第2話 幹候の昼、同期の桜

 午前の課業をなんとかやっつけて、昼食にありつく。今日の昼食は若鶏の唐揚げ、千切りキャベツ、ホイコーロー、豆腐のサラダ、味噌ラーメン、ごはん(特盛)。ダイエット女子の悲鳴が聞こえそうなメニューだが心配ない。これを食べても夕食の時にはお腹がすくような訓練が午後も待っているのだから……。それに炭水化物×炭水化物なんて自衛隊の名物だ。入校当初、ラーメンやうどんがあるのにご飯を山盛りにする一課程を見て戸惑っていた二課程の学生も今では嬉しそうにご飯を大盛りにしてそれはそれは美味しそうに頬張っている。食事以外に娯楽がないのはもちろんだが、それ以上に生存本能が研ぎ澄まされているのだと思う。

 防大入学当初、高校までと同じ量の米しか食べないで臨んだハイポート(重さ約3.5キログラムの小銃を胸に抱えてのランニング)は思い出したくもない。途中で視界が暗転し右も左も上も下もわからなくなってぶっ倒れたのである。体調が悪かったのも辛かったが、担架で運ばれていくところを当時好きだった三年の先輩に見られたのが一番最悪だった。先輩は心配して医務室まで見舞いにきてくれたが情けなくて仕方なかった。いくら年上でも好きな女性に弱っているところを見られたくなかった。その日から私は誓ったのだ、「ご飯は大盛りでいただく!」と。

「いただきます!」両手で合掌して、まずはチャーシューと味が染みた野菜をご飯の器に移して麺を一気にいただく。そしてサラダ、これも一気食い。そのあとで唐揚げ、チャーシュー、味染み野菜、ホイコーローを駆使して特盛ごはんを攻略する。味が濃いおかずに舌が疲れてきたら千切りキャベツを勢いよく食べる。シャキシャキとした食感が心地いい。ご飯がいい感じに減ってきたらラーメンのスープに投入して猫まんま風にしてさらさらといただく。行儀は悪いが、いっちゃんうまい。ブラックホールのように昼食を胃に収め食堂を後にした。

 自室に帰り中国語のノートと音楽プレーヤーを引っ張り出す。基礎文法はほぼ英語と同じなので問題なし、日常で使用する語もおそらく大丈夫だろう。問題は航海用語と軍事用語だ。普通の人間はまず使わないだろう。それと韓国軍の学生はいいが中国軍の学生はNATOの兵科記号や用語についてわからないこともあるだろう。確認して適切な訳をしなければならないな。プレスをしながら昔作成した軍事用中国語ノートを確認する。

 幹候の昼休みは放送で英語のニュースが流れている。音楽プレーヤーの音量を上げたいが緊急性の高い放送がなると怖いのでプレスが終わり次第、外に行くことにした。外に出てすっかり緑になった桜の木の下に行くと、考えることは同じだ。俵藤がいた。軽く会釈するとそいつは軽く「おっす」と言ってすぐ視線を手元に落として作業を継続する。普段なら絡んでくるところだが、お互い四年以上同じ釜の飯を食った同期だ。本当に必要なときに余計な事はしない。こいつと俺は同期の桜……か。なんだかんだ言いつつも、俺はこいつを信頼しているのかもしれない。

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