祭司長の正体
細い雨が狂鼠を溶かしたから、さっきまで真っ白で視界不良だった世界に、透明さが戻ってくる。今なら、祭司長の姿も顔色のはっきりとわかる。ローブを脱ぎ捨て、どこから出したのか手には少し長めの棒を持って構えている。
ヘイルズ王子が一気に祭司長のところまで走る。剣と棒がぶつかり、キーンと剣げきの音が部屋に響いた。
「なぜ、シャルロットを欲しがる???」
「あの女の魂の色は、月の世界を思わせる薄い青みを含んだ白色。探し続けている魂の色。それを手に入れれば世界は主のもの」
祭司長が、わずかに口角をあげて、蛇のようにねちっこい目で私を見た。その目は、前世のあいつを思い出すような目だった。
(怖い!!)
ぞわぞわぞわっと背筋が凍る。怖くてガタガタと震えてしまう。駆け寄ってきたアランさんが支えなかったら、私はその場に倒れていたに違いない。でも、私はぐっと足に力をいれて立ち、アランさんに支えられながら祭司長を睨みつけた。
(ヘイルズ王子が戦っているんだ。今、ここで倒れるわけにはいかない)
「わ、私の魂を手に入れて、どうするつもり?」
私の声を聞いて、ヘイルズ王子の剣を受け止めている祭司長がにやあっと口角をあげた。
「世界を支配するための魔法石にする」
「「何、魔法石??」」と、アランさんとヘイルズ王子の声が重なる。
「人間の魂は魔法石にはならないわ。月に行って、次の命になる準備をするのよ?」
「ふっ」と祭司長は鼻でわらった。
「そんなもの、月に行く前に捕まえてしまえばいいだけのこと。一度は失敗したが、今度はうまく捕まえる方法を見つけたから、問題ない」
祭司長の言葉に、ぞわりと底知れない恐怖を覚える。アランさんが私の肩を支えてくれていなかったら、パニックを起こしていてに違いない。アランさんの手から伝わる温かさが私を励ましてくれている。
「一度は失敗した? うまく捕まえる方法?」
私のつぶやきが聞こえた祭司長は、細い目をさらに細めてにたりと笑う。陰険で、まとわりつくような粘着質の笑み。それは、まるで、蛇が狙った獲物を前に、獲物が怖がっているのを楽しんでいるような感じ。
「お前は、この世界ではない世界、そう、×××と呼ばれていた世界で、この手に掴んだのに逃げられてしまった」
えっ???
×××と呼ばれていた世界?
司祭長はあいつだった?!
心臓がぎゅうっと締めつけられる。
「わたしは、人間の魂を魔法石に変える方法を見つけたのだ」
祭司長はヘイルズ王子の剣を払うと不気味な笑顔を浮かべたまま、棒を私の方に向けて数歩近づいた。アランさんが私を守ろうと私の前に立つ。
剣を払われて数歩後ろにさがったヘイルズ王子が、剣を構えなおす。
「人間の魂を魔法石に変えることは、人間の
「ふっふっ。 その理に反した魔法石を使っていて、何をいう?」
祭司長が、ヘイルズ王子をからかうように持っている棒をくるりとまわした。
その仕草を見て、「えっ?」と、ヘイルズ王子が戸惑ったような声をあげる。
「…………、もしかして、月白の塔で開発している人造魔法石が……」
「ふっふっふ。何もないところから魔法石が作れるはずがなかろう? うすうすわかっていたのに、気づかないふりをした。なんとも、人間はズルい生き物だ」
私の前に魔剣アラムを握りしめていたアランさんが、顔を真っ赤にして呪文を唱えた。魔剣アラムから火の竜が祭司長めがけて飛んでいく。ヘイルズ王子も祭司長に剣を振り下ろす。二か所からの攻撃でさすがの祭司長もよけきれず、ヘイルズ王子の剣が祭司長の腕にあたった。
ごつっ。
硬いものにあたる音がして、祭司長のシャツが破れ、祭司長の皮膚があらわになる。
「お前!! その腕! ……、ウロコ??? 一体、なにもの??」
祭司長の目の前にいるヘイルズ王子が、自分の目に映るモノが信じられないと言う顔をしている。私の前に立っているアランさんも、剣に力を入れなおしたのがわかった。
「その腕、黒いウロコ、蛇??」
私の声が部屋に響くと、祭司長がにたりと笑った。
「わたしは主に忠誠を誓ったモノ。お前を魔法石に変える」
祭司長が、シューシューっと蛇が威嚇するような音をたてる。その音を聞いたアランさんもヘイルズ王子も金縛りにあったように身動きが取れなくなる。
祭司長が私の顔をじっとみて、ゆっくりと私の方にやってくる。
(逃げられない!!)
と、その時――――。
バリリ――――ン。
部屋の大きな窓が大きな音を立てて割れ、大量のモップルルの葉が風に乗って入り込んできた。
(モップルルの葉?)
床は一面モップルルの葉の海になる。モップルルの葉は風に乗り自由自在に動き回る。
私の足元で、祭司長の足元で、アランさんとヘイルズ王子の足元で、モップルルの葉がカサカサと音を立てて渦巻いている。祭司長が私からわずかに視線をそらすと、いらいらした態度でモップルルの葉をぐしゃぐしゃとふむ。
「豊と実りの王に感謝します!」
金縛りが解けたアランさんとヘイルズ王子は持っていた剣を握りなおして、祭司長を取り囲んで剣をむけた。
(これって!!)
私の目の前でモップルルの葉が渦を巻きながら舞い上がり……、モップルルの葉がすべて床に落ちると、「ここからは、私が相手をしよう」と、オスマンサス様とヴぃー様が私の前に立っていた。
「「オスマンサス様!!」」
私とアランさんの声が重なる。ヘイルズ王子は驚いたような顔をしている。
「蛇人間が生きているとはな。祭司長やらを食べたな」とオスマンサス様が祭司長を睨んだ。祭司長が一瞬動揺したように目を大きくしたけど、すぐに細い目に戻って笑みを浮かべている。
「四季の! ……これは好都合。お前を亡き者にすれば、豊と実りは我らのもの。主もきっとお喜びになる」
シューシューと嫌な音を鳴らして、オスマンサス様を睨みつけた。持っていた棒をオスマンサス様に投げつける。そして、さっきまで祭司長だった頭が蛇の頭に変わり、大きな口をあけて、一気に襲い掛かった。
「危ない!!」
床に散らばっていたモップルルの葉がいっせいに祭司長めがけて集まっていく。そして、あっという間に祭司長を覆うとぎゅうっとそのカサを小さくしていき、一枚のモップルルの葉になった。
「蛇人間はランカルメの
オスマンサス様が手に持っていたモップルルの葉をぐしゃりと潰した。
ギィ――――。
今度は扉が大きな音を立ててオーヴァレヌ伯爵様が一人入ってきた。
そして、ヘイルズ王子のもとに走りよると、膝をつき「申し訳ありませんでした。祭司長が女を渡せば、ヴァルコイネンの空、しいてはオーヴァレヌ領の空の支配権について王に進言してもいいと言ったものですから。それを信じて、………私は四季を司る高貴な人々との約定を守るために選択をしたつもりでした…………それなのに……。どうか、王都には…………」と謝り続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます