第6話 始動
やはりそうか。
星埜の推測は、加連の中にするりと入り込んだ。驚愕と感動が同時に押し寄せ、全身に鳥肌が立つのを抑えられなかった。
リビングが静まりかえっている。加連以外は、星埜の発言をどう受け止めればよいのか決めあぐねている。沈黙しているのは、必死に頭の中を整理しているからだ。
「それ、本気で言ってる?」
戸惑いながらも完全には否定できない様子で質したのは、ショートカットの女性だ。勝ち気そうな目が揺らいでいる。
「本気ですとも。ええと……あ、僕は星埜といいます」
「
彼女は畔蒜というのか。加連は密かに思った。プレートには
「そうです。面接の時に卯月さんが言ってませんでしたか? 現実と区別がつかないくらい、リアルな仮想空間を創り出したと」
「たしかに言ってたけど……」
畔蒜は全員を順番に見渡した。どう思う? と意見を聞きたいのだろう。
「仮想空間にしては、現実味があり過ぎるよね。今いる屋敷もそうだけど、海や砂浜は間違いなく本物だと思ったし。だからこそ、どうしようって困ってるわけなんだから……」
やや否定的な意見をしたのは納江だ。みんなが集まったので、少し気持ちが落ち着いたようだ。仕草に余裕が感じられた。
「それですよ」
星埜はよくぞ言ってくれたと、指を鳴らした。
「それこそ、リブルティアが求めていた反応なんです。現実と認識してしまうほどの仮想空間において、放り込まれた人間がどのように受け止めるか。どんな行動するかを知る。皆さんの驚きや疑いも、テストの一部なんです。今頃、現実では我々の反応を見て、ほくそ笑んでるに違いないんだ」
「マジですか……」
七尾が呆けて呟いた。感動にうち震え、敢えて感情を殺しているようにも見えた。
「だとしたら、すげえな。ここにいる間はなにしたっていいってことだろ。好きに過ごして金が貰えるから、最高じゃねえか」
保積はもう受け入れたようだ。先の心配に時間と精神を費やすなら、今を楽しむべきと考えている軽率なノリだ。
「にわかには信じられない……。これが仮想空間?」
畔蒜は自分の腕を擦った。
加連も同様の思いだった。星埜に言われる前からもしかしたらとの予想はしていた。だが、思考と感情は別だ。認めてはいるのに、拒絶したい嫌悪感が胃の辺りを刺激する。
神谷と目が合った。こちらの胸が締めつけられるような頼りない目だ。
「明莉ちゃんはどう思う?」
加連は思わず意見を求めた。言ってから、まだ子供と呼べる神谷に訊くのは軽はずみだったかと後悔した。
「私は……私も、信じられません」
全員が揃って、洞窟で迷ってしまったかのような戸惑いに覆われた。進むべき方向を決める者が必要となった。
「……日暮れまで、まだ時間があります」
全員の注目が星埜に集まった。控えめではあるが、要所要所で指針となる発言をする彼は、早くも集団の中心になりつつあった。
「設定された期間は七日です。その七日間を快適に過ごすためにも、ここがどういった場所なのか知っておく必要があると思うのですが」
「島を探索するってこと?」
畔蒜が質すと、星埜は片方の眉を上げた。
「なぜ、ここが島だと? 砂浜から屋敷までしか歩いていないのに」
「それは……だって、島じゃないの? そんな感じでしょ」
「私もそんな感じがした。沖縄とか小笠原とかを思い浮かべたもん」
女同士で協力し合おうという腹ではないだろうが、納江が畔蒜を後押しした。
「では、ここが陸地なのか島なのかの確認から始めましょうか。西の方に一時間ほどで登れそうな山がありましたから、これから出れば、ちょうど日没くらいに帰ってこられるでしょう」
「全員で行くんですか?」
