6話 風かまいたちの巻 上

 次に訪れたところは雪がしんしんと降り積もっているどこかの村だった。ただし景色が絵の具で混ぜたように、ぐにゃり、ぐにゃり、と曲がりくねっていた。色も紫色の雪や真黄色の家、ぎらぎらときらめく緑色の井戸などどこからどうみてもおかしかった。



「ちょっとそこじゃまじゃないの。どきなさい」



茶色い毛並みにきょとんとした顔長いからだに長い尻尾。イタチである。イタチがしゃべっている。イタチがしゃべる声はけっこう甲高い。よく見ると、棒を担ぎ、両端に水の入った桶を釣るし、バランスをとってはこんでいる。

「おっとっと。おっとっと」

 そこへこれまた50センチくらいの小さなイタチがちょこちょことやってきた。そして赤乃の前にくると、ちんまくお辞儀をする。

「お待ちしておりました。赤乃様。ようこそ、カマイタチの里へ」

「へっ、カマイタチの里ってどういうこと。さっきまでお堂にいたのに」

「ここはあなたの精神の中です。あなたは精神の中を旅しているのです。すべてはおタヌキさまのままに。まあつまりそういうことです」


 よく分かったような、分からないような、そんな感じだった。イタチは続ける。

「まあ、ここは何ですから。ささっ、行きましょう。長老、風造(かぜつくり)様がお待ちです」


 ちらちらと舞い落ちる粉雪のなか二人は静かに歩く。草木に天から雪が落ち何センチか積もっている。でも白銀一色ではない。紫色や緑色、黄色など原色がぎらぎらと輝いている。


赤乃はびくびくとしていた。いろんなことを考えてしまう。まず思うのはここどこだろう、ということだった。こんな変な場所、現世ではない? それとも世の中けっこう広いから? あとここの住人、人間じゃないみたいだけど取って食われやしないかな?



 肌に冷たい雪があたってけっこう寒く感じる。

「すみません」

「はい? なんでしょう?」

「もしかして、僕食べられるとかないですよね」

 イタチはきょとんとした顔、びっくりしたように目を見開く。

「へっ? 食べる? 何で?」

 赤乃は目を右に左に泳がせる。

「だって、その・・・・・・人間じゃないし」

 イタチは、ははっ、と笑った。

「そんなことはしませんよ。たぶん・・・・・・」

イタチはたばこを取り出すと、石で火花を出し、ふうっ、と吸い始めた。そして、

「ところであなたは何のために芸術をつくっているのですか?」

 赤乃は考える。いじめっ子たちに一矢を報いるため? 母親に復讐するため?

「いろいろあります。昔、いじめられていたんですけど、このまま人生終わって、いじめっ子たちにやっぱりあいつ無能でアホウだったなって言われたくないんです。くやしいから」



 母親のことは伏せた。

川で何人かの子どもたちが遊んでいる。木の棒を片手にして天に掲げて走りまわっている。そのようすを見ながら、

「平和ですね」

 イタチは木の棒を拾うと、いろいろといじくっている。しばらくして、

「何かいいたいことがあるのですか?」

 赤乃は目を伏せると、

「ああいう風に、子どもたちがまっすぐな目をして無邪気に遊んでいる姿を見るとどす黒い気持が沸いてきます」

「へえ」

「昔、すごくいじめられてきたので、幸せな人をみると、気持がざわめくのです」

「そうなんですか」


 その時、赤乃から黒い霧が、ぶわっ、と吹き出した。黒い霧はすぐさま木の葉となって舞う。

「この黒い霧は?」

「あなたの怨む心、憎む心などの闇の部分の心です」

 その時、心にいじめられたことの憎悪とかの気持が増幅して将来たたり神になってしまうのではないかとふっと思い気持が沈んだ。


「まあ、その部分も含めて風造様は見通します。さあ、着きました。ここです」

 ある古ぼけたワラブキの一軒家に着いた。イタチはさっと中に入り、そのあとに出てきて、一言。

「中にお入りなさい」

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