第7話 異世界母娘を古民家へ

お知らせ


22/9/29に第1話を改稿しました。

最序盤を1,500文字程度削りましたが、ストーリーに変更はありません。

改稿の結果、各話の区切りも変更したため、この第7話は投稿済みだった前第6話と同じ内容となります。

加筆はありませんので、既読の方は読み飛ばしても問題ありません。



 ―― ―― ―― ―― ――



「じいちゃんには申し訳ないけど、あの一オンスのプラチナコインがアナさんの世界で大白金貨と認められれば、借金の全額返済ができて、あわよくばお釣りまでもらえる訳だな」


 羅王としては、異世界で儲ける云々に興味はない。

 もっといえば、異世界そのものに興味がないのだ。

 そして日本であっても、彼は金を儲けることだけに固執していない。

 羅王が求めているのは、”競馬で稼ぐ”という趣味と実益がセットになったこの行為であり、馬券師・・・であることに意味があるのだから。


 だがしかし、異世界で暮らすアナスタシアが金で苦労していることは、現実として直面している紛れもない事実だ。

 であれば、異世界のお金を手に入れられるなら入手しておきたい。

 そうすることで、今後の彼女たちが苦労が減るのだから。


「あっ、でも貨幣価値がないと言われて地金にしたら……。……マジか、約十二万円。コインの半値くらいになっちゃうんだな」


 プラチナコインがあちらの世界で貨幣と認められなければ、価値が一気に下がってしまう。

 もしこちらと同じように、地金だと半値になってしまうなら、その価値は大金貨十枚分となる。

 一枚で済むならそうしたかったが、最悪の場合は二枚とも放出するしかない。


「あっちの大銅貨と大銀貨の材質からして、こっちの銅と銀も同じ感じだから、たぶん大丈夫な気がするんだよな……」


 確信は持てないが、どうにかなりそうな気がしている羅王。

 だがアナスタシアとエルヴィラの運命がかかっているのだ、軽く考えるわけにはいかない。


 そこで、あちらの金貨も白金貨も見るどころか、実際に手にしたことがあると言うアナスタシアに、まずはこちらのプラチナコインを確認させようと思った羅王。

 そのため彼は、二人を連れて母屋である古民家に向かうのであった。


 ◇


 古民家へ移動するにあたり、当初は不安そうに母アナスタシアの腕にしがみついたエルヴィラは、目に映る物すべてが物珍しく、キョロキョロと辺りを見回しては、キャッキャキャッキャと騒いでいた。


『お母様、ここは本当に神界ではございませんの? 屋内とは思えぬ眩い光、今にも動き出しそうな摩訶不思議な巨大な物体。そのどれもが、とてもこの世のものとは思えませんわ』


『わたしも知らない物が多くあるけれど、ここが神界でないことは確かよ』


『先程までいた場所も珍しい造りでしたが、あちらの木でできた建物は、お屋敷なのでしょうか? 屋根におかしな物が乗っておりますが、あれも王国では見かけないものですわ』


『わたしの知っているものより綺麗になっているけれど、あの建物はケンさんが暮らしていたお屋敷よ。そして屋根に乗っているのは「瓦」というもので、この国では伝統ある物らしいわ。でもその上にある黒くて大きな板は何かしら? わたしも初めて見るわね』


 一方のアナスタシアも、自分の知る風景と様変わりしている景色に驚いたのか、指を指しては何やら言っていた。


 ◇


 あちらの言葉で二人が話している間、すっかり蚊帳の外だった羅王。

 だがそれでも、彼女たちが楽しそうにしているので良しとした。


 少し歩いて古民家に到着。

 だが玄関に二人を招き入れた際、倉庫では重機の油などで気づかなかった彼女たちの匂いに、何気に綺麗好きな羅王が気づく。


 この匂いは、女性が発して良いものではない、と。


 とはいえそれは、吐き気をもよおす程の悪臭ではない。……が、”十九年ぶりの感動の再会”という想い出補正がなければ、アナスタシアに抱きつくことはできなかっただろう。

 実際、”今から抱きつけ”と言われたら、多分無理な匂いだった。


 なので羅王は、すぐさま彼女らを風呂場へ連れていって給湯器のボタンを押し、取り敢えずシャワーで体や頭を洗い、お湯が溜まったら浸かってくれとアナスタシアに伝えたのだが、彼女は使い方がわからないという。


 たしか十九年前、アナスタシアは普通に風呂を利用していたのに、と羅王が思うも、現在の風呂は最新型になっており、当時と大きく様変わりしていることに思い至る。

 とはいえ、シャワーの使い方など大きな違いはないので、シャンプーなどの説明を含めた使い方を伝え、脱いだ服は洗濯機に突っ込んでおくよう付け加えた。


 だがアナスタシアは、「洗濯機、形、違うです。水入れて、洗う穴、水飛ばす穴、ふたつあるです。でもこれ、穴、ひとつ。斜めなるして、水、こぼれるです」などと言って顔をしかめる。

 なので、「今はこういうものなの」と言って無理やり納得させておいた。


 アナスタシアの傍らでは、エルヴィラが興味半分不安半分といった様子で、目を輝かせたり怯えたりと、忙しなく表情を変えている。


『なんですのこの鏡! ただ大きいだけではなく、お母様とリオ様がもうひとりいると錯覚するかの如く、歪み一つなく映し出しておりますわ! 国宝と言われても不思議のない素晴らしい鏡が、このような小さな部屋に置かれているとは……』


『騒がしいわよ、エルヴィラ』


『ですがお母様、わたくし、リオ様が神でないとこは理解したつもりでおりましたが、やはりやんごとなきお立場……それもかなり上位のお方に違いないと確信しましたわ! ――それはそうと、お母様とリオ様と一緒に映っている小汚い女は、もしかしてわたくし……なのでしょうか? みすぼらしいですわね……』


