『あんまん』は最強アイテム?

 アランさんが叫んだけれど、部屋にオスマンサス様が現れることはなかった。祭司長が口角を少し上げてにやりとした。


「はっ。笑わせる。…………四季が出てくれば、こちらとしては好都合だったのだがな」


 祭司長の呪文で現れた狂鼠が「キキキ キシキシ キキキ」と高音の耳障りな声を出す。部屋の温度が一気にさがっていく。さっきまで陽の光が差し込んでいたはずなのに、部屋中が真っ白な雪の世界に変わる。


(オスマンサス様!!)


 私もオスマンサス様の名前を心の中で呼ぶ。


 ヘイルズ王子は私の前に立って剣を右に左にさばいて、襲い掛かってくる狂鼠を斬る。斬られた狂鼠は跡形もなく消えていく。


 でも、一匹一匹は倒せても、狂鼠の数はどんどん増えていくばかりで、いっこうに埒が明かない。次第にヘイルズ王子が肩で息をし始めた。


 ヘイルズ王子に並ぶように立っているアランさんは、呪文を唱えながら魔剣グラムで狂鼠を焼き払う。魔剣グラムの炎に触れた狂鼠は、血の様に赤黒い魔力をゆらめかして、溶けていく。でも、炎に触れなかった狂鼠の方が圧倒的に多い。


(魔法が使えたら、私だって加勢できたのに……)


 剣もふるえない、魔法も使えないこの私にできることって何かないのかとあたりを見回す。一面、真っ白な雪だけど、一か所だけ、雪が少ないところがあるのを見つけた。


 ―――、あれは、―――、アランさんが持ってきた袋だ!


 あの中には、アランさんの必要なもののほかに、あんまんが入っている。


 あんまん、……。私がお客様に提供するのは、アツアツホカホカがウリのあんまん。


(そうだった!!)


 テイクアウト用のあんまんは冷めないように、あんまんをいれる袋に、捨ててもいいかなと思うような火の小さいくず魔法石をカイロ代わりに入れてあることを思い出した。


「ア、アラ、ン……さん」


「どうした?」と魔剣グラムで私のそばに近寄ってきた狂鼠を払いながら聞いた。


「あ、……、あん、まん……」


「袋からあんまんを取りだしてください!」と言いたかったのに、寒さで口がうまくまわらない。


「どうした?」

「何か思いついたのか?」


 私の言葉を聞いて、アランさんとヘイルズ王子の声が重なる。私は、震える右手を左手で押さえながら、あんまんが入ったアランさんの袋をさす。


「そうか! アツアツホカホカのあんまんか!!」とアランさんは言うと、魔剣グラムを大きく振り上げた。勢いよく飛び出した炎の竜のあとをアランさんが走る。そして、自分の袋を拾うと、私の足元に投げた。私は、しゃがんで、袋の紐をほどきはじめた。でも、寒くて、手がかじかんで、ほどけない。はあっと自分の手に息を吹きかける。じんじんと痛みが走る。手をこすり合わせ、指を動かし、……紐に手をかける。


(ほどけない!!!! アランさん、縛るの強すぎ!!)


 私の前で剣を振るっていたヘイルズ王子が、後ろで私がもたもたしているのに気がついた。そして、あっという間にアランさんの袋を斬ってくれた。あんまんが入った袋がころころと転がる。私はそれを拾うと、中にはいっているあんまんを取りだし、えいっとばかりに袋を投げたつもりだったんだけど、袋は私の目の前に落ちた。


 私に襲い掛かろうとしていた狂鼠に袋が触れて、……あっという間に、狂鼠は溶けてなくなった。そして、くずとはいえ火の魔法石が入った袋が落ちた場所は、火の暖かさをとりもどしていく。まわりにいた狂鼠はその暖かさに耐えきれず溶けていく。


 手には袋からとりだしたあんまんがある。あんまんの温かさが私の手を、気持ちを温めてくれた。


(鼠って雑食だったよね? このあんまんを投げたら、そっちにいってくれたりしないのかな?)


 私は立ち上がると、思いっきり遠くに投げた。今度は少し遠くまで飛んでいってくれた。そこにいた狂鼠が湯気を立てて溶けていく。そして、……、あんまんが落ちたあたりの狂鼠の視線があんまんに釘づけになり……、あんまんに飛び込んでいった。


 数匹の狂鼠は溶けたけれど、すぐにあんまんは冷めてしまったのか、あっという間に食べられてしまった。


(失敗?)


 私ががっかりしたのがわかったのか、ヘイルズ王子が声をかけてきてくれた。


「いい考えだ。……そうだな。今度は、あんまんの袋を私の前に置いてくれないか? そうすれば戦いやすい。あんまんは、さっきみたいに遠くに投げるいい。鼠共は食い意地が張っているから、そっちを襲うからな」


 二つ目の袋は、ヘイルズ王子の前に置いた。すると、今度は狂鼠もわかったのか、袋から少し距離を置いた。必然的に、ヘイルズ王子との間に距離ができた。


(じゃあ、火の魔法石が入った袋を、私達の周りにおけば、襲ってこないってこと?)


 私が思ったことと同じことを考えたのか、ヘイルズ王子が大きく頷いた。


「無駄だな。そんなくず魔法石はすぐに魔力を失う。鼠に喰われる前に、女を渡せ」と皮肉めいた祭司長の声が聞こえてきた。


「そんなこと、やってみないと分からないだろう?」


 ヘイルズ王子が言い返す。


 私も、黙って、三つ目、四つ目、五つ目の袋を置いて、あんまんを投げた。あんまんの誘惑には勝てず、狂鼠は自滅していく。でも、それは決定的な効果にはならない。


 状況を変えるには、どうすればいい??


 私は必死に考える。ヘイルズ王子も戦いが楽になったとはいえ、肩で息をしている。魔剣グラムから飛び出す炎の竜も、魔剣グラムに埋め込まれている魔法石の魔力がなくなったらおしまいだ。どうすればいい?


 どうすればいい???


 


 雪を溶かすのは………、そう!! そうだった! 雨!! 雨だわ。


 この前、ヘイルズ王子が狂鼠に襲われた時、雨が降ったから助かったって言っていたじゃない。ぐっしょり濡れてデューゼの木に来たじゃない。


 私は膝をついて、手を組んだ。


 「雨神様。豊と実りの王様。どうかお願いです。実りの雨をお恵みください。供物はここにあるあんまん。そして、……白玉ぜんざい。豊と実りの王様。雨神様。どうかお願いです。実りの雨をお恵みください」


 私は一生懸命祈った。この世界、真摯な祈りは神様がきいてくれるって言われているからね。


 ヘイルズ王子が私の言葉を聞いて、剣を置いた。そして、私の隣で同じように膝をつき、「豊と実りの王様。雨神様。どうかお願いです。実りの雨をお恵みください」と祈り始めた。





 ポツ………。私の頭に、水滴……? 


 私は慌てて顔をあげた。ヘイルズ王子も顔をあげて私に頷いた。


 ポツ、ポツ……

 ポツ、ポツ……ポツ、

 ポツツツツツ……。


「雨だ!!!」


 アランさんが叫んだ。




 ―――、細い雨が、狂鼠をすべて溶かすのに、それほど時間はかからなかった。


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