七尾が唇を尖らせた。彼の体重が平均のそれを大きく上回っているのは、見た目だけで充分伝わる。加連は屋敷までの重たさを肩に甦らせた。ゲームが得意と言うくらいだから、あまり運動はせずに部屋で過ごすことが多いと推察できた。
「いいえ。七尾さんは結構ですよ」
星埜は、柔和な笑みを浮かべた。七尾はあからさまに安堵のため息を漏らす。
「山には言い出しっぺの僕が登ります。できれば、どなたか一緒に来てほしいのですが……」
加連は手を挙げた。
「俺が行く」
可蓮は、このメンバーの中で星埜がもっとも頼れると判断した。行動を共にすることで少しでも打ち解けておきたい計算もあるが、自分の目でこの世界がどうなっているのか確認したい気持ちがあった。
「私も行っていいですか?」
意外にも神谷が立候補した。しかし、星埜はやんわりと断った。
「申し訳ない。男だけの方が動きやすいんです。その代わりと言ってはなんですが、神谷さんには七尾さんと一緒に屋敷の周辺を見てほしいのです」
「周囲って、林とか?」
「はい。散歩のついで程度で構いませんので、屋敷の周りをぐるっと。七尾さん、お願いできますか?」
指名された七尾は、少し間を置いたが断りはしなかった。
「それくらいなら……」
数秒だけの沈黙が、神谷と一緒ならと勘定していたのだと透けて見えたが、わざわざ口にする者はいなかった。
「納江さんと畔蒜さんは、屋敷の中を見てもらっていいですか?」
「そうね。食料とか電気とか、生活に困らないかチェックしとく。ねっ」
「そ、そうよね。大事なことだわ」
男よりも女同士の方がすぐに打ち解けるというが、本当のようだ。二人の間に仲間意識が芽生えつつあるのが感じられた。
「保積さんは……」
星埜の発言を遮って、保積はリビングから出ていこうとした。
「俺は部屋でくつろいでるぜ。おまえ、いつからリーダーになったんだよ」
挑発的な物言いの直撃を受けたのは、星埜ではなく加連だった。みんなが協力して生活しなければならなかった養護施設で育った彼からしてみれば、保積の身勝手な態度は信じられなかった。
「そんなつもりは毛頭ありませんが、ここがどういった場所なのか知っておかなければ……」
星埜は困り顔で、それでも静かな反論をした。
「第一、リブルティアからは好きなように過ごせって言われてるんだぜ。だったら、好きにさせてもらうさ」
保積はメッセージが記された紙を掌で叩いた。
「しかし、なにも調査しないというのも……」
「どうせ現実じゃないんだろ? おまえ、さっきそう言ったよな。七日間過ごせってんなら、過ごせるだけの用意はしてるはずだ。調査なんか意味ねえよ」
保積は星埜の制止を振り切って、リビングを出ていった。
「ちゃんと自分の部屋で休んでくださいよっ」
七尾が保積の背中に注意したが、彼は振り返りもせずにさっさと階段を上がっていった。
「なんてやつだ」
加連の呟きが波及効果を生み、保積に対する譏りが次々と出てきた。
「どこにでもいるよ。ああいう自己チューなのは。あんなの放っといて、私たちは私たちの仕事をしましょ」
「前の上司を思い出しちゃった。荒っぽい男ってほんとムカつくんだから。本人はワイルドを気取ってるんだろうけど、ただイキがってるようにしか思われないのに。畔蒜さん、奥から見ていきましょうか。バーラウンジみたいな部屋があったよ」
「夢奈でいいよ。私の方も美緒って呼んでいい?」
「うん。じゃあ明莉ちゃん、あとでね」
保積への不満が、二人の結束を強くしたみたいだ。おしゃべりと愚痴を織り交ぜながら、揃ってリビングから出ていった。
「それでは、我々も行きましようか」
保積の非礼に対して、星埜は内心はどうあれ淡々とした態度を崩さなかった。口角を少しだけ上げて、微笑んでいた。
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