扉の向こうにいたのは……。
「王都の人間と話すとは、どういうことだ?」とヘイルズ王子が機嫌悪く聞く。
オーヴァレヌ伯爵様は、大きくため息をついた。
「言葉通りです。王都からいらっしゃっている方がいます。ここで引き渡して頂いたら、もう一人の容疑者と一緒にそのまま連れて行くつもりでした。…………、その女をあくまでかばうおつもりならば、私についてきてください」
そして、踵を返すと歩きだした。
「それが、ヘイルズ王子に対する態度か!!」と騎士団の騎士の誰かが叫んで、剣を抜いた。それを合図に、辺境騎士団の人たちも剣を抜く。ぴりりっとした緊張が走る。
「やめないか」
オーヴァレヌ伯爵様は振り返ると、辺境騎士団の人達を睨みつけた。辺境騎士団の人達が、「でもよお」「しかし」とぼやき、気にいらないという表情を消さないまま剣をしまった。
ヘイルズ王子も手をあげて、騎士達に剣をしまうよう指示を出す。騎士達は黙って剣をしまい、頭を下げた。
剣はしまったとはいえ、辺境騎士団の人たちと騎士団の騎士達は睨みあったままだ。
ぴりりっとした緊張が消えない中、オーヴァレヌ伯爵様が、何も言わず、また、歩き出す。ヘイルズ王子が私の方を見てにっこり笑うと、腕を差し出した。
(こんな殺気だった雰囲気の中笑うなんて、さすが王子様。それに、優雅な仕草でエスコートのための腕を出すなんて……)
私は、ヘイルズ王子の図々しい性格に感心して、その腕に手を添えて歩きはじめた。聞きたいこと、言いたいことはたくさんあるけど、ここはぐっと我慢する。ぴりぴりした緊張感の中、私だったら余計なことを言ってしまう可能性が高いもの。
オーヴァレヌ伯爵様もヘイルズ王子も無言で、誰もいない廊下を歩いていく。ちらりとヘイルズ王子の顔を見ると、少しだけ口角をあげて、まっすぐ前を向いている。自信たっぷりに歩いている姿はやはり王子様なんだって思ってしまう。
大きな扉の前につくと、オーヴァレヌ伯爵様が扉に手をかけ、こちらに振り返った。
「ヘイルズ王子には、どんなことがあっても、どうしても守りたいものはありますか?」
「ある」
ヘイルズ王子が迷いもなく答える。
(一瞬、私の方を見たのは、私に同意を求めたの?)
「もし、守りたいもののために犠牲を払わなくてはいけないとしたら、ヘイルズ王子はどうしますか? 犠牲となるものを切り捨てますか?」
「ああ。為政者ならば、致し方ない話だ」
ヘイルズ王子の答えを聞いて、オーヴァレヌ伯爵は満足そうに大きく頷いた。
「我らは王都に盾つくつもりはありません。ですが、王都の要望をすべて聞くことはできません」
オーヴァレヌ伯爵ははっきりと言った。その目には強い意志がある。さすがのヘイルズ王子も黙ったままだった。
「…………」
「雪鼠を凶暴化させた原因と考えられる魔力は自然界に存在せず、最近開発された人造魔法石と同じものだと気がつきました」
「それは理解した。しかし、……、最初の襲撃の時にはジュードもロッティもその場にいなかったのだから、関係ないだろう?」
「我らが探しているのは、王都に説明できる事実です」
「それが矛盾だらけであってもか?」
掠れるような小さな声で、「…………、我らもどうしても譲れないものがありますからね」と言うと、オーヴァレヌ伯爵がぎいぃっと扉を引いた。そこは、 床から天井まで目一杯広がった大きな窓がある部屋だった。さんさんと陽の光が差し込んでいる。不思議なことに、椅子や机がない。がらんとしている。ただ、壁際に大きな鏡があった。
窓の近くに誰かが立っている。でも、窓から差し込む陽の光のせいで、それが誰かわからない。おまけに頭からフードをかぶっていて、顔の部分が完全に影になっている。
(黒い長いローブを着ているってことは、…………、王族や騎士ではなさそうなんだけど……)
横を見ると、ヘイルズ王子が、眉間にしわをよせ、唇をぎゅっと閉じている。
(心当たりがあるのかしら?)
突然、バタンと大きな音を立てて扉が閉まった。慌てて扉の方を見ると、オーヴァレヌ伯爵の姿は見当たらなくて、アランさんが厳しい顔をして立っていた。
(オーヴァレヌ伯爵は出ていってしまったってことよね)
私があれこれ悩んでいると、部屋にいた人が両手をひろげた。
「お待ちしていましたよ」
(祭司長!!!!)
ぞぞぞっとランカルメ祭の時の恐怖が、私の心臓をわしづかみする。私は恐怖で我を忘れそうになる。反射的に踵を返して逃げ出そうとした途端、私の手を優しく握ってくれる手があった。
(ヘイルズ王子!!)
