第4話 来訪者と昼食会

今日は普段と違い礼装を着用する。第一種夏制服―普段着用している三種夏服と違って長袖、詰襟で式典の時に着用する。普段よりもちょっぴり立派になった気分がする。普段より早く起き、グラウンドの旗りゅうマストに“WELCOME”と“UW2”(歓迎の意)を表す信号旗を掲げ、普段の倍以上神経を使い容儀点検を行った。幸い、前日までクリーニングに出していたこと、朝にみっちりプレスを効かせ、金具の部分を一時間くらい磨いて覗きこめば自分の顔がしっかり映るようにしていたことで、鬼さんにシバき倒されるのを回避することができた。彼らが宿泊する居室を隅々まで点検し、あとはここに彼らが訪れるのを待つばかりである。

ヒトマルマルマル(午前十時)、黒のクラウンが正門に到着し、中から精悍な顔つきをした二人の男が降りてきた。教官たちに見事な挙手の敬礼をし、続いて自分たちにも敬礼をした。自分たちもしっかり四指を揃え音が鳴る勢いで答礼する。

「江田島へようこそ、あなた方を案内します、俵藤健一です」

「北村守です。」

「中国人民解放海軍、大連艦艇学院から参りました。王静です」

「大韓民国海軍、海軍士官学校から参りました。金建宇です」

背広式の軍服を着たほうが中国軍のワン、俺たちと同じく長袖、詰襟の軍服を着た方が韓国軍のキム。

ひとまず英語で自己紹介を終え、彼らを宿泊する部屋へ案内する。向こうも英語はべらべらだ。俺たちが選ばれた意味があるのかと思いつつ彼らに今後の日程を伝える。万が一事故が起きたら首を切り落とされるのは自分である。出来る限り丁寧に説明し、わからないことはないか、わからないことがあれば必ず自分たちに聞くことをしつこく言った。ひとしきり彼らの荷物の整理が終わったことを確認し、昼食会場へ案内する。

初日ということもあり一応学校の主要な幹部が揃った場所で昼食をとってもらう。普段、自分たちにとんでもない重圧をかけてくる教官がワンたちとは物凄く笑顔できさくに話しているのを見て俺と俵藤は思わず顔を見合わせた。

 食事の内容は和食で寿司、海老、大葉、キス、ししとうのてんぷら、茶碗蒸し、あさりの吸い物。こんな高級料亭顔負けの料理をすぐ作ってしまう海自の給養員は本当にすごい。改めて補給科は偉大だと思った。まあ、娯楽のない海の上で飯までまずかったら暴動ものだ。海自の飯は三自衛隊の中で一番うまいと言われている。しかし悲しいかな、今日は上官が勢ぞろいしているからだろう、味はほとんどわからなかった。

本来自分達は幹部候補生たる海曹長という階級にあって、まだ士官ではないのでこの中では末席に連なるべきであるが、今回は外国軍の来賓の案内の任に付いている。そのため、なんと一佐よりも校長である海将補に近い席に座らされることになったのである。ワンとキムを挟んですぐそこに海将補――海軍少将がいるというのは異常に心臓に悪い。しかも反対の方向を見れば「大佐」がいるのだ。左右に自分たちよりも七つも八つも階級が上の人たちがいるのだ。もし食器を落としたりしたらーー想像したくない。

「ガチガチだな二人とも」

そんな自分たちの緊張を受け取ったのか先任伍長が話しかけてくれた。先任伍長とは二等兵からの叩き上げの曹長のことで、現場のことは誰よりも知っている。時に鬼軍曹のように、そして時に親父のように自分達を支えてくれる存在だ。

「誰も、ここでは君たちのことはいじめないよ」

そう伍長が言った瞬間、その場にいたほとんどの上官が吹き出して笑った。

「なんだ、取って食われるとでも思ったのか」

「はい、そう思いました」

そう思わず返すと、いままではけらけらと笑う程度だった上官たちが腹を抱えて笑い出す。

「確かにまだ少尉にも任官してないのにこんな場所に放り込まれたら辛いよな」

校長も涙を堪えながら笑う。キムとワンも意味がわかったのだろう。自分達に向かって、

「私たちも心臓がはち切れそうなほど緊張しました」的なこと言ってくれた。上官たちの笑い声はさらに大きくなり、キムもワンも俺も俵藤も気付けば声を上げて大笑いしていた。

まったく本当にすごいな、うちの幹部と伍長さんは。

自分たちの肩章よりもはるかに多く太い上官たちの金モール、そしてなによりも綺麗に縫い付けられた桜の印がとても眩しかった。自分が着ている純白の制服と全く同じはずの制服も上官たちや伍長が着ると自分たちにはない何とも勇ましい気風に満ちている。自分もいつかこうなれるのだろうか。


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