問屋の主人だった。

「どうして?」

 材木問屋の主人は早口にまくし立てる。

「そんなのこっちが聞きたいね!」

「どういうことですか?」

「きみが道端に倒れていたんだよ。まったく10年間どこに行っていたんだ!」

「10年・・・・・・。そうだ。母ちゃんは?」

「赤乃がどっかに行ってから、すぐに死んだよ」

 主人は声を荒げる。

「まったくどこに行っていたんだ?」

 母ちゃんが死んだ・・・・・・。赤乃はそのままふらふらと歩きまわった。すぐに使用人たちがやってきて赤乃を取り押さえる。

「暴れやがって! おとなしくしろ!」

 主人が言う。

「そのまま外に放り出せ!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」


赤乃はされるがままになっていた。頭のなかが真っ白だった。赤乃の周りから黒い木の葉生まれては空に舞って消えていった。


この日は雨だった。屋敷の外に出されると冷気がどっと赤乃の肌を刺す。吸いこむ空気が冷たい。体から体力、精神力が奪われていく。どしゃ。ばしゃ。

放り出された場所は雨でできた冷たい水たまりだった。

「さっさとくたばれよ! アホウ!」

 赤乃の体から黒い木の葉がどんどん噴き出てくる。黒い木の葉たちが空にどんどんと昇っていく。

ふらふらと立ちあがると、そのまま歩きはじめた。かつての赤乃の家があった場所に行った。家は残っていた。しかし、もうそこは廃墟だった。扉を開けるとそこは昔見たまんまの場所だった。しかし、雨漏りがすごかったし、火もなにもないので、冷気がどんどん差し込んでくる。しかもまっ暗だ。でも、雨風をしのげるのには変わりない。服を脱ぎ捨てると、近くにあったワラを引きよせ、ぐうっ、と眠りに入った。


何日眠ったのかは分からない。起きるともう雨など降っていなく外は晴れ晴れとしていた。それにしても頭ががんがんと痛い。腹も減った。のども乾いた。気分はもう最悪だった。体ががたがたと震える。


米粒ほどタヌキが10匹ほど目の前で空を飛んで回っている。

「くるっとまわって あっかんべー」

夢うつつで眠っていると声が聞こえる。

「ほら、麦かゆ作ってきたから食べんさい」

「うん」

 器を受けとってはしを右手にカユをすすりはじめた。


 あつっ!


それでもカユをむさぼり食べる。麦のツブツブを歯でつぶしながら食す。ほのかに甘みがある。つーん、と鼻にくるものがある。

食べ終えるとそのまま横になって丸まって眠った。


 ぐう ぐう。


 いびきが自分でも聞こえる。ぐうぐうぐう、と聞こえる。そのままことっと闇へと落ちていった。

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