幕間 二
「おぉ、おぉ!!」
闇の王国、その地下に築かれた研究所。
魔法少女を捕らえた闇の世界の幹部、策謀の
魔法少女の記憶を探り、彼女らの最も強い光を汚し、闇に染める。
そのために、彼女たちを濃縮された『アクマーダー』の中に浸していたヨッド。だが、想像以上に二人の魔法少女の意志は固く、この数日は全くと言っていいほどに手がかりが掴めなかった。
だが、今まさに。魔法少女の片割れ――ルクスフェアリー・ルオータの記憶の光を、『アクマーダー』が探り当てたのである。
「フハハ!! てこずらせたな、ルクスフェアリー! さあ、では見せてもらおうではないか……貴様の中の、その最たる光を!」
◆ ◆ ◆
暗い眠りの中で、ルクスフェアリー・ルオータ――いや、
その日も、いつもと変わらない日だった。
「やっば寝過ぎた!」
「やっぱりいつも五分遅れだな、朱音は。ほら、朝ご飯できてるぞー」
寝室のドアを蹴り破る勢いで飛び出した朱音。かけた目覚ましを一回スヌーズにして、二度寝をかまして二度目のアラームで目を醒ます。そんなモーニングルーティーンの彼女を、あきれ顔で迎える兄。
「わかってるなら起こしてよお兄ちゃん!」
「だーめーだ。それに、自分で起きられるようになるから部屋に入るなって言ったのはお前だろ?」
「むぐぐぐぅ」
いつもながら完璧でおいしい朝ご飯をかきこみつつ、もう何度目かもわからないやり取りで、いつものように言い負かされる。そして、丁度お味噌汁を飲み切ったあたりでチャイムが鳴った。
「ほら、青葉さんもお前に合わせてくれてるじゃないか、全く」
「もー、もー! いいもん、行ってきます!!」
「はいはい、いってらっしゃい」
揶揄いながら送り出してくれる兄の言葉を背に、朱音はリュックサックをひっかけて玄関まで走る。扉を開ければ、凛としたポニーテールの幼馴染が、腰に手を当て待っていた。
「朱音、寝ぐせ」
「えっやばうそうそ」
「嘘よ。その反応、どうせまた寝過ごしたんでしょう?」
焦って指を指された頭のてっぺんを両手で押さえる朱音を、口に指を添えてくすくすと笑う幼馴染。顔が真っ赤になるのを感じながら、朱音はその肩をぺちぺちと叩いた。
本当に、いつも通りの日だった。この時までは。
その日もいつものように、彼女と登校する中で、普段働かない勘が冴えたところから。運命が動き出す。
「ねえ青葉、なんか最近疲れてない?」
私がそう質問したのが、全ての始まり。
自分の幼馴染の
華道の名家のお嬢様。本人も生徒会の一員としてバリバリに働く傍ら、長刀部のエースとして中学の時から全国大会の常連。華道の腕もピカ一で、将来は家を継ぐのは間違いない、なんて言われてる。
普段も凛としたたたずまいで、男女問わず人気者。そんな彼女だが、今日はなんだか思いつめているような、あるいは気疲れしているような雰囲気があった。
だが、朱音がそう切り出すと彼女は少し焦った様子で否定する。
「なんでもないわ、大丈夫。近々大きい花展があるから、そのせいかも」
昔から天然だの鈍いだの言われていた朱音。しかし、流石に十年以上の幼馴染の表情を察せないほどではない。
――彼女は、何かを隠している。
だが、友人として。隠したいと思うことを無理に暴きたてる必要はない。言いたくないことを言わせるのは、ひどく残酷で野暮だ。
「はは~~~~ん?」
それはそれとして興味を持ってしまうのも致し方ない事。睨みをつけたのは、少女らしく恋愛のことだった。
「なにかしら、その怪しい笑顔は」
「いやいや、皆まで言わなくてもいいんだよ青葉。私たちも青春真っ盛り、恋の花を咲かせるのもまた使命ですからねえ」
「話し方が絶妙に気持ち悪いんだけれど……」
ジト目を受けながらも、この時はうんうんと勝手に納得していた。
「やや、心配しないで青葉。誰と付き合っても、私はずっと青葉の親友だよ――なので親友特典として学年とかでヒント教えてくれないかな?」
「だから違うってば!」
途中からふざけたりもしたが、ともかく。
理由はさておくとしても、その日の青葉のことがひどく気にかかった。
隠し事を暴くつもりはなくとも、心配くらいはする。
