7話 風かまいたちの巻 下

 小屋の中に入ると、目の前に白骨化したイタチがあぐらをかいて座っていた。


「ぎゃああああ」


 足が震え、腰から崩れ落ちる。そこへぽんぽんとだれかに肩を叩かれた。

「なにをしているのですか、恐れ多くも風造さまですよ」

 例のイタチが顔をぎゅっとしかめて、赤乃の肩を掴む。

「っていうか、ほ・・・・・・骨! 骨! 骨!」

「いいから、風造様の御目を見つめてください」

「やだやだやだやだ!」

「いいから見なさい」

「やだ!」

 その時、脳内に声が響きわたる。

 

 イイカラミツメヨ

 ソナタノキボウノトモシビヲミセヨ

 ソナタノシンエンノヤミヲミセヨ

 ソナタノスベテヲミセヨ


身体が勝手に動く。そうして、骨イタチの目の前にやってきた。目をのぞく。目は赤く黒く輝いていた。ヒュンと音がしたと思うと、気が遠くなっていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


赤乃はいつしか赤ん坊になっていた。母親のおっぱいからミルクを飲んでいる。

「早く大きくなりなちゃいよ」

 部屋の中に乳のにおいがむせかえるように充満している。

それからハイハイが出来るようになり、ことばがしゃべられるようになった。

父親と母親が地主様の田んぼで稲を植えているときはちかくの木陰で父親が木を彫って作ってくれた動物のお人形で遊んでいた。そうしたなかでいろいろな物語を作って遊んでいた。母の作ってくれたおにぎりをぱくついていた。

家にいつもいるばっさまからは昔話をたくさん聞いた。桃から生まれた子どもが鬼ヶ島というところにいる鬼を退治する話である桃太郎、熊や山の動物たちと相撲をとって成長した子どもが、酒呑童子となるものを退治する話を描いた金太郎などである。


 赤乃はいつしか自身の物語の一部を小説にしたり絵画にしたり、彫刻にしたりしていた。 飢饉が来て、母親と父親が亡くなり、ばっさまが亡くなった。天涯孤独になった。


 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏


 赤乃は念仏を唱えつづけた。それでも孤独は埋まらない。さみしすぎるあまりまた、創作を作り始めた。心に穴が空き冷たい風が吹き続ける。その穴を埋めるように創作物を作り続ける。

中年になっても結婚をせず、昼間は田んぼで稲を植え、畑をたがやす。そうして書物を書き、水墨画を描き、彫刻を作る。周りの物わかりのよいおとな達からはアホウアホウと陰口をたたかれる。それでも創作物を作り続けた。

ある日、村に山賊がやってきた。村娘たちを強姦し、村の男衆を殺し田畑を荒らした。その山賊が、赤乃の家にもやってきた。



赤乃はこのときには、もう歩けなくなっていた。部屋には異臭が漂っている。

「おら、さっさと財宝よこせ」

 山賊が押し入ってくる。山賊は赤乃のぎょろりとした血走った目を見て、

「こいつ気がおかしいぜ。近づくな。何されるかわからんぜ。それよりも女だ」

 とどこかに行ってしまった。そして、村に人がいなくなった。


 赤乃はそれでも創作を続ける。

 そしてとうとう動けなくなった。

 頭のなかに幼少期からの記憶がめぐる。父が作ってくれた木彫りの動物。そして母親の作ってくれたおにぎり。目から涙があふれでる。

いつしか目の前にタヌキがいた。タヌキは話す。


「きみの人生はこれでおしまい。どう。きみは社会に認められなかったんだ。どうだい気持は」


 赤乃は目をつむる。

「そうさな。たしかに社会に認められなかったね」

 たぬきは目をまっさらにして赤乃を見つめる。

「でも・・・・・・」

「芸術が出来て本当に幸せだった」

 赤乃は思いきり泣く。両目から涙がどんどんあふれ出る。

「幸せだった」

「認められなくてもかい」

「うん」

 たぬきはそうかいとつぶやくと、まあせいぜい頑張りなと言って消えていった。

 そうして命の灯火が消えた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 声が聞こえる。

「お前には風の歌が聞こえるか?」

「お前には風の魂を感じ取れるか?」

風が唄っている。地響きのように。それは歌のようにも聞こえた。

「わからないよ。ただ感じるよ。風が唄っているようにかんじる」

 風の歌声が一層響きわたる。

アーアーアー

 アーアーアー

と合唱している。風が唄う。


「お前に我を託す」


いつの間にか、何人ものいたち達が目の前に立っていた。もう一度、


「お前に我を託す」


 いたち達が赤乃に一度おじぎをして、向きなおり骨のいたちの中に飛びこんでいく。

いたちたちの姿は消え、一振りの小刀になる。小刀が空に浮かびあがる。輝いている。

「我が名は幻刀、風造(かぜつくり)。我は魂をになう風刀。この小刀を用いて、そなたの覚悟見せてみせよ。作って見せよ。芸術を。そなただけの最高傑作を。アホウ者よ」


赤乃は浮かんでいる小刀を手に取る。胸の上に小刀を重ねる。

「ありがとう。頑張るよ。頑張って自分だけの最高傑作を作るよ」


目の前がどんどん暗くなっていった。意識が落ちていく。

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