エピローグ

『おはぎ』を作ろう

「ロッティ、これをどうするんだい?」


 お店の裏手で、魔力がなくなったマロッサの実と、マロッサの魔力がたまった樽を見比べながらジュードさんが声をかけた。


 あれから、ヘイルズ王子は王都に戻り、一連の事件の首謀者は祭司長を食べた蛇人間だったことを報告したらしい。でも、公の見解は、祭司長が王都とオーヴァレヌ伯爵様の関係を悪化させるために、狂鼠を開発したとのこと。昨日の新聞でそんなことが書かれていた。ちなみに、オーヴァレヌ伯爵邸でのことは他言無用。アランさんと私は、誓約もさせられている。


 四季を司る高貴な人々や黒い蛇のことを隠したがるってどういうこと?って思うけど、王都もオーヴァレヌ伯爵もいろいろあるらしい。


 そして、ジュードさんは無事に解放された。随分の違約金をもらったと話していたし、ギルドでの噂話もあっという間に消えてしまった。誰かが情報を操作したのは明らかだったけれど、それを問いただすことはしないってジュードさんは言っていた。


「マロッサは、お鍋にはいるくらいを煮ることにするわ。だから、そこにある大きなお鍋に八文目くらいいれてくれる?」

「りょーかい。で、マロッサの魔力がはいった樽のほうは?」

「ギルドが引き取ってくれるってことで話がついているから、もう少ししたらギルドから人が来ると思うわ」

「そうなんだ。じゃ、樽の方は、ふたしておくね。そーいえば、重力操作の魔法石って、不具合があるからって全回収されたんだっけ。あれがないとまた、重い荷物を持たなきゃならないくなるね。結構、役に立ったんだけどなぁ……」

「そうね」


 月白の塔で開発された人造魔法石は、不具合が見つかったという理由で回収されることになった。人造魔法石が何から作られているか知ってしまった私は、ジュードさんの残念そうな顔になんて言えばいいかわからずあいまいに頷くしかできなかった。こんな時は、話を変えるのが一番。