何かあれば、自分も助けなければ。そのくらいの事を、ただ漠然と考えていた。
◆
頁を捲るように、場面が変わる。
◆
学校でのことも変わり映えしない一日で、その日の放課後、朱音は一人『部活』に精を出していた。
「ありがとう、おねーちゃん!」
「いいのいいの、見つかってよかったね?」
「うん!」
商店街でおもちゃをなくした女の子を見つけ、日が傾くまで一緒に探しまわった。最終的に、彼女が最後に遊んでいた公園のベンチに置き忘れていたのを届けて、今日のミッションは完了。
こんな感じで、困ったことがあったら相談を受けて、それを解決するため走り回る活動。それを朱音は『お助け部』と称し、放課後になるとは街に繰り出し人助けをしていた。そのおかげもあってか、朱音を知る人は決して少なくない。
「朱音ちゃん、今日も元気だねぇ! お兄さんもよろしく言っといてくれ!」
「あ、おじさん! もう腰痛めたりしないように、気を付けてよね~!」
「朱音ちゃん、この間は孫の相手してくれてありがとねぇ。また遊びに来なさいな」
「うん! おばあちゃん、今度はウチにも遊びに来てね! 兄さんの淹れる珈琲、すっごくおいしいから!」
「あかねねーちゃん! 今度の日曜あそぼーよー! さっかーやろー!」
「日曜日ー? しょーがないな、午前中だけね! お昼からは家の手伝いがあるから――あ、けど休みの宿題も忘れちゃだめだよ!」
「えーっ、あかねねーちゃんは宿題どうなんだよー!?」
「ウチにはね、宿題をやらないとメチャメチャに怒るこわーーい鬼いちゃんがいるからね……みんなも真面目にやらないと、鬼がお家に出るかもよぉー?」
「ぎゃーー! おかーさんだけでもこえーのに、ダレトにーちゃんまでおこられたくないーっ!!」
「こら、お兄ちゃんは『ダレト』じゃなくて『ヒナト』!! ……ったくもう、喫茶店の名前と混ぜちゃってまー。お兄ちゃんも否定してくれればいいのに」
騒がしいけど、いつもと変わらない日常。
そろそろ、急いで帰らないと心配されるか。今日の晩御飯はなんだっけ。
そんな月並みなことを考える朱音の視界の端に、怪し気な影が映った。
商店街の裏路地に消えていく、見るからにガラの悪い男。その目は遠目から見ただけでも『普通ではない』様子であり、幽霊のような足取りながら異様な気配を持っていた。
そして、その男の後をつけるようにして、同じ場所へと向かう人の姿。
(――青葉?)
見間違うはずもない。凛としたポニーテール、きりとした眉。背負った長い袋。どこからどう見ても、幼馴染の青葉に違いない。
一体何が起こっているのか。だが、その時朱音の脳裏によみがえる早朝のやりとり。
疲れた様子の青葉。恋人ができたんじゃないか、という言葉に対する強い否定。
先程の尋常ならざる風体の男と、裏路地に消える姿。
もしや。悪い想像がテレビの早回しのように頭の中を駆けていく。
しっかりもので、要領のいい彼女がそんなことになるはずがない。そんな気持ちをどこかで感じながらも、朱音の足は勝手に動いていた。
青葉を守らなくては。お節介なら怒られてもいい、それでも、万が一があったら。
尊敬し、そして目標とする兄は言っていた。
「後悔してからじゃ、遅いこともある。だから『やる』と決めたら『やりぬく』覚悟を決める。俺は、そういう気持ちも大切だと思うんだ」
故に、朱音は裏路地へと飛び込んだ。
何かあれば、自分も助けなければ。いや、自分が助けなければならない。と。
「青葉ッ!!」
だが、裏路地の先で待ち受けていたのは、想像していた光景とは全く違うものだった。
お正月の神社で、巫女さんが着るような巫女服にちょっと飾りがついたような――こう、アイドルや日曜の朝に見ているアニメの女の子みたいな服を着て。手には本物の刃がついた長刀を手に。
黒いドロドロした謎の塊と向かい合う、幼馴染の姿。
その隣にはなんだかちょっぴり変わったデザインのぬいぐるみがふわふわ自分の羽で浮いていて、カフ、カフとか言いながら何かを喋っている。
……まるで突然映画の中に放り込まれてしまったのか。それとも何かのドッキリ、サプライズなのか?
