8話 水雪龍の巻 上
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江戸時代から続くある庄屋の家に代々秘伝の彫刻があったそうな。それは代々これだけは手放すなと書き置きにて残されていた。それは吠える水龍であった。作者は不詳。それは不思議な一品であった。見れば一点が張り詰めて雪がふきすさぶかのように夢か幻かのごとく時が止まってしまうという伝説からつけられたその名は、
”無銘無刻夢幻コンニャク水雪龍””(むめいむこくむげんこんにゃくすいせつりゅう)”
であった。
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「早く隣町の伝介さんのところまでお使いに行ってきなさい」
「わかりました」
赤乃でもわからないうちに今度はいつの間にかある庄屋で丁稚奉公をしていることになっていた。でもたしかに生活費がないから丁稚奉公するしかないのである。赤乃は先輩の丁稚坊主にちょこちょことついて歩いていく。
「伝介さんのところに何しに行くんですか?」
「コンニャクを買いに行くんだよ」
「へええ」
それしかことばが出なかった。
伝介さんのところに行きコンニャクを買う。
「いつもコンニャク買ってくれてありがとう」
とくしゃくしゃの笑顔で言ってくれた。先輩が、
「へえ」
とかこれまた、えへへ、と笑いながら返事をしていた。戻ってくる途中、先輩が「愛想笑い疲れた」とかつぶやいていた。そして心底ため息をついていた。今の愛想笑いなんだ。人間そんなもんなんだなと心の中の雑記帳にメモをしていた。帰ってきたら主人が
「これで飴でも買いなさい」
とお駄賃をくれた。
それから、番頭と一緒に店番をした。途中、厠に行くと、ぽんと音がして目の前に半透明の姿のイタチが現れた。
「僕も忘れないでね」
赤乃はしばらくぽかんとしていたが、もしかして風造様? 勇気をだして声に出す。
「風造様?」
「そうだよ。きみが念じれば小刀が現れるから。小刀はきみの魂の一部を使って錬成して作られているから。あときみが芸術を作るときのみ僕は幻刀になるから」
「ずいぶん口調とか変わったね」
「もともと素はこんなもんだよ」
「ふーん」
そのとき、扉の外で声がした。
「早く、トイレ、済ませねえか。こっちは忙しいんだ」
赤乃が叫ぶ。
「すみませんでした。すぐでます」
いたちのほうに向きなおると、
「会えてうれしいよ。それじゃあ行くね」
「うん。覚えておいてね。念じれば僕が現れること」
お小遣いを貯めておいてそのお金で小さな木切れを買った。そうして、合間、合間に風造様を呼出し、タヌキを彫っていた。
ある日のことである。赤乃は配膳当番だった。自分が食べるのではない。主人が食べるのである。この日の夕食はコンニャクとごぼうの煮しめと味噌汁、それに玄米だった。コンニャクのごぼうの煮しめは赤乃にとってぜいたく品に見えた。ふいに先輩がひょいとコンニャクをつまむと口に入れた。そして、
「お前も食ってみろ。うまいぞ」
「えっ! いいんですか?」
先輩は、へへへ、と笑う。
「どうせばれやしないよ」
「本当ですか?」
今度はごぼうをひょいと口に入れた。
「うまいうまい」
赤乃はおそるおそる小鉢の中に手を入れる。コンニャクの煮しめを一つ手に取り、口に入れる。口の中に、じわーっ、と唐辛子のからみとか塩味とかのうまみが広がる。
それからはもうだめだった。二人でコンニャクとごぼうをぱくぱくと食べまくる。そしていつの間にか小鉢が空になってしまった。先輩はそれじゃあどこかに行こうとしている。赤乃はたまらなくなって、
「先輩、どうするんですか。コンニャクなくなっちゃいましたよ」
先輩は一言。
「お前が全部食ったんだ。俺は止めたよ」
「えっ」
「あとはよろしく」
赤乃はぽつんと一人残された。主人のもとに夕飯をもっていく。
その結果、
「ばかやろー!」
思いきり怒鳴られた。弁解する余地なんて与えられない。確かに赤乃も悪いとは思ったが。何時間も怒られる。しまいには、はしを投げられ、
「お前の頭はコンニャクにも劣るよ」
と罵声を浴びせられた。
それから、赤乃は庄屋のなかでいじめられることになる。
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