「大丈夫。私がついている」
ヘイルズ王子が私の耳元で囁く。
「大丈夫。シャルロットは絶対に私が守る。扉はアランが守っている。だから、大丈夫。…………大丈夫だよ」
ヘイルズ王子の言葉はすうっと私の心に響く。ヘイルズ王子に握られた手からはヘイルズ王子のぬくもりが伝わってくる。私は目をつぶり、自分の気持ちを落ち着かせようと、ゆっくり大きく息を吐く。
(私にはヘイルズ王子がついている。前世は前世。今世は今世。この前は動転したけど、今度は大丈夫。大丈夫…………)
ヘイルズ王子に言われた言葉を繰り返す。
「なぜ、祭司長がここにいる?」とヘイルズ王子が、冷たい声で聞いた。眉間にしわを寄せて睨みつけている。
ヘイルズ王子も想定していなかった相手なのかもしれない。
それとも、私の話をきいて、ランカルメ祭のことを思い出したからかもしれない。
「それは、今回の商人を襲った雪鼠に残されていた魔力が、見つかったと聞いたからですよ。オーヴァレヌ伯に頼んで、転移魔法陣を展開してもらって、実際に見に来ました」
「それが、どうしてお前が来る必要がある?」
「人造魔法石の研究の第一人者ですからね。さきほど押収した人造魔法石と同じものであるか違うか、判断するのは私が適任だと思いませんか?」
「そう言われてしまったら、招かざるを得ないな……」
「それに……」というと、祭司長は頭にかぶっていたフードをはずして、すうっと私のそばにやってきた。
「探していたものが見つかったんですよ」というと私の方に手を伸ばした。王子がさっと私を引っ張って自分の後ろに私を隠す。
「無礼だぞ!」
「……、王子、この女をお渡しください。これは、わたしがずっと探していたのものです」
「そんな風に言われて、はいそうですかと渡せるか!」
ヘイルズ王子は持っていた剣をすばやく抜くと、祭司長に刃先をむけた。祭司長は、少し後ろに重心を動かして離れると、剣を気にする風もなくにやりと笑った。
「ほお。わたしを斬るつもりですか? 斬れますかね?」
そう言うと、ブツブツと呪文を唱えた。さああっと部屋の温度が下がり、祭司長の手には雪鼠が乗っていた。
「それは!!! 狂鼠!!」
扉のところに立っていたアランさんが叫んだ。赤黒く濁った色の角。白い毛。もふもふっとした可愛らしさはなく、氷の様に鋭く冷たい。
(これが狂鼠!!)
祭司長が息を吹きかけると、狂鼠は床に落ち、あっという間に、その数を増やしていく。慌てて、私とヘイルズ王子は扉の近くに走った。アランさんが扉を開けようとノブに手をかけているがうんともすんともいわない。扉がどんどん凍りついていく。
「はっ。逃げらるはずがなかろう。王子、その女を渡せば命は助けてやる。王にもしてやる。どうだ?」
「嫌だ」とヘイルズ王子が私をかばいながら叫んだ。
「強情なやつだ……」
祭司長がブツブツと呪文を唱えると、狂鼠が起こす雪が部屋中を上から、下から、横から、私達を襲ってきて、私達の意識を奪おうとする。
「……くっ……祭司長、なぜ、お前が狂鼠を持っている??」
意識をもっていかれまいとヘイルズ王子が叫ぶ。
「雨を呼ぶ羊雲、雪を呼ぶ鼠、……、四季のように天気にかかわるモノを作りだせば、空を支配できると思わないか? ひとつ作れば、面白いようにその数を増やしていく。吹雪をおこし、獲物を眠らせ、齧り殺す。最高だと思わないか?」
「「「思わない!!」」」
私とヘイルズ王子とアランさんの声が重なる。
「司祭長、お前は、なぜ、雪鼠を使って商人達のキャラバンを襲ったんだ?」
「ヴァルコイネンの空を手に入れる口実を作るために決まっているだろう。あの事件があったあと、王子、お前も、空を管理すれば安全に旅ができると思ってここに来ただろう?」
司祭長が下唇を舐めてにやりとわらった。
「それは……」
ヘイルズ王子が一瞬、目を泳がせて躊躇する。王子の顔に狂鼠が襲い掛かる。
アランさんが魔剣グラムをぬいて、呪文を唱える。グラムからは現れた炎の竜が、狂鼠に襲い掛かる。
「ちっ。炎か……」
祭司長が舌打ちをする。
「ならば、数を増やすまで」と言うと、ブツブツと呪文を唱え、手のひらに次々と狂鼠を出現させた。
私のドレスも雪で凍り始める。寒くて意識が遠のきそうになる。唇が動かない。
その時だった。アランさんが大きな声でどなった。
「オスマンサス様! ロッティを失うと、あんまんが食べられなくなりますよ! いいんですか? 何もしなくて………。そうそう、今日は特別に、持ってきましたよ!!! 食べたくありませんか??」
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