 独り言を異世界語でつぶやいていたエルヴィラが、なんとなく気落ちしているように見えた。

 だが言葉の通じない羅王は、彼女のことをアナスタシアに任せ、そそくさと脱衣所から出る。

 彼は基本的に事なかれ主義なのだ。


 羅王が脱衣所から出ると、図ったかのように腹が鳴る。

 それもそうだ、昼飯どころか今は夕食の時間になっているのだから、空腹なのは当然であった。

 だが状況的に外食は無理。

 仕方がないので羅王は、米を研いで炊飯器を早炊きにセットし、簡単に作れるものを用意しだした。



「あとは米が炊きあがれば大丈夫だな」


 冷凍食品を電子レンジ温でめたりフライパンで焼いたりなどしていた羅王は、ひとりキッチンで奮闘していたが、ようやく一段落してほどよいタイミングで炊飯器が炊きあがりを知らせると――


「リオくん、ちょっといいです?」


 キッチンの入口に顔だけ出したアナスタシアが、その顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに声をかけてきた。

 ちなみにアナスタスアの下段から、頬をほんのりピンクにしたエルヴィラが、どこか恍惚した表情で顔を出している。

 二人はそこそこの時間風呂場にいたことで、血の巡りが良くなって顔が赤いのだろう、そう思った羅王。


「お風呂は気持ち良かった?」


「お風呂、気持ち良かった、です」


「それはなにより。――あっ、もしかして、ドライヤーの使い方がわからなかった?」


「……え、あ、リオくん、……わたし、エルヴィラ、着替えない、です」


「ん? …………あっ、ごめん! すぐに用意するから、脱衣所で待ってて!」


 羅王は、アナスタシアの顔が赤い理由に合点がいった。


 脱衣所には体を洗う予備のタオルやバスタオルがあり、それを使うように指示していた羅王。

 しかも、全自動洗濯機に服を入れたらスタートボタンを押すように教えていたため、彼女らは着替えがない。

 家に知人を招いたことのない羅王は、この辺りのことをすっかり失念していた。


「新品の服は……あっ、注文時にサイズをミスって着れなかったTシャツがあったな。下は新しめのハーフパンツでいいか。下着は……ブカブカでもないよりマシだろう。新品のボクサーパンツがあるから、これで我慢してもらうしかないな。――乳バンドはさすがにないぞ。まぁ今回は、どうにもならないってことで」


 用意した物を持ってアタフタと脱衣所に向かった羅王だが、近づいてからゆっくり様子をうかがう。

 このへんは、厨房付近で慌てながらも客前では落ち着き払った様で接する、という接客業で得た動き方だ。


 脱衣所の扉が閉じているのを確認した羅王は、ノックをするとゆっくりと大きな声で説明する。


「着替えをここに置いておくよ。俺はすぐキッチンに行くから、少ししたら扉を開けて、置いてある服に着替えてね」


 念の為、同じ言葉をもう一度告げた羅王は、わざと大きく足音を立てながら、急いでその場をあとにしてキッチンに向かった。



「……リオくん、ありがとです」


「…………」ペコリ


 着替えを済ませた二人がキッチンにやってきた。

 どこか恥ずかしそうなアナスタシアが、感謝の言葉とともに頭を下げると、ご満悦な様子のエルヴィラも、無言ではあるが頭を下げている。


「あ、いや、気が利かなくて、ごめん、なさい……」


 羅王も羅王で顔を赤らめ、消え入るような声で謝罪した。


 彼の顔が赤い理由は、七分袖のようになってしまうほどダボダボのTシャツを着ているにも関わらず、二人とも胸元だけ・・・・はピッチリしていたからだ。

 しかも、膨らみの頂きがはっきり判別できてしまっている。

 だがそのことに、二人が恥ずかしがったり動揺したりはしていない。

 動揺が隠せないのは、むしろ羅王のほうだ。


「なんで無地のTシャツを渡しちゃったんだよ俺は……」


 せめて柄物なら頂きがわかりづらかったのに……、そう後悔するも後の祭り。

 羅王はごまかすようにスポドリをコップに注ぐと、テーブルに置いて彼女たちを座らせた。


「アナさん、ちょっとだけ待ってて」


 うつむき加減の羅王は、それだけ言うと逃げるように自室へ駆け込み、前面にチャックの付いたパーカーを二着手にしてキッチンへ戻る。

 すると、目をそむけて手に持ったパーカーを差し出し、「これ着て」とぶっきらぼうに告げた。


 パーカーを受け取ったアナスタシアは、一着をエルヴィラに着せてもう一着は自分で羽織っている。

 そして甲斐甲斐しくエルヴィラの袖をくってあげると、今度は自分の袖を捲くっていた。

 その様子を見ていた羅王は、改めて実感する。


 アナスタシアは母親で、エルヴィラは彼女の子どもなんだな、と。



 ―― ―― ―― ―― ――



忘備録


小鉄貨:10円

中鉄貨:50円

大鉄貨:100円


小銅貨:200円

中銅貨:1,000円

大銅貨:2,000円


小銀貨:4,000円

中銀貨:20,000円

大銀貨:40,000円


小金貨:80,000円

中金貨:400,000円

大金貨:800,000円

(ゴールドコイン:300,000円)


小白金貨:1,600,000円

中白金貨:8,000,000円

大白金貨:16,000,000円

(プラチナコイン:250,000円)


羅王が憶測含みで勝手に換算したなんちゃって金額なので、正確性に欠けてます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る