第13話 逆襲のアナスタシア

『どちらも珍しだけではなく、質も良さそうだ。まぁ王家のお抱え云々は別にしても、価値のある物だとわかる』


 借金取りの男は、納得の表情でそう口にした。


『それでは――』


『だがそれだけだ。このサイズでは飾るくらいしか使いみちがない』


『つまり、装飾品としての価値はあるということですよね?』


 アナスタシアは気圧けおされない。

 なぜなら彼女は、付加価値を付けたかったのだから。


 羅王は口ぶりこそ不安がっていたが、あの大白金貨に価値があると確信している様子だった。

 それにはアナスタシアも同意だ。

 だがあの大白金貨は、自身も世話になった拳の遺品である。

 思い出はないと羅王に言われても、そんな大切な品を手放す以上、単に借金の返済だけで済ませたくない。

 アナスタシアとしては、少しでも高く見積もらせて羅王に利益を還元したいのだ。

 その思いこそが彼女の原動力であり、今できる精一杯の恩返しなのだから。


『そうだな、珍品のコレクターに……――こほんっ、まぁそれなり・・・・の価値はあるだろう』


それなり・・・・ですか』


『ああ、それなり・・・・だ』


『そうですか。ですがそれは、あくまでオマケでしかありません』


『どういうことだ?』


 実際、羅王が日本らしさを演出しただけのオマケであり、本命が大白金貨なのに変わりない。

 なのでアナスタシアは、ここで無理に駆け引きする気はなかった。


『そのベルベットをめくってみてください』


『ん? アナスタシアちゃんはこの布を売りたかったのではないのか?』


『違います。その桐箱とベルベットは、大切な品を保護するための入れ物と緩衝材にすぎませんから』


 装飾品としてそれなり・・・・の価値がある物に守られた、本当に重要な品。

 それはさぞかし高価な物、と借金取りは思うだろう。


『なっ! なんと見事な輝き。――この刻印は見たことのないものだが、異国の大銀貨か?』


『銀に見えますか?』


『――――! ま、まさか、これは大白金貨なのか?』


『熟練の職人が手掛けた桐箱に、王家のお抱え職人が織ったベルベットで保護しているのですよ? それが大銀貨? そんなはずないじゃないですか。それだけ厳重に保護されているのです、むしろ単なる大白金貨ですらありません。限定で造られた、数少ない”記念大白金貨”なのです』


 羅王が高級感を演出するため、茶目っ気で用意した物たちをアナスタシアが最大限利用し、非常に高価な品へと昇華させていく。

 それこそ、羅王の知らない付加価値がてんこ盛りにされて。


『本当にそのような……』


『番頭のお立場におられるお方なら、判別薬をお持ちですよね?』


『たしかに持っているが、そのような希少な物に使用するのは……』


『いえ。銀であれば黒ずんでしまいますが、白金であれば何も起こらないですし、問題ありません、よね?』


 当初、この場での主導権は借金取りが握っていた。

 しかし今、この場を掌握しているのは、間違いなくアナスタシアだ。


『いや、ひとまずそれは置いておくとして、一つ聞きたい』


『なんでしょう?』


『なぜ異国の商人が、アナスタシアちゃん……いや、アンタの親父さんが作った借金の肩代わりを?』


『それはですね――』


 アナスタシアはそれっぽい話を語る。

 かつて、言葉もわからず困っている異国の老商人を父が助けた。

 その商人は無事に自国へ戻る。

 自国に戻った老商人は、父に受けた恩を身内に伝えた。

 だが老商人は先頃亡くなったという。

 跡を継いだ孫商人は、祖父が受けた恩を返すために今回訪れた。


『私は恥ずかしげもなく、この惨めな現状を伝えてしまったのです。すると彼は、祖父の受けた恩を返したいと言ってくださったのです』


『アンタの親父さんは、たしかに面倒見のいい人だった。だからまぁ、恩を受けた当人が受けた恩を返すというならまだわかる。だが今回は違う。恩を受けた当人ではなく、その孫が大白金貨を出すという状況だ。本当に言ったのか?』


