第4話 なんでも黄金にできちゃう

「~~~~~~!」


「~~~~~~~~! ~~~~~!」


「~~! ~~~~~、~~~~~~~!」


「~~~~~~!」


「~~~~! ~~~~~~~~!」


 エルヴィラが乱入したことで言い合いは激化している。

 そして、なぜか男がエルヴィラの腕を掴み、それまで掴まれていた女性が、今度はエルヴィラを掴む男の手を離させようとしていた。

 しかも全員、近付いてきた羅王りおの存在に気づいていない様子だ。


「どーすりゃいいのさ。……ん、あれはあの男が持っていた紙」


 途方に暮れそうになる羅王は、男が女性に突き付けていた紙を見つけた。

 それを手に取ってみると、カピカピになった生ハムのような物質で、羊皮紙という物だろうとなんとなく思う。

 なぜならそれには、羅王の知らない文字だか記号が羅列されていたからだ。


「これって、何かの契約書類なのかな? ――この状況からして、この書類はエルヴィラともう一人の女性には不利な物っぽいし、このスプレー缶で表面を見えなくしちゃうのはどうだろうか?」


 それをすることで、状況が悪化する未来が想定できなかった羅王は、”まさに妙案”と思い、早速行動に移す。


――プシュ~


「おー、塗料を吹き付けるのって何気に楽しいな。それに金色って、こんな感じの色なんだ。ラメってて結構ピカピカしてんのな」


 羅王は楽しくなってきた。

 だがキラキラ光る羊皮紙(仮)を見て、ふとあることを思いつく。


「服装や周囲にある建造物の感じからして、あんまり文明が進んでる感じがしないんだよな。ってことは、この金の塗料を”なんでも黄金にできるスゲーやつ”って思わせて騙せないか?」


 持ってきたのがたまたま金色だっただけで、何か意図があったわけではない。

 だが偶然にも金色だったことで、ひらめいてしまったのだ。

 こんな発想、他人が聞いたら馬鹿げたことだと一笑するだろう。

 しかし当の本人は、これ以上ないくらいに真剣だった。


「で、”俺様は稀代の錬金術師だ!”みたいな感じで颯爽と解決する。――うん、やることは詐欺師っぽいけど、暴力沙汰を回避できるし、それでいて女性を助けられる。傍から見たら正義の味方っぽくないか? これは良案だな」


 テンションが上がってきた羅王は、相手が単独かつ強そうな感じがしなかったので、知らずらずのうちに油断していたのだろう。

 塗料を吹き付けるのを楽しみ、妙案で騙しきれたら面白そうだ、などと油断しまくっている。

 自分がどんな状況にいるのかすっかり忘れて。

 だから――


「~~~~~~~!!」


 羅王は横から簡単に肩を掴まれ、男から意味不明な言葉で罵声を浴びることになってしまった。

 だがそれにより、自分があまりよろしくない状況にいることに気づく。


 本来であれば、左手にスプレー缶、右手に名状しがたいバールのようなものを持ち、目くらましと物理攻撃用の武器という完全装備状態で、羅王のもう一つの武器である高身長を活かし、見下ろして威圧する作戦だった。

 しかし座り込んでいる状態で不意の接近を許したことで、その作戦が使えなくなっている。


「これすごいですよね。吹きかけるとなんでも黄金にできちゃうんですよ」


 なので羅王は、右手に持っていたスプレー缶を左手に持ち替え、右手側の地面に置いていた、名状しがたいバールのようなものを空いた右手にを持ち、おもむろにバールに向かってスプレーを吹き、日本語が通じないのを承知で話しかけ、強引にこの場を乗り切ろうとした。