余りの事に困惑する朱音は、完全に固まってしまう。
「朱音、危ない!!」
呆然と立ち尽くしていた朱音の意識を引き戻したのは、青葉の叫び声と朱音を庇って黒いドロドロが突き出した拳を、長刀で庇う後姿。
「あ、青葉……!」
咄嗟に出すべき言葉がわからない。この状況への疑問をぶつけるには切迫した状況。逃げようと口にするには余りにも遅すぎる判断。
助けに来た、なんて口が裂けても言えない。今、膝が笑って力が入らないこの状況で、どの面を下げてそんな台詞が言えようか。
「早く逃げて、朱音。私が何とかするから」
「で、でも」
「早く!」
乗用車なんか目じゃないくらい太い黒いドロドロ怪物の腕をはじき返して、長刀を構えてものすごい高さをジャンプする青葉。それを引き留めることすらできない朱音。その制服の襟を、何かが引っ張った。
「はやくこっちに来るカフ! 危ないカフ!!」
「さっきのぬいぐるみ、えってか、喋って」
「いいから、早くするカフー!」
顔を真っ赤にして引っ張る妖精に連れられ、物陰に逃げ込んだ。その最中も、背後では交通事故でも起きてるみたいなドン、ドカ、と言った重い音が地面を揺らしながら聞こえてくる。
たった数メートルを移動するだけでどっと汗をかきながら、「なんで入ってこられたんだカフ」とか「一体どうしてここに来たんだカフ」とかごちゃごちゃ喋る妖精の肩らしき部分を掴み、揺さぶりながら朱音は問う。
「ねえ、青葉は何をやってるの?! あのドロドロは何?!」
頭をがっくんがっくん揺らされ顔色を真っ青にしながらも、妖精は伝えた。
世界を狙う闇の王国とその住人。そして彼らの兵隊『アクマーダー』。
光の世界の楽園が自分を遣わせ、奴らに対抗するため手を貸している。
そして青葉は、彼らと戦う素質を持った『魔法少女』であると。
本当に、日曜朝のアニメでよく聞く設定そのまま。本当にドッキリか、できすぎた夢みたいな話だ。
でも、これは否応の無い現実だ。
青葉の焦燥した表情も、自分の身に迫ったあのドロドロのパンチへの恐怖も、ぬいぐるみもどきを掴むことで手に感じる手触りと温さも。
座り込んだアスファルトの固さも、震える脚も、なにもかも現実だ。
ならば。
「とりあえずここから逃げるカフ、アオバがなんとかしてくれるカフ!」
自分も逃げているくせになぜか自信満々のぬいぐるみの肩を、より強く朱音は掴む。
「――お願い、私も魔法少女にして」
朱音は、細かいことを全部理解しているとは思えなかった。このぬいぐるみが全部本当のことを言っているかもわからないし、嘘をついていたとしても見抜けやしないだろうとも思った。
そうだ、こんな怖いことをたった一人で続けていた青葉の秘密に気付けないような鈍くて馬鹿な自分に、細かい事なんてわかるはずもない、と。
だが。だからこそ。
どんなことよりも、あの場で戦っている友人を助けたい。
今の朱音が考えられることはそれだけだった。
「わ、わかったカフわかったカフからもげるカフもげるカフ!」
腕を引っこ抜かれそうになるほど掴まれ悲鳴を上げながら了承したぬいぐるみもどき。そして取り出したステッキみたいな道具をひったくって、どうすればいいのかだけを聞き出したら、まだ長話をしそうなぬいぐるみもどきを置いて走り出す。
戻ってきてみれば、手にした武器を奪われ、掴み上げられる青葉の姿。
改めて、『アクマーダー』とかいう敵を見た。
どろどろとした巨体、落書きのオバケについてるみたいな三角形を傾けたみたいな目と粘土に穴をあけたみたいな口。こちらもなんだかキャラクターチックで、アニメの敵役みたいな見た目なのに、いざ目の前にするとこんなにも怖い。
