第15話 初めてのショッピングモール

「ふんふんふ~ん」


 夕食が終わり、食器を食洗機に入れるのだが、これはエルヴィラが担当するようで、よくわからない鼻歌を歌いながら作業をしている。

 とはいえ、視覚的に変化のない食洗機には飽きたのか、今回はもう観察をしないらしい。


「お風呂の用意はできてるから、アナさんたちが先に入ってね。――あっ!」


「リオくん、どしたです?」


 今回は着替えのことに気付いた羅王だが、気付いたところでその着替え自体がないことにも気付いた。


「昨日のうちに、通販で着替えを買っておくべきだった……」


 すっかり便利な世界になったことで、翌日配送なるものがある。

 昨日注文しておけば、今日には用意できていたのだが、まだ借金問題が解決していなかった昨日は、そこまで気が回っていなかったのだ。


「仕方ない、昨日着てもらったのを今日も着てもらおう」


 今日のアナスタシアとエルヴィラは、異世界の服を着て一日を過ごしていた。

 だが昨日着てもらった服は、今朝の着替えのついでに洗濯機に入れてもらっており、洗濯と乾燥が済んでいる。

 相変わらず洗濯機に入ったままだが……。


「アナさん、洗濯機に昨日着てもらった服が入ったままだから、今着てる服と入れ替えて、風呂から上がったらまたそれを着てくれる?」


「あ~、わかるしたです」


 昨日のようにドタバタすることはなかったが、大問題に直面した羅王はいそいで自室に向かった。


「うっ、女性モノの服ってサイズがよくわからん。そもそもアナさんとエルヴィラの身長って、どんなもんだったっけ?」


 身長が百九十ある羅王からすると、二人は小さいといったイメージしかない。


「取り敢えず上に着る物は後回しにして、下着を先に用意するか……って、下着こそカップやらなんやら細かい数字が必要じゃねーか!」


 重要なことに気付いた羅王は、風呂上がりの二人のサイズを測ろうと考えるも、それはセクハラではないかと考え至る。


「どーすんだよ……」


 八方塞がりの現状に気づいた羅王は、そっと通販サイトのページを閉じる。

 そして現実逃避とばかりに体をなげうち、部屋でゴロゴロするのであった。



 ◇ ◇ ◇



「アナさん、店の場所を確認してくるから、少しだけここで待っててね。それから、戻ってきたら俺がドアを開けるから、絶対にドアを開けないでね」


 朝から勉強していた異世界母娘との昼食を済ませ、二人を車に乗せてショッピングモールにきたのだが、駐車所についた羅王はアナスタシアにそう伝えた。


 本来なら二人を敷地外に出すにしても、もうしばらく先のつもりでいた羅王。

 本日の買い出しも二人には留守番をさせ、彼は単独行動するつもりでいた。

 しかし、服を買うとなるとそうはいかない。


 昨夜のやり取りだが――


「お店で服、体に合わせるする。お金あるの人、お店の人、測るして作るします」


 サイズがわからないから服が買えない、そう羅王が伝えると、アナスタシアからそんな答えが返ってきた。

 その返答で、店に直接連れていけばいいのか、と羅王も思い至る。――が、彼自身、まだ街のどこに何があるか理解できていない。

 だと言うのに、異世界人の二人を連れて出かけるのには戸惑ってしまう。

 しかも、万が一職質などされたらどうのしようもない。


 羅王は踏ん切りがつかず、無意識のうちにう~んと唸っていた。

 そんな彼を見て、アナスタシアが声を上げる。


「リオくん、わたし頑張るします。リオくん、大丈夫」


 羅王が苦悶する姿をアナスタシアがどう感じたのか不明だが、彼女は自分が頑張るから大丈夫だと言い、励ましてきたのだ。

 その言葉に気持ちが軽くなった彼は、知らない街で下手にうろつくより、ショッピングモールなら一箇所で買い物が済ませられ、職質の心配もないのでは、と思い至り、二人を連れて買い物に行くことを決意した。


