第5話 教育参考館、歓迎会
昼食会が終わり、ワンたちを教育参考館に連れていく、さきほどのこともあり、だいぶ緊張がほぐれたのだろう。参考館に到着するまでかなり話が弾んだ。好きな食べ物、飲み物。なぜ日本に興味を持ってくれたのか、何が苦手で何が好きか、他愛もない話だったが彼らと笑って会話ができてひとまず安心した。ワンは日本の空手と柔道に興味があり、キムは日本の漫画をよんでそこから日本文化について知りたいと思ったのがきっかけで日本語を勉強したらしい。
参考館の入り口につき俵藤が入館する際の注意を伝える。
「教育参考館の中には東郷平八郎元帥、ネルソン提督、山本五十六元帥の遺髪や多数の兵士達の遺品が納められていますので、脱帽の上、撮影はご遠慮ください」
二人は頷いて制帽を脱いで、デジタルカメラをポケットにしまった。
中に彼らを招きいれ、旧海軍時代の資料等を見てもらった。彼らはそれらの一つ一つを細かく丁寧に観察していた。ときおり少し崩れて読めない部分を見つけると自分達に解読をお願いしてきた。正直かなり難儀したが興味をもって聞いてくれたので無碍にするわけにもいくまい。なんとか解読してやるとその度に日本語で「ありがとう」と言ってくれた。そして遺髪室の前に来ると彼らは、遺髪室に対し見事な敬礼をした。三人の提督に対して敬意を示したのだろう。自分達も負けじと脱帽四十五度の敬礼を行った。ひと通り見学が終わると赤レンガの庁舎の教場に戻り、一週間の間に必死に作ったパワーポイントを見せて、江田島について、旧海軍から現在の海上自衛隊に至るまでの歴史、そして今この場所で自分たちが行っている勉強と訓練についてできるだけ詳しく伝えた。
質問はないかと尋ねると、二人から質問攻めにあった。なかでも「愛国心はどのように教育されるか」という質問には頭を抱えた。日本には愛国心はこうあるべきという考えがないことを伝え、代わりに自分たち自身の考えを述べた。二人は不思議な顔をしていたがどうやら納得してくれたらしい。
そのあとは歓迎会が開かれ他の候補生たちと彼らの本格的な交流が行われた。ワンは少林寺武術学校の出身で武道や古武術が好きな同期との会話が盛り上がっていた。キムは韓流俳優にも引けをとらない美形で女性の同期の人だかりが出来ていた。俵藤が明らかに不機嫌になっているのを見て、腹の底で「ざまあ」と思ったのは秘密である。
一応、案内役兼通訳も務めるので一応同期と彼らの会話がすべて聞こえる範囲に張り付いていると、どうやら日本の文化についての会話になったらしい。誰の、いつのどんな俳句が素晴らしいだの、日本人の自分達にも全くわからないレベルの会話をほぼラジオ感覚で聞いていると、キムが突然、
「北村さんたちはどんな短歌が好きですか?」
と聞いてきた。いやいや、ブラジル人の全員が全員、サッカーができるわけでないのと同じように日本人の全員がそういうものに精通しているわけではないんですよ。そう言おうとした瞬間、俵藤が
「君がため惜しまぬものを命さえ 消えて残らぬ名にしありとも」
へ? こいつ短歌なんてできたっけ?
「どのような意味があるのですか」
キムが目を輝かせながら問う。
「自分の主君のために命を捨てることなど惜しくない、たとえ後世に名前を残すことができなくても。という意味です。私も東郷元帥やネルソン提督のように後世に名前を残せるかどうかわかりませんが、自分の親しい人たちを守るために命を懸けるのは決して惜しくなどありません。自分達軍人と重なるような内容なので、私はこの短歌が好きです」
おいおい、この雰囲気。俺もなんか言わなきゃになるだろうが!
「素晴らしいですね、北村さんはどうですか?」
「えーと、そうですね」
短歌、短歌、短歌―なんでもいいから出てこい!
「わが命の
よし、いいのを思い出した。あとはそれっぽいこと言おう。
「日に日に思いが増すことはあっても、あなたのことは命ある限り忘れはしないという意味です。私はどうも昔から高嶺の花のような人ばかり好きになるのですよ。部活のエース、綺麗な先輩、その他多数。当然相手になんかされません。ですが一度も忘れようなどと思ったことはありません。彼氏になることは叶いませんでしたが、今、自衛官としてその人たち全員の幸せを影で支えられるのですから。いつまでもその人たちは私の大切な人たちです」
すこし恥ずかしかったが、なんとか誤魔化しきれた。
「こいつはもう少し自分の身の丈にあった女性を探せば、すぐ恋人の一人やふた、イテッ」
「蚊が居たもので」
余計なことを俵藤が言いそうになったので肩を叩いて牽制する。
「お二人とも、やはりすごい方なのですね」
なんかすごい誤解を与えたけどまあいっか。
歓迎会は終始和やかなムードで行われ無事終了した。
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