第6話 江田島体験
翌日は二人に普段の江田島を体験してもらうことになっていた。起床、体操、甲板掃除、国旗掲揚、課業まですべて同じ。二人は戦闘服を持っていなかったので、体験入隊者用の戦闘服を貸し出す、前日に自衛艦旗のワッペンをそれぞれ中国国旗と韓国国旗に縫い変えておいた。なかなかに似合う。下手をすれば自分達より様になってるんじゃないか。
課業ではワンは俺の隣に、キムは俵藤の隣に座り、いつもどおり授業を受けた。授業は日本語で行われたが彼らは特に俺たちに助言を求めることはなく。興味深く授業を聞いていた、授業の題材はレイテ沖海戦における日本空母打撃群の失敗についてである。彼らがここまで授業を真剣に聞くのは二人とも空母を新造し海洋利権の確保に動こうとしている国の出身であるからだろう。明らかに日本の候補生達と目の色が違った。正直彼らを怖いと思った。当時、どこの国よりも早く航空戦力の優位性に気付き、一時期には世界最大規模の空母部隊を編制、運用した大日本帝国海軍はどこで道を間違い、敗北への道を突き進んだのか。そしてその失敗から教訓を得て、いかに日本国を、日本人を守り抜くかを考えるのが今回の授業の意義であった。講義終わりにワンが、
「北村さんは日本軍の最大の敗因はなんだとお考えですか」
と、流暢な日本語で聞いてきた。自分は少し考えて、
「やはり、組織内の不和、連携の不足でしょう。当時の指揮系統はかなり複雑で、同じ海軍内、陸軍内でも指揮官が異なったりしました。また、士官と下士官兵の結びつきの弱さ、陸海軍の不仲、そして兵学校出身将校と予備学生将校の軋轢、人間関係が不健全な組織はいつの世ももろいのでしょう」
「防衛大学校が陸海空合同教育なのもそのためですか?」
「はい、その通りです。我が国の士官候補生教育は陸海空団結して有事に対応できる人間を育てるため、世界の中でも珍しい陸海空一元教育を防大では採用しております。また、悪しきエリート主義に飲まれないため幹部候補生学校では一般大学の卒業者も受け入れています」
「日本の自衛隊は敵に回せば相当厄介そうですね」
「ええ、旧軍のように陸海空で足並みが乱れることはないでしょうし、多くの隊員の士気も高いです。少なくとも私は船がなくなっても銃で、弾が切れても銃剣で、それもなければ素手で、最後まで生きて抵抗するつもりです」
「日本人はすぐ死ぬ気と言う気がしますが、あなたは言わないのですね」
「本当に死にかけたことがあるもので、それに死んだら国は守れない」
「なぜ国のためにそこまで?」
「いいえ、訂正します。惚れた女のためですよ」
そんな風におどけて返すと彼は軽く笑った。
講義が終わると合同でカッターを漕いだ。カッターは十二人で漕ぐのでチームワークが重要で海自の人間と他国海軍の人間が一緒に漕げるのかと不安であったが、彼らも海で生きることを選んだ身。ものの数分で息を揃え、カッターを勢いよく前に進めた。中国軍や韓国軍の学生と本格的に話したのは初めてではなかったが、敵になるかもしれない相手も自分たちと何も変わりない一人の人間なのだなと思うとなにか不思議な気持ちになった。当然のことなのに。
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