4話 狸憑き(たぬきつき)につき候。

 猫を作ることは決めたが、どんな猫を作るのかはまだ決めていなかった。


 すずりに水を入れ、墨をする。しばらくすると、水が真っ黒くなり墨汁ができあがった。いくつも案を出し、少しずつイメージと紙の上に描いた絵とをすりあわせていく。


 きょとんとした顔の狸みたいなドラ猫ができあがった。

「ふふっ」

 思わず笑ってしまう。これしよう。板に絵を描いていく。その間も仕事がある。仕事の合間に少しずつ創作活動をしていく。

 板に描いた絵に沿って小刀で削っていく。 狸猫がしゃべりかけてくる。


 クルットマワッテ

 クルットマワッテ

 クルットクルットパー

 クルットクルットパー

 キミハアホウダ

 キミハアホウダ

 キミハナンダ

 ボクハナニモノナンダ


 狸の子が座って飯を食っている。ごはんを食べながら自分の赤乃の作っている狸猫を手にとって眺めている。狸がつぶやく。

「まだまだだな」

狸が残像として目の前に座るようになった。赤乃は狸と対話するようになった。


ざく、ざく、ざく。

 ざく、ざく、ざく。


「魂を込めるには、自分の魂を込めるしかない」

「うまいかどうかではなく、その創作物にどれだけ魂を込められたかどうかだ」

「うん。そうだね」


いつの間にか、透明な狸の子が常に赤乃の側にいるようになった。

「うん、うん、うまいよ、うまいよ」

 赤乃も、へへっ、て、笑いながら答える。

「そう、うまい?」

 常に見えない物が見え少しずつ疲れていった。いつもの通り、狸の子と話していると、天介さんに話しかけられた。

「おまえ、いつも誰と話しているんだ?」


 赤乃は虚空を見つめながら答える。

「何言っているの? 目の前にいるじゃん。狸の子が」

 天介さんは後ずさりながら、

「何もいないよ。お前大丈夫か?」

 狸の子はにたりにたりと笑う。

「ぼくは幻の世界に住んでいるからね。普通の人には見えないんだよ」


 その日から常の脳の中に声が聞こえるようになった。

 目の前で狸があっちらこっちらと踊り、猫が火をふきながら飛んでいる。脳の中には声が響きわたる。


 チカラガホシイカ ボウズ

 チカラガホシイカ ボウズ

 ナラバクワセロ オマエノタマシイ

 サスレバヤロウ ソウサクカノタネ

 イッシュンノセンコウハナビ

 イッシュンノセンコウハナビノタメニ

 ソナタハソナタノタマシイヲサシダセルカ


 赤乃は布団から身体を起こせなくなった。ずっと考えている。どうして僕は創作をしたいのか? なんで創作しかしないの?

 その時、母親の笑顔が浮かぶ。

「赤乃、飯出来たよ。一緒に食べよう」

「今日は久しぶりに魚採りに行こう」

「どうだい。いい具合に猫彫れたかい」

「うん。どうだい! うまく彫れただろう」

 母親はあっはっはと笑うと、

「そう言っているあいだはまだまだ! 精進しな!」

母親とのいい思い出が走馬燈のようにかけめぐる。

「おっかあ・・・・・・」

 その時、母親の交合している姿が目に浮かんだ。

「おえっ!」


 目の前が真っ赤になる。小刀の刃の部分を片手で掴む。ずきんっ!

そうだ、僕には創作しかないんだ。おっかあを見返したい。見返さなければならないんだ。叫ぶ。

「狸! 出てこい! 狸! 僕は魂でも何でもくれてやる。だから僕にタネというものやらをよこせ。よこしやがれ!」

 狸の子はいつの間にか目の前にいた。


 ソウカ! ナラバクレテヤル!

 オマエノタマシイヲヨコセ!

 オマエノタマシイヲクワセロ!


 狸の子がまっ赤な大きな口を開けて赤乃を飲みこんだ。

 意識が、ぷつり、と途切れた・・・・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る