 そう、彼は咄嗟に、先程の思いつきを実践したのだ。


「~~~~?」


「ん?」


 なぜか男は掴んでいた羅王の肩から手を離し、スプレー缶を指差している。

 だが羅王は、その意図が理解できない。

 しかし男の表情は、先程怒声を浴びせていた時とは違う。

 驚愕に怯えが混じったような、なんとも言えない複雑な表情を受けべていた。


「~~~~、~~~~~」


 すると男は、またも何か言いながら、再びスプレー缶を指差してきたのだ。


「もしかしてコイツ、スプレー缶に食い付いたのか?」


 そうごちった羅王は、男の視線がスプレー缶に釘付けなのに気づき、威圧作戦が失敗した現状を挽回するため、スプレー缶を使った新作戦をアレンジした懐柔策をとることにした。

 強面こわもてで巨漢で威圧感のある彼だが、高校生時代から五年も接客のアルバイトをしていたのだ。

 販売員ではなく飲食店の接客だったが、客に媚びるのには慣れている。


「ちょっとここに座ってくださいよ」


 うんこ座りをしている羅王は、バールを置いてスプレー缶を右手に持ち替え、空いた左手の人差し指を立てて地面をツンツンと指差す。


「?」


「だから、ここに座ってくださいよ」


 左側面にいる男は訳がわからないと言いたげな表情だったので、羅王は男を指差してから、再び地面に向かって指を指す。それを何度か繰り返した。

 すると、しばらくして何かを察したような男は、ようやく腰を下ろす。


「ちょっと見ててくださいね」


 羅王はそう言いながら、たまたま落ちていた小枝を拾い、右手のスプレー缶をカシャカシャと上下に振り、左手に持った小枝に吹きかける。


「~~~~、~~~~~~~~~?!」


「どうです、なんでも黄金にしちゃうスプレー缶、すごいでしょ? これこそが錬金術なのです」


 羅王はテレビで見た実演販売を意識して、それっぽいことをやってみた。


「お客さんもやってみます?」


 興が乗ってきた羅王は男をお客さん呼びすると、別の小枝とスプレー缶を男に差し出す。

 すると男は、「~~~~~?!」と異国語で何か言う。

 言葉の意味はわからないが、男の表情を見た羅王には、『俺がやってもいいのか』とでも言ってるように思えた。


「どうぞどうぞ。これさえあれば貴方も錬金術師になれますよ。――ああ、スプレー缶はこうやって、カシャカシャ振ってくださいね」


 そう言いながら羅王はスプレー缶を上下に振り、物を男に渡す。

 受け取った男は破顔する。

 そしてスプレー缶を上下に振ると、おっかなびっくり上部を押し、塗料が噴出すると感嘆の声を漏らし、とても良い笑顔を浮かべた。


「これで貴方も錬金術師になれました」


 羅王は男の肩をトントンっと軽く叩き、戯言ざれごとを口にしながらサムズアップしてみせる。

 男は羅王の言葉の意味などわかっていないだろうが、とにかく嬉しそうだ。

 騙されてるとも知らず。


 それから羅王は、スプレー缶とエルヴィラたちを指差したり、立てた両手の人指を交差させて「交換」や「チェンジ」と言い、少しして男も理解を示す。


 しばらくして男はエルヴィラたちに何か言い、羅王へ金ピカに光る羊皮紙(仮)を差し出してきた。

 羊皮紙(仮)の塗料はまだ乾いておらず、男の手には塗料がベットリと付いていたが、軍手をしていた羅王は気にすることもなく受け取る。

 塗料のせいで表面の文字は読めなくなっているが、何らかの契約書類だろう物だ、しっかり回収しておくべきだと考えた。


 その後、男は手にしたスプレー缶を右手でカシャカシャしながら、黄金色に輝くただの小枝を左手に持ち、最初に見せていた険しい顔が嘘だったかのような満面の笑みを浮かべている。