 実際にアナスタシアの父の世話になったことのある借金取りの男は、聞かされた話に一定の理解を示す。

 だが一方で、大白金貨がポンと出された現状が信じられないようだ。


『実はこの大白金貨、彼が彼の祖父から受け継いだ大切な物だと言うのです。ですが、祖父の受けた恩を祖父が大切にしていた大白金貨で返せるなら、亡くなった祖父はきっと喜ぶ、彼はそう言ってくれたのです』


『そのような大切な物を……』


『はい。なので私も簡単に受け取ることができず、まだ私にできることはないかと無駄なあがきをしたのです。ですがエルヴィラのことを考えると、彼にすがるよりほかありませんでした』


 アナスタシアは、作り話の中に事実を織り交ぜていた。

 実に巧妙な手口だ。


『しかも彼は、国が違えば貨幣価値も違うであろうことも心配してくれております』


『周辺国とは主となる貴金属の含有量などしっかりとした取り決めがあるため、鉄貨以外の硬貨は等価値となっている。だがそれ以外の国との交易がないゆえ、同価値となるかどうかは……』


『そうでしょう。ですが彼は、この大白金貨は混じり気のない白金……つまり限りなく百パーセント白金であるため、白金地金としての価値があるとおっしゃっております』


『百パーセントの白金だと?!』


『はい』


 これは羅王が調べ、本当のことのようなので、アナスタシアは自信を持って言えた。


『ただ、枚数が限定された数少ない記念大白金貨なので、彼の国では通常の大白金貨十枚以上の価値があるとのこと。そのような希少な品を鋳潰し、地金としてしまうのは申し訳ないと私は伝えたのですが、彼はそれでも構わない、そうおっしゃってくださいました』


『大白金貨十枚以上の価値だと?!』


『はい』


 乗りに乗ったアナスタシアは、盛りに盛っていた。


『それで……、この大白金貨を地金とした場合、父の残した借金である大金貨十七枚に届くかどうか、申し訳ないのですが教えてくださいますか? あっ、鋳潰すのに手数料がかかるのであれば、その代金を込みで教えてください』


『アナスタシアちゃん、そんな価値のある大白金貨を鋳潰す気なのか?』


『貨幣として認められないのであれば、地金として取り引きするしかないのでは? あっ、その桐箱とベルベットにも値を付けていただけると助かるのですが……。いけない! 地金にするのと箱などを売却してお金を手にするまでの時間、その時間だけ返済をお待ちいただけないでしょうか? お願いします』


