第14話 異世界母娘との新生活
「リオくん、助けるしてくれて、ありがとう」
「リオ様、あり、がと」
古民家に戻り、異世界母娘に手洗いとうがいをさせてから居間で待っててもらい、ペットボトルの紅茶を持った羅王が居間に入ると、アナスタシアとエルヴィラがお礼を言ってきた。
「お礼なら何度も言われたから、もういいよ」
アナスタシアの父がやっていた商会から古民家に戻るまで、アナスタシアは何度も謝ってきた。
羅王は気にしていないのだが、彼女は大伯父のプラチナコインを手放させてしまったことを本当に申し訳ないと思っているらい。
だが本当に気にしていないと羅王からすると、何度も謝ってくるアナスタシアの暗い表情を見ることのほうが辛く、むしろ気が重くなってしまう。
なので、だったら謝罪ではなく感謝してほしいと伝えたところ、今度は何度もありがとうを繰り返してくるようになっていた。
しかもエルヴィラまで一緒に。
「それより、これからのことを話そうよ」
取り敢えず借金問題は片付いた。
であれば、終わったことに謝罪や感謝を述べるより、これからの明るい未来について考えるほうがよほど建設的だ。
「わたし、エルヴィラ、働くして、お金貯めるします。頑張るして、リオくんにお金、返すします」
「別に返さなくてもいいよ。何度も言ったけど、プラチナコインはじいちゃんの物だったし、俺はお金に困ってないから本当に大丈夫」
「でも……」
「働くとかはゆっくり考えることにして、生活は日本でするでしょ?」
アナスタシアの父の商会――今はアナスタシア名義の商会兼居住地――は、ざっくりだが中を見せてもらっている。
しかし本当に最低限の物しかなく、言い方は悪いが、”
それに昨日、真偽が不明な借用書を持った者が現れ、アナスタシアが連れ去られそうになった件もある。
諸々を考えると、異世界母娘は日本に住むのが望ましいのだ。
「リオくん、困るしない?」
「困るどころか、一緒に暮らせるほうが安心なんだけど」
「う~ん、わたし、エルヴィラ、このお家住む、リオくん嬉しい?」
「ん? うん、嬉しいよ」
羅王にとってアナスタシアは初恋の女性だ。
だが今は、そんな過去があったと思い出しはしたが、エルヴィラを含めて彼女たちを女性として見ていない。
嗅ぎ慣れない良い香りに心がざわめくこともあるが、言ってしまえばそれだけ。
そんなことより、昔馴染みとまた一緒にいられることが単純に嬉しかった。
『エルヴィラ、このお屋敷で暮らしたい?』
『リオ様が許可してくださるのであれば、
『実はリオくんが、このお屋敷に一緒に住まないかと言ってくれているの』
『ほ、本当ですかお母様?! リオ様と一緒に暮らせるのですか?』
『リオくんはその気でいるみたいよ』
アナスタシアはエルヴィラと会話を交わした後、ここで暮らす旨を羅王に伝えてきた。
「そうだ。空き部屋はいくつもあるから、アナさんとエルヴィラはそれぞれ個室にする?」
「知らないこと、たくさんあるします。わたし不安、エルヴィラ、もっと不安。部屋一緒、いいです」
「ああ、それがいいかもね」
羅王は気を遣ったつもりだったが、どうやら余計なお節介だったらしい。
その後は、エルヴィラが早速日本語の勉強をしたいと言うので、二人は勉強道具のある居間に移動した。
『ねえお母様、
『リオくんはお金持ちらしいから、お金は返さなくていいと言っているの。仕事のことも、ゆっくり考えればいいと言っているわ』
『それでしたら、侍女が
『お世話をするにしても、エルヴィラは日本語がわからないし、日本の道具が扱えないでしょ?』
『そうでした……』
『まずは日本語をしっかり覚えましょ。わたしもうろ覚えだから、エルヴィラと一緒に頑張ってお勉強するわ。それに日本の便利な道具の扱い方は、私もよくわからないから覚えないといけないし』
『はい!