「私、コメも炊くつもりだから、お店の中に戻っているね」

「うん。じゃ、僕はマロッサを鍋に入れて、そっちに行くね」



 店には、マロッサの茹でる匂い、コメの炊ける匂い、……おいしそうな匂いが漂っている。


 この世界のコメは炊いてみると、もち米に似た食感のものになった。熱いうちにすりこ木でつぶして、小さな俵型にまとめていく。


 キッチンカウンターが見える椅子に座っているジュードさんが感心したように声をあげる。


「コメをそんな風にして煮るのは初めて見たよ」

「ふふふ。これも、おばあちゃんに教わったの」

「ほんと、ロッティのおばあちゃんって物知りだね」

「でしょ―! おばあちゃんって、美味しいものが大好きだからね!」

「それをどうするの?」

「上からあんこで包んで『おはぎ』にするの!」


「あんこで包むのか……」と、ジュードさんが少しがっかりとする。


 ジュードさんって甘いものが苦手だったわ。


「あっ。……、ジュードさんのためにはコナの実をまぶすわ」

「コナの実を?」

「特別ね!」


「……特別かぁ……。ならいいかな」とジュードさんが少し目を泳がせている。


「誰が特別なんだ??」


 その声に驚いて、お店の扉を見る。そこには、ヘイルズ王子が冒険者のような恰好をして立っていた。金色の髪が青色の髪に変わっている。


「ヘイルズ王子???」と、私が頭を下げたのを見て、ジュードさんは慌てて立ち上がり頭を下げた。


「なんだ。バレてしまったか。ギルドでは誰も気づかなかったのにな」


 ヘイルズ王子があからさまにため息をついた。


「ロッティ、俺は、冒険者トラビスだ」

「へ?」

「だから、冒険者トラビス。今日、ギルドに冒険者登録したばかりの駆け出し冒険者。ランクは最低のF」


 ヘイルズ王子が冒険者が持っているプレートを見せる。


「はい?」

「そんけーする冒険者はアランさん。ギルドで、アランさんの場所を聞いたら、『ひつじぐも』へ行って樽をもらってこいと言われ、ここに来たと言うわけだ」


 まだ、話が見えてこない。私の隣でジュードさんも口をあんぐり開けている。


「はい?」

「そんなにびっくりした顔をするな。……、ところで、何が特別なんだ? いい匂いがするが何を作っているんだ?」


 ヘイルズ王子が部屋の中をきょろきょろと見渡す。


「『おはぎ』です」

「敬語はいらない。俺は、トラビスだからな。それで、『おはぎ』とは何だ?」

「コメをあんこで包んだものです」

「コメ?」

「作りますから、一つ食べますか?」

「ああ。頼む」


 ヘイルズ王子はちゃっかりとジュードさんの隣に座ると、キッチンカウンターをのぞき込んだ。私は、おこわ(コメを潰して丸めたもの)にあんこをかぶせて形を作っていく。おこわにあんこではなくコナの実をつけていると、ヘイルズ王子が「それはなんだ?」と聞く。


「ジュードさんは甘いものが苦手だからジュードさん用特別なおはぎです」


「そうか。それで特別か……」と、ヘイルズ王子がほっとしたようにつぶやいた。


 (ほっとした理由がわからないけれど、まあ、自分の分も作れと言わなかっただけ

よかったと思うことにしよう)


 そんなことを思いながら、私はミンティア茶を入れて、おはぎと一緒にヘイルズ王子とジュードさんの前に置いた。


「おはぎです。どうぞ召し上がれ」

「これがおはぎか」


 ヘイルズ王子がおはぎがのったお皿を持ち上げ、いろんな角度から見ている。


「外側は茶色がかった赤紫のレビンのあんこだな」というと、フォークでおはぎを半分に切った。


「この白い部分がコメか。コメはスープの具材だと思っていたが、こうやって食べると、もちっもちっとしていて存在感がある食材なんだな。本当にロッティのつくるものは美味しい。……、レビンの粒は豆の感じが残っているのに、コメの粒はもちっとしている。おはぎは、レビンとコメの境界線があやふやな分、お互いが混ざり合い、一体感が感じられる」


 そう言うと、あっという間に食べてしまった。ジュードさんは何も言わず、コナの実のおはぎを食べている。


(隣にヘイルズ王子がいちゃ、何も言えないわよね?)


「……、美味しかった」と、小さな声でジュードさんがつぶやいた。


 ヘイルズ王子は食べ終わると、席を立って、思い出したように手を叩いた。


「そうだ。忘れていた。樽はどこだ? 店の前に荷車を用意しているから、教えてほしい」


 きっとジュードさんには聞かれたくない理由があるんだろうと思って、私は樽の場所まで案内することにした。


「あの……、王都の方は?」

「好き勝手生きてもさほど咎められない。それに、ロッティを守る理由があるから問題ない。ここで冒険者として暮らすことは父上もオーヴァレヌ伯も了承済みだ」


 ヘイルズ王子が意味ありげに笑った。私はその笑顔の理由がわからずあいまいに笑った。


 しばらく黙っていたヘイルズ王子が言いにくそうな顔をして、「……、その……、ジュードとは仲がいいのか?」と言い出した。


「ジュードさんはアランさんと仲のいい常連さんの一人ですよ。このヴァルコイネンで困っていることはないかと気にかけてくれてます。今日も、手伝ってくれました」

「そうか」

「それが?」

「いや。なんでもない。………、ギルドに持っていくのはこの樽か? 中身はなんだ?」

「マロッサの魔力です。私には使い道もないので、ギルドでひきとってもらおうと思って……」

「マロッサというと、あの歩く魔木か。普段はどうしている?」

「こんなにたくさんのマロッサの灰汁抜きをするのは初めてなんです。…………、アランさん、マロッサの実が好きだって言っていたから、アランさんの方がよく知っていると思います」

「そうか」



 ヘイルズ王子はなんとなく不機嫌な顔で、樽を荷台に乗せると、「また来る」と言って立ち去って行った。


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