 そしてアナスタシアとあれこれ打ち合わせをし、ショッピングモールにやってきたのだ。


 ちなみに二人とも、車内で大はしゃぎだったのは言うまでもない。



 いざやってきたショッピングモール。

 羅王はどのような店舗が入っているかわかっていない。

 なので案内図を食い入るように見ていたのだが――


「おー、ウニシロがあるのか。ここならインナーとアウターの両方が買えるな」


 まかり間違っても女性の下着専門店などに入りたくなかった羅王は、着る物ならなんでも揃うであろう有名店を発見し、行くならここしかないと思った。


「アナさん、お店見つけたよ」


「リオくん、ビクリしたです」


 車に戻ってドアを開け、なんの配慮もなしに羅王が話しかけると、アナスタシアとエルヴィラは、二人してビクっと体を強張らせていた。


「あっ、驚かせてごめんね」


「大丈夫、です」


 取り敢えず二人を落ち着かせると、アナスタシアに念押しする。


「日本語がほとんどわかってないフリしてね。大丈夫?」


「はい」


 下手に会話をして、「どこの国からきたの?」などと質問されては困るのだ。

 なので、羅王以外の人との会話は控えるように決めていた。


 そしていよいよ目的の店に入る。

 普段なら自分から店員に話しかけることは絶対にしないのだが、今回に限っては店員を頼る他ない。

 羅王は二人を連れて店内を軽く徘徊し、巻尺と言うのだろうか、体寸を測るようなアレを首に下げた女性店員に声をかけることにした。


「す、すみません」


 コミュ障ではないと自負する羅王だが、洋服屋で初めて女性店員に声をかけるのに緊張してしまい、軽くどもってしまった。


「はい、何かお探しものですか?」


 ちらりとアナスタシアたちに視線を向けた女性店員だったが、笑顔で羅王に応対してきた。


「彼女たちは兄嫁の家族なんですね。それで共働きの兄夫婦の代わりに、顔見知りの私のところでしばらく預かることになってたんです。それで昨日こちらに着いたのですが、何かの手違いで着替えなどの荷物が届いていないんですよ」


 必要以上の説明だが、途中で要らない質問をされるより、最初からわざとらしいくらい説明しておき、以後に余計な質問をされないよう先手を打つ作戦だ。


「あらあら、それは大変ですね」


「ええ。しかも着てきた服を洗濯してしまって、乾燥機もないので何も着るものがなくなってしまい。取り敢えず私の服を着てもらってるんです」


 現在アナスタシアとエルヴィラは、羅王のダボダボのパーカーとハーフパンツという明らかにおかしな格好だ。

 なので苦しい言い訳だが、仕方なく羅王の服を着ているのだと説明をした。


「それに荷物もいつ届くかわからないので、当面着れる物を確保したく思ったのですよ」


「なるほど」


「それでですね、当然ながら私は彼女たちのサイズを知らないですし、彼女たちはほとんど日本語を理解していないので、採寸していただいてインナーとアウターを揃えてほしいのです。お手数をおかけしてしまいますが、可能でしょうか?」


「もちろん可能です」


 平日の中途半端な時間ということもあり、店内は込み合っていない。

 なので店員も暇……かどうか不明だが、問題ないような口ぶりで答えてくれた。


「一応彼女たちの好みもあるでしょうから、採寸した後にそれぞれのコーナーに連れて行って、選ばせてあげてくれません? ゼスチャーである程度コミュニケーションは取れるので、選んだ物のサイズが合わなければ指でバツを作ったりしてくれれば、彼女たちは理解できると思うので」