『ちょっと待て! これは絶対に親父さんの借金を返してお釣りがくる』


『本当ですか?!』


 アナスタシアは大袈裟に喜んでみせた。


『これがあれば、親父さんが残した借金は帳消しになるどころじゃない。だからこれを他所に出すのは止めてくれ』


『ですが……』


『大丈夫だ、俺に任せてくれ! アナスタシアちゃんが言う大白金貨十枚以上にできるかわからんが、貨幣としての大白金貨一枚より絶対に高くしてやる!』


『いいのですか?』


『ああ、任せてくれ』


『それでしたら、彼に相談させてもらっても?』


『もちろん構わない』


 いい笑顔のアナスタシアに、年齢より老けて見えるほど疲れた感じだった借金取りの男は、負けず劣らずのいい笑顔を返した。


「リオくん、借金、なくなるです」


「おー、それは良かった」


「はい! リオくん、ケンさん、おかげです」


「いや、俺は何もしてないけどね」


「リオくん、桐箱とベルベット用意する、してくれました」


「むしろそれだって、じいちゃんの持ち物だし」


 アナスタシアはもどかしかった。

 大白金貨などの形ある品は拳が遺してくれたものであったが、この状況を作ってくれたのは羅王だ。

 感謝してもしきれないのに、その気持を伝えられない。

 ならば、すでに先を見据えて日本語の勉強を始めたエルヴィラと一緒に、自分ももっともっと勉強して、必ず羅王に感謝の気持ちを伝えよう、そう心に誓った。


「リオくん、相談、あるです」


「なに?」


「大白金貨、たくさん価値ある、わたし言うしました」


「ほうほう」


「大白金貨一枚、もっと高くする、言うしてくれました」


「なんとなくわかるようなわからんような……」


 羅王に上手く伝わらなかったので、アナスタシアは自身の知る日本語を駆使し、必死に伝えた。

 少し時間はかかったが、どうにか羅王に伝わる。


「あの借金取りの人が、大白金貨を高く売りさばいてくれるのね?」


「はいです」


「それなら……。――アナさん、大白金貨一枚は大金貨二十枚だよね?」


「そうです」


「だったら、貨幣としての大白金貨一枚分だけもらおう」


「え?」


「そんで、大金貨十七枚で借金を返済。で、残りの大金貨三枚だけ受け取る。それ以上は、あの借金取りの人の儲けとしてあげちゃえばいいよ」


「お金たくさん、もらえるします。どうして、あげるする、です?」


 アナスタシアは、自分なりに頑張って交渉したと思っている。

 そもそも”自身の借金を返済する”という大問題があったので、できる限りのことをしたわけだが、だからといって欲をかき、自分の利益を求めたわけではない。

 羅王にかけた迷惑を、お金というもので返そうと必死に頑張ったのだ。

 だというのに彼は、貨幣としての大白金貨相当の金額だけもらえという。

 意味がわからなかった。


「アナさんは、借金がなくなってもこっちで暮らすの?」


「……考える、してないです」


「俺は日本に住むっていう選択もありだと思ってる。でも日本で生活するとなると籍がないから、少しばかり不自由な生活になると思う。だからこっちでも生きていける基盤は必要だと思うんだ」


「リオくん、難しい。もっとかんたん、おねがい」


 羅王の言葉が難しくてなかなか理解できなかったアナスタシアに、彼はわかりやすく教えてくれた。


 日本では、職務質問と言って警察という治安を守る組織の人が、日本人や外人などを問わずに質問をしてくる。

 そうなると、日本人どころか地球人ではないアナスタシアとエルヴィラは、捕まって牢屋に入れられてしまう。

 羅王の敷地内だけで生活するならそのような心配はないが、外出できないのは窮屈だろう。

 なので、自由に生きられるこちらで生活できる手段も残しておく。

 それでも食事や日用品は日本でどうにでもなるので、こちらのお金は困らない程度にあればいい。

 だから、お金は大金貨三枚だけ受け取り、それ以上の儲けをあの借金取りにあげることで恩を売っておけ、とのことだった。


「わたし、エルヴィラ、日本に住む、リオくん、困るしないです?」


「どうだろね? でもたぶん、困ることはないと思うよ。それになんとなくだけど、楽しそうな気がするし。だから大丈夫だと思うよ」


「困るしたら、言うして。わたし、こっち住むするです」


「あっ」


「もう困るしたです?」


「違う違う。俺はこっちの言葉は覚えられそうもないから、アナさんとエルヴィラは頑張って日本語を覚えてね。困るとしたら、多分会話だと思うから」


「わかるしたです。わたしお勉強、頑張るします」


 こうして今後のこともぼんやり目処が立ち、アナスタシアは借金取りとのやり取りを再開した。

 やり取りは――


 大白金貨――プラチナコイン――を桐箱に入れた状態で、大白金貨一枚で売却。

 その中から大金貨十七枚を返済。

 借金に関する証書を受け取り、貸し借りの契約は完了。

 残り大金貨三枚を受け取る。

 これで大白金貨の売買も完了。

 今後プラチナコインをどう扱われても、アナスタシアには無関係。


 となった。


 プラチナコインを、借金取りの男が個人で売買して儲けるのか、それとも商会として売上を出すのか不明だが、それはアナスタシアも羅王も関与しない。

 仮に男が個人で儲ければ、それは大恩になるだろう。

 もし商会として利益をあげられたなら、男は商会に利をもたらしたとして、番頭として商会での立場がより一層安定するに違いない。

 であれば、どちらにしても恩は売れたはずだ。


 こうして、大金貨十七枚という借金を背負わされたアナスタシアは、借金が消えるどころか逆に大金貨三枚を手にする、という結果を得たのであった。

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