ずずず、と。のっそりした動きで、顔が朱音を向いた。同時に、青葉が苦し気にもがきながらも、口の形と途切れ途切れの吐息で伝えてくる。
逃げて、と。
「逃げないよ」
逃げない。絶対に逃げない。
強くて優しい、兄の様になりたい。そう思って、人助けをしてきた。
いつも憧れている幼馴染とこれから先もずっと友達でいたい。そのために、自分にできることをやってきた。
――だから、『やる』んだ。だから、『やりぬく』だけなんだ。
息を吸う。台詞を言うのに気恥ずかしさなどない。
「【ルクス・マジカル・セルブス・デア】!」
子供の頃に、両親にねだって買ってもらったような杖を振りかざせば、全身が光に包まれる。暖かいような、懐かしいような感覚に全身を覆われながら、閉じてしまった目を開いた。
顔の見えない誰かが差し出す、誰かの手。大きくて、優しそうな手。
それを掴めば、朱音の身体は燃えるような炎に包まれた。生まれ変わるように、新たな服が身を包むと同時に、身を焦がすような、燃える想いが宿ったように感じられる。勇気が、覚悟が、決意が。そのまま自分を包んでくれたように。
「う、おぉりゃあああああああ!!」
全身を光と熱を感じない炎に包まれたまま、叫び、飛び、そして自分を見て空いたもう片方の手でパンチをしようとしていたドロドロの怪物の鼻っ面を蹴り飛ばし、その反動で怪物の手から幼馴染を奪い返す。
日常を、大切な友達を守るため。憧れた、『誰かを助けられる人』になるために。
「闇を打ち砕く、光の『力』! 魔法少女――シャイニー・ルオータ!」
この日、咲田朱音は、魔法少女になったのだ。
◆ ◆ ◆
高笑いの際に両手を広げた格好のまま、引きつった笑顔の口角と、眉を痙攣させながら、巨大な宙に浮かぶスクリーンのようなものに映し出されたその映像を見終えたヨッド。彼は突如、豹変したように魔法少女が今黒い泥と共に浸けられている透明な筒の壁を思いきり蹴りつける。
「何を見せている、『アクマーダー』! こんなものはどうでもいい、もっと別の、この女どもが抱く希望の根幹にかかわる記憶を寄越せ!! それを穢してこそ、この女どもを兵器に作り替えられるんだぞッ!!」
怒鳴り声をあげるが、当然筒の中身はびくともしない。そのように作ったのは自分自身であるために、これは完全な八つ当たりだ。
しかし、大きく大きく息を吐く。
「落ち着くのだ――私は影の王国始まって以来の天才、そして何れこの国最初の男王となる策謀の
ぶつぶつと、自信を慰めるような言葉を自分に吐きながら、改めて思索を練るヨッド。しかし心地のよい静寂と沈黙に、ようやく思考がまとまってきたところで追い打ちの様にけたたましい音が、研究所全体に鳴り響く。
「今度はなんだ喧しい!」
怒りと共にモニターを確認する。
その騒々しいアラートが齎した一方を見たヨッドは、怒気に満ちた表情を驚愕に染め、徐々に歪で品の無い喜色満面の笑みに変えた。
「プッ、……ククク、ハーッハッハ! これは傑作だ、素晴らしい! 予期せぬことは良くも悪くも続くものだ!!」
げらげらと、膝を叩きながら笑うと近くの椅子にどっかと腰を下ろして手元の酒瓶の蓋を開ける。
「これはいい見世物だ。先程のくだらない希望に満ちた茶番劇の口直しにたっぷりと鑑賞させてもらおうじゃあないか。――偽りの娘の無様な凋落をな……」
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