「なるほど。わかりました。――そうしましたら、何組くらいご用意いたしましょう?」


「あー」


 何組必要かなど、羅王は何一つ考えていなかった。


「荷物がいつ届くかわかりませんし、少し多くなりますが私からもプレゼントしたいので、一週間分の七組用意しちゃってください」


「かしこまりました」


「彼女たちに説明しますね」


 店員にそう伝え、羅王はアナスタシアにゼスチャーでやり取りするよう言いつけた。

 それ自体はすぐに了承した彼女だが、七組は多いと申し訳無さそうに言う。

 だが何度も買い物にきたくない羅王は、逆に十組に増やすという意味不明な脅しをかけ、アナスタシアに渋々了承させた。


 その後、アナスタシアとエルヴィラは試着室に入れられ、もう一人女性店員が呼ばれたようで、同時に採寸が行なわれたようだ。

 次にインナーを選ぶようだったので、羅王は少し離れた場所から直視しないようにそわそわと様子を伺う。


 それなりに時間が経過した後、最初にやり取りをした女性店員が羅王に近寄ってきて、小声で話しかけてきた。


「お連れ様のインナーですが、まずは一組だけお会計を済ませていただき、そちらを着用していただく、というのはどうでしょう?」


「なるほど」


 現状、アナスタシアとエルヴィラはノーブラで、下は羅王のボクサーパンツを履いている。

 それを考えると、店員の言葉に納得がいった。


「ではそうしてください」


 取り敢えず、二組のインナーの会計を済ませたのだが、どちらもベージュに近いピンク。

 見てしまってなんだか申し訳ない気になった羅王は、これは仕方のないことだろうと、なぜか心のなかで言い訳をしていた。

 

 その後はアウターを選ぶことになり、羅王も一緒に見て回ることに。

 と言っても、彼は念の為に一緒にいるだけで、自分の服選びはしない。

 そうこうしている間に異世界母娘は何度か試着室に入り、カゴに次々と服が入れられていく。


「さしでがましいと思いますが……」


「何でしょう?」


「ルームウェアなどもご必要ではございませんか?」


「ルームウェア?」


「ああ、寝間着ですとか室内着ですね」


「なるほど」


 女性店員が、そっとそのようなことを告げてきた。

 言われて見れば、二人が選んでいるのは外出着のようなものばかり。

 パジャマや部屋着のようなものなど、室内でくつろぐような衣服は一切選んでいなかった。


「それでしたら、パジャマと部屋着を三組ずつ見繕ってください」


「かしこまりました」


 本当に心配してくれたのか、それともセールストークだったのか、羅王には到底判断しきれなかったが、必要だと感じたので購入を決めた。

 ついでに再びアドバイスされ、靴下七組とスニーカーを一足ずつ購入することに。

 ちなみに二人の靴は、現代的ではない原始的とも思える革靴だったので、今は素足に田舎臭いサンダルであった。


 しばらくして一通り選び終わると会計をし、その最中にすでにレジを通し終わった服を持ち、二人とも試着室で着替えさせてもらっていた。

 試着室から出てきた二人がレジに戻ってくる。

 母娘でデニム地のワンピースでお揃いだ。

 アナスタシアが若く見えることもあり、やはり姉妹のように思えた。


「アナさん、これを選んだ理由は?」


「リオくん、昨日これと同じ、青い服着るしてました。カッコイイでした」


 確かに昨日、羅王は大伯父のお古であるデニム地のツナギを着ていた。

 どうやら二人は、そのイメージが印象に残っているようで、アナスタシアのみならずエルヴィラも同じワンピースを気に入っていたようだ。

 可愛らしい靴下と真新しいスニーカーもマッチしていて、二人ともよく似合っている。


「アナさんもエルヴィラも、すごく似合ってるよ」


 柄にもなく、羅王はそんなことを口走っていた。


「えへへっ」


 アナスタシアはかわいらしい笑顔を浮かべ、彼女から羅王の言葉を伝え聞いたのであろうエルヴィラも、母によく似た笑顔を浮かべている。

 本当によく似た母娘だ。


 姉妹にも見える美人母娘をながめ、羅王はほがらかな気持ちになっていた。

 だが、二人から手渡された紙を見た彼の顔が、急激に顔が赤くなっていく。


「EとかFって、やっぱアレだよな……」


 本来なら知るはずのない情報が書き込まれた紙を見て、羅王は慌ててその紙をポケットにしまい、荷物を持ってそそくさと店を後にするのであった。

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