異世界母娘が気合を入れる一方で、羅王は自室に戻ってパソコンを立ち上げてぶつくさ言っている。
「シャンプーとかリンスなんかは適当に買ってたけど、アナさんもエルヴィラも長髪だし、なんとなく傷んでるぽかったから、ダメージヘア用のトリートメントなんかを買ったほうがいいよな。それとあれか、スキンケアとかも必要なのかな?」
自身に縁遠かった、女性の身の回り品が必要な事態に直面している羅王。
彼は検索を繰り返してレビューを読み漁り、評判の良さそうな品をポチポチと注文しいた。
「そろそろ夕飯の支度をしたほうがいいな。せっかくだからキッチンの使い方を教えながら、二人と一緒にやろう」
すっかり作業に没頭していた羅王は、自室が薄暗くなっていることに気づき、二人がいる居間に足を運ぶ。
「アナさん、今から夕飯を作るけど一緒にやる? 調理道具の使い方を教えるよ」
「あ、リオくん。エルヴィラも一緒、いいです?」
「もちろん」
二人を連れてキッチンに向かうと、羅王は米の研ぎ方から教える。
「こんな感じで、水の濁りが薄くなるまで研ぐの。やってみる?」
「はいです。――エルヴィラ、~~~~~~、~~~~~~~~~~~」
羅王に返事を返したアナスタシアは、あちらの言葉でエルヴィラに説明をしているようだ。
母から説明を受けた娘は真新しいノートを開き、羅王には意味不明な文字を書き込んでいる。
アナスタシアはアナスタシアで、エルヴィラに説明した後に自身も、「おこめ、とぐ」「水きれい」などと
「で、この線まで水を入れた炊飯器……お米を炊いてごはんにしてくれる機械ね。これにお釜を入れて蓋を閉じる。で、最後にこの一番大きいボタンを押すの。そしたら勝手にごはんが炊けるから。――じゃあ、アナさんはそっちの炊飯器で同じようにやってみて」
大伯父のキッチンは大家族仕様なので、当然のように炊飯器が数台ある。――業務用サイズの物もあるが、羅王が使うことはないだろう。
釜には米を二合入れ、一つは羅王が、一つはアナスタシアとエルヴィラが研ぎ、それぞれ炊飯器にセットした。
ちなみに異世界母娘側の炊飯器は、鼻息の荒いエルヴィラがボタンを押すようだ。
『お、お母様、お、おし、押しますわよ! ……えいっ!』
真剣な眼差しをアナスタシアに向けたエルヴィラは、これから御大層なことをするかのように気合を入れ、なぜか目をつぶってボタンを押していた。
そして目を開いたエルヴィラが、小さな子どものようにはしゃぎだす。
そのテンションに、羅王はついていけなかった。
「おかずは何がいいかな」
一般家庭なのになぜか置いてあった、業務用の上開きの冷凍ストッカーを開き、羅王は吟味する。
これは大伯父が生前に入れた物だと思うが、賞味期限をチェックしたらどれも切れていなかったので、羅王は気にせず食べていた。
生物であれば気にするが、むしろ生野菜がない食生活になっている。
「アナさん、パッケージ……袋の絵で何が入っているか、なんとなくわかると思うけど、……食べたいものある?」
ほとんどが電子レンジで温めれば済む物だが、フライパンで焼いたり油で上げたほうが美味い物もあるため、物によってはガスコンロなども使うつもりだ。
ちなみに、食洗機やオーブンレンジなど最新っぽい設備が整ったキッチンだが、それでもコンロがガスなのは、大伯父が古い人だからなのだと羅王は思っている。
彼自身も、なんとなく火が目で見えるガスコンロのほうが好きで、このキッチンで良かったと思っていた。
「リオ様、からあげ」
アナスタシアと一緒にストッカーの中を眺めていたエルヴィラが、唐揚げを手にして嬉しそうに報告してきた。
どうやらエルヴィラは、唐揚げがかなりお気に入りな様子。
それであれば、後で冷凍食品ではない唐揚げを食べさせてあげよう、そう羅王は思った。
そして今回の夕食は、シュウマイをレンジで温め、ハンバーグをフライパンで焼き、唐揚げをしっかり油で揚げ、豆腐などないがパックの出汁を使って具が乾燥わかめだけの味噌汁を作ることに。
「温める時間は袋に書いてあるから、電子レンジのここをこうして、時間をセット。そんでここを押したら動き出すよ。――あれ、アナさんはこっちの数字ってわかるんだっけ?」
「わかるです」
漢字はまだまだ苦手でも、アナスタシアはひらがなとカタカナはマスターしており、数字も理解しているのだ。
「ガスコンロは、こうして押しながら回すと火が点く。で、ここを回すと火が弱くなったり、逆に強くしたりできる。――そういえば、アナさんは料理できるの?」
「わたし、お料理、得意です」
調理器具の違いはあれど料理自体はできるのなら、使い方さえ覚えれば問題ないだろう、そう羅王は思った。
そんなこんなで料理は完成し、料理がテーブルに並べられる。
野菜の彩りがないため、白米以外はほぼ茶色な食卓。
なんとも不健康そうな卓上を見た羅王は思う、明日は買い出しに行こう、と。
「んじゃ、食べようか。――いただきます」
「いただきます」
「いただき、ます」
羅王の言葉にアナスタシアエルヴィラが続き、和やかな雰囲気で夕食が始まる。
と――
『やはり美味しいですわ!
唐揚げを口にしたエルヴィラが目を見開いて何か語りだすと、次第にとろけるような表情になっていった。
羅王には意味不明な言葉であるが、彼女の表情を見れば何を言っているのか大体の想像がついてしまう。
それほどまでに、エルヴィラはわかり易い表情をしていたのだ。
『そんなことを言わず、他の物も食べてみなさい。リオくんに教わりながら私が焼いたハンバーグも美味しいけれど、肉汁を使ってリオくんが作ってくれたソースをかけると、さらに美味しくなるのよ』
『お母様とリオ様の共同作業ですわね。なんだか悔しいですわ』
『そんなこと言っていないで、エルヴィラも食べてごらんなさい』
『あむ……。――お、美味しいですわ!』
仲睦まじく食事を進める母娘を見ていると、言葉はわからなくても心が暖かくなるのを感じる羅王。
しかもこれからは、この和やかな光景が日常になる。
それは彼にとって、楽しみでしかないのであった。
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