 しかも感謝の言葉でも述べたのだろう、何度か頭を下げた後、上機嫌な様子で男は去って行った。


 そう遠くない未来に中身の塗料がなくなり、スプレー缶が使えなくなることも知らずに。


 ◇


「マジか、騙しきっちゃったぞ」


 実際のところ、男が錬金術師になれたと思ったり、塗料を塗布した物が本物の黄金になると思ったかどうかは不明だ。

 言葉の意味が理解できない羅王には、男の真意がわからないのだから。

 だがそれでも、金のスプレー缶と引き換えに、契約書類らしき物を取り戻したのは事実である。


「あまりカッコイイ方法じゃなかったけど、俺がエルヴィラたちを救った……ってことでいいんだよな? いや、いいに違いない」


 スマートな方法ではなかったが、エルヴィラたちは連れて行かれずに済んだ。

 危惧していた荒事にもなっていない。

 だから羅王は、どうにかエルヴィラに頼まれた……かどうかわからないが、問題を解決できたと思うことにした。


 羅王が勝手に納得していると、少し離れた場所にいたエルヴィラが近寄ってきて、何か言いながらペコリと頭を下げてくる。

 やはり期待に応えられたようだ。


 羅王が内心安堵していると、あの男に絡まれていた女性も近寄ってきた。

 彼女が着ている服は、ロングスカートで中世ヨーロッパの町娘が着ている感じの物だ。

 だがしかし、その服は遠目で見てもわかったように薄汚れている。

 綺麗好きな羅王からすると、あまり好ましくない格好だ。

 そんなことを思いながら、彼は視線を上げていく。


「んん?」


 初見……のはずの女性を見て、羅王は既視感を覚える。

 色素の薄い茶色の長い髪、琥珀色の瞳。

 この色味がエルヴィラに酷似しており、だがそれ以上に『エルヴィラが年を重ねたらこんな感じになりそうだ』と思えるほど顔の造りが似ている。

 だからこそ、羅王は既視感を覚えたのかと思った……が、そうではない。

 なぜかと言えば、似ている云々以前に、その女性を見たことがある気がしてならないのだ。

 だから羅王は、失礼だと思いつつも初見であるはずの女性をじっと観察する。


 いくらかやつれた感じがするものの、老け込んでいるようには見えない。

 自分より少し上、二十代後半だろうか?

 どうにも生活に疲れ果てたように見える。

 着てる物も汚れているだけではなく、質がよくなさそうだ。

 よく見てみれば髪も脂ぎっている。

 などと、羅王が少しばかり上から目線の評価を下していると――


「~~~~、リオ~~~~」


「~~~リオ~~~~? ~~リオ~~~……! ~~~リオ~~?!」


「~~~~、~~~~リオ~~~~~~」


 相変わらず意味不明な言語で、エルヴィラと女性が会話を始めていた。

 その会話の所々で、『リオ』と言っているのは羅王も聞き取れている。

 彼としても、それは別に構わない。

 だがしかし、妙齢の疲れた様子のお姉さんが、『リオ』という名に驚くほどの反応を見せている意味がわからないし、少しばかり戸惑ってしまう。


「~~~リオくん? ~~ケンさん~~~~~~リオくん?」


 戸惑う羅王をよそに、お姉さんは彼に近づいてくると、なんだか泣き出しそうな表情で話しかけてきた。

 その言葉の中に、『リオくん』と『ケンさん』が含まれている。

 他の言葉は聞き取れなかったが、この二つは羅王の耳にもはっきり聞き取れた。

 そして、『リオくん』とは当然ながら羅王のことだとわかる。

 一方の『ケンさん』だが、ほぼ間違いなく大伯父の名を指していると思えた。


 大伯父の名は豪田ごうだけん

 羅王は大伯父を『じいちゃん』と呼んでいたが、大伯父を知る者は『ケンさん』と呼んでいた。

 そしてここは、先日まで大伯父の居住地だった地と繋がっていたのだ、『ケンさん』が大伯父以外の人物を指しているとは思えない。


「えっと~、どうしよ……」


 どうして大伯父の名を知っているのか聞きたかった羅王。

 しかし聞きたくとも、ゼスチャーでどう表現すればよいのかわからない。

 すると――

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