11話 土熊の巻 下

 血を吐いてしまい、しばらく赤乃はもうすぐ死ぬんじゃないかとか考えこんでいた。でもやっぱり医者じゃないから詳しいことはわからない。


 先生の元に行く。先生はその時、ほかの人の治療をしていた。

「先生!」

「なんだね、君は、勝手に診察場にきちゃ駄目じゃないか」

「すみません」

 先生はまっ赤な顔をしてこっちを見ないで言う。

「ちょっと待っていて」

 それからしばらく部屋の外で待っていた。しばらくしてさきほどの患者が出てきた。それからもずいぶん外で待っていた。


「入りなさい」


 先生と相対す。

「先生!」

「なんだね!」

「僕の病名は何ですか?」

「まだ分からない」

「じゃあ言い方を変えます。僕の寿命はあと何年ぐらいですか」

 先生は口を、への字にして顔をまっ赤にして腕を組んで黙りこくっている。赤乃はたとえ話をする。


「昔、あるおばあさんが近くに住んでいて、結核にかかったところ、そのまま死んでしまいました。おばあさんが常々言っていたことがあります。なんだか分かりますか?」

「なんだね!」

「余命を知りたい。余命があと何年か知りたい。そうしたら、最後の力を振り絞って自伝的小説を書きたいと言っていました。それが叶わず亡くなってしまいました」

「自伝的小説とは何かね!」

「創作がだいぶ混じった自伝のことです。創作が混じっているから自伝と言えないので自伝のような小説、それが自伝的小説です」

「それがどうした!」

「僕もそうです! 余命があと何年か知りたい。そうしたら最後の力を振り絞って自分が作れる最高の芸術作品を作りたいのです!」


先生はバンと机を叩くとこう言い放った。

「あと3年ぐらいだ。これでいいだろう! もういいからここから出ていけ!」

 先生の剣幕にびっくりして部屋を飛び出した。

それから2日ほど布団の中でとろとろと眠り続けていた。起きると目の周りが濡れていた。泣きながら眠っていたのか。

ある日、

「ちょっとそこまで行こう」

 と土熊先生に誘われる。


 そこはでっかいお屋敷だった。先生は取り次ぎを頼む。部屋に行くと、中には年老いたおじいさんがちょこんと座っていた。

「その子が例の子どもですか」

「そうです」

「まあお座りになってください。今お茶を立てますから」


 しばらくお茶を一緒に飲んでいると、

「さあ、ちょっと行きますか。着いてきてください」

 土熊先生がお辞儀して立ちあがる。赤乃はあとから付いていく。着いた先は土蔵だった。おじいさんが語る。

「娘は狐憑きにかかってしまいました。ここはいわゆる子どもを閉じこめていた座敷牢でした」


 座敷牢とは部屋に障がい者などを閉じ込めておく私的部屋のことを言う。また、狐憑きとは現代のところでいう、統合失調症のことを指す。統合失調症とは、現代医学でもまだ解明できてはいないが、主な症状としては現実にはないものを見たり聞いたりすることがある。また、そのほかの症状としてはとっさの判断ができなくなったりすることもある。


 狐憑きの娘の住んでいた座敷牢、中には何千枚もの絵がところ狭し、と並んでいた。

「娘は言いました。『わしゃ狐憑きになっても絵を描くのを止められん』といって絵を死ぬまで描き続けました。人間らしい楽しみも知らずにただひたすら絵を描き続けました。私は娘の生き様に心を打たれました。全ての狐憑きの方々を理解出来はしないけど、生きろよと共感することはできるようになりました。一段落したら僧侶となって全国を行脚し、娘の魂を供養するつもりです」

 そういっておじいさんはさびしそうにほほえんだ。


 帰り道、先生はふっとつぶやく。

「病気にかかった、いじめられた。お金がない。それに生まれとかもな。この世にはさまざまな不幸がある。この世は不公平だ。平等なんかじゃない。でもな、だからこそ芸術を残せば良いじゃないか。お前を見て、そういった志の奴がいたことを思い出して、な。ちょっと紹介しておきたかったんだ」


 先生は道端に生えている木々に止まっている、ちゅんちゅん、と鳴いているスズメを腕組みしながら大きな童のような眼で眺めている。


昔、アホウの子と言われ続けて馬鹿にされてきた。悔しい。アホウの子でもすさまじい芸術を残せることを証明したい。このまま死んでいくのは嫌だ。

「風造さま! 風造さま!」

 心の中で叫ぶ。幻刀、風造が姿を現す。風造で親指に傷をつける。ぽたぽたと血が滴る。風造に血を吸わせる。そして語りかける。

「風造さま、どうか僕のわがままに付き合ってくれないでしょうか。アホウの子でも芸術を作れることを証明したいです。後のアホウと呼ばれる子やその親たちに希望の灯火となる芸術を作りたいです。そして自分自身のためにも。生きてきた人生に納得がしたいです。だからどうかどうか力を貸してください」


 すると風造が光り輝く。

「そなたの覚悟しかと受け止めた」

 風造がさらに、

「ならば作れ。そなただけの最高傑作を。一流とか三流とかどうでもいい。お前だけの芸術を魂で描いてみせろ」

風造を抱きしめる。心の底から、

「本当にありがとう」

 思わず、ふえ~ん、と泣いてしまった。


まきを貰い、仏を彫りはじめた。今は祈りしかない。そして2年後、仏ができあがる。

 仏を残して、朝そっと出て行く。


「ありがとうございました。最後の最後まで生きて、生きて、生き抜きます」と書